《推定睡眠時間:20分》
主人公の臓器配達人は口が悪くほとんどすべての台詞にファックが入ってくるのだがおそらくこのへんゲーム版『バイオハザード』史上もっとも主人公の口が悪かった『バイオハザード7』を踏襲してるんだろう、『7』と『8』の主人公だったイーサンは警官とか特殊部隊員とかばかりが活躍するこのシリーズでは例外的に一般人という設定だからそこも今回の映画版の主人公と重なるし、『8』の冒頭は雪に閉ざされた森なのだが、こちらも主人公が最初のゾンビと遭遇するのは冠雪した森の中でのことなのであった。
『バイオハザード』というコンテンツに求めるものは人によってかなり異なるかもしれない。ゲーム版は基本的にはシリアス路線のB級SFアクションホラーだが、実写映画としてはトータル8作目ぐらいになる(思えば遠くへ来たもんだ!)今回はSFとアクションの色彩はかなり薄れてシリアス路線は放棄、ゾンビ映画といっても『死霊のはらわた2』みたいなスラップスティック・コメディ路線である。これはゲーム版シリーズの初期の作品からは相当距離があると思うが、シリーズ最恐を謳いながらも荒唐無稽な展開や描写が多いのでインターネットでオモチャにされがちな『7』とはやや近いテイストなので、『7』『8』のイーサン二部作が好きな人ならそのまま受け入れられる映画化なんじゃないだろうか。
なにせイーサン二部作というのはちぎれた腕を回復薬をかけるだけでくっつける超人イーサンがその異常治癒力には何の疑問も抱かず「クソッ! なんなんだこの城は……」とか「いや、おめーの体がなんなんだよ!?」とユーザーのツッコミ待ちでもあるかのような台詞を平然と吐くボケっぷりであり、主たる敵がシリーズ恒例のゾンビではなく喋る超人カビ人間だった『7』では、その『悪魔のいけにえ』を思わせる頭のネジが外れた言動にうげげとなりつつこれはもう笑うしかないという気分にさせられたものであった。余談ながらシリーズ最新作の『バイオハザード レクイエム』は冷静に考えればなんだこのアホみたいなシナリオとは思うものの全体のトーンはあくまでもシリアスだったので、『レクイエム』がすげー怖くて面白かったからイーサン二部作も買ってやってみた俺は、ノリがずいぶん『レクイエム』と違って面食らったりした。
と、書けばわかるでしょうが、俺にとっては今回の映画、『バイオハザード』の映画としてそんなに惹かれるものではなかった。俺にとっての『バイオハザード』はシリアスなゾンビ&クリーチャーホラーなので、ちょっとユーモアがある程度ならまだしも、こんなに全編ギャグとジョークの連発で進行されると、それは俺のイメージする『バイオハザード』ではないなぁってなもんである。少し前に『オブセッション 災愛』という映画があったが、笑いのセンスはあれとよく似ている。たとえばシリアスな音楽を流しておいて緊張感を高めつつ、突然主人公に間の抜けた行動をさせると同時に音楽を止めることで生じる「外し」の笑いをこの映画も『オブセッション』も積極的に仕掛けていた。
主人公が窮地に追い込まれる原因が基本的に主人公の軽率でアホな行動にある、という点でも同じ。よく「(アメリカの)ホラー映画の登場人物はバカ」とか言うが、そのバカさをホラー展開を作るための作劇上の事情ではなく、笑いの振りとして活用しているのもこの二作の共通点であり、そのために純粋なホラー映画というよりもメタ的な視点を織り込んだパロディ・ホラーっぽいというのは、もしかすると最近のアメリカン・ホラーのトレンドなのかもしれない。あくまでも個人的な趣味嗜好の話だが、ずいぶんとイヤなトレンドだなぁと思う。
面白かったけどね。俺が『バイオハザード』というコンテンツに求めるものはこの映画にはほとんど出てこなくて、そういうのはどちらかと言えば日本公開時にインターネットでカス映画認定された前作『バイオハザード:ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ』に多くあったのだが(どうしてこの面白いB級ゾンビ映画がカス認定されたのか意味不明)、まぁとにかく今回は爆笑編、客席はホラー映画とは思えないほど笑いが絶えず、という具合であるから、『バイオハザード』を下敷きにしたショートコント集として優秀なのは間違いないだろう。ゲーム版『2』のGが爆誕するラストの突き抜け感なんか笑いを通り越して爽快である。そんなあんた漫☆画太郎じゃないんだから!
もちろん場面場面の笑いを優先するあまり犠牲になったものもあるわけで、たとえばストーリーがカラッポである。登場人物は出てきた傍から笑いのためだけに面白く死んじゃうのでドラマらしきものがまるで生起しないのだ。面白シーンを空気を読まずどんな時でも入れちゃうので緩急に乏しくドライブ感がないというのもある(ランタイム90分というタイトさなのにやけに長く感じられた)。ショートコント集と書いたのはあんまり比喩的なものではなく、実際このシナリオは独立したエピソードの数珠つなぎで成り立っているので、映画というよりもYouTubeのショート動画シリーズの編集版といった方が腑に落ちる気がする。どこから観ても面白いしどこで観るのをやめても問題ナシ。なぜならドラマがないしドライブ感もないので。その意味では視聴者の忍耐力がないインターネット動画時代に最適化された映画なのかもしれない。
ところで、この映画に唯一ドラマ的なものがあるとすれば、それは『8番出口』でもやっていた若い男の妊娠責任のドラマである。主人公は恋人を妊娠させていて産むかどうか恋人は悩んでいるが、主人公の方はその事実に向き合おうとせず逃げ続けている感じである。そうした初期設定はハリウッド脚本において、いやハリウッドじゃなくても一般的な娯楽映画なりドラマなりの脚本は基本的に全部そうなのだが、意味なく登場するものではない。この場合、妊娠責任のエピソードは主人公を執拗に追いかける女ゾンビ(ゾンビっていうか『バイオハザード4』の虫に寄生された村人とかに近い)をメタファーとして機能させるためにあるわけで、その物語上の意味は「恋人の妊娠に向き合わない主人公の無意識の罪悪感」なんである。道中で子どもゾンビと対決するシーンがあるのも、病院で預かった臓器だかなんだかの(と主人公は思ってる)配達箱をそんなの捨てちゃえばいいのに後生大事に持ち運ぶのも、そこには妊娠と赤ん坊のイメージが託されているわけだ。
でも正直そんなもん『バイオハザード』の映画にいらないよな。『バイオハザード』の映画っていうか大抵のゾンビ映画にいらないと思う。ゾンビ映画で見たいドラマというのは主人公の深層心理なんていう大層なもんではなく(そういうのは『サイレントヒル』にでもやってもらったらいいじゃないか)誰が死んで誰が生き残り誰と誰がどんな行動を取るか、というフィジカルなドラマではないだろうか。なんてことも考えると、笑い満載で面白いは面白いのだけれども、どうもやはり上手い作りのゾンビ映画とは思えないし、『バイオハザード』の映画として成功しているようにもあまり思えない。たとえて言うならこれは食パンに大量のマヨネーズを塗りたくったような映画である。マヨネーズは最強に美味いので大量にかければどんなパンも激ウマになると思われるが、そんなもん料理としてはZ級じゃろ、みたいな話なのだ。栄養もないし。太るし。
この映画は売れたので続編が作られるのは既に決定事項と断言して差し支えないが、一作目がこんなマヨネーズパンみたいな映画でお客さんもマヨネーズの味を楽しんでいるのだとすれば、続編をもっと高級な料理にしてしまえば「こんな味は求めてない!」とお客さんの不興を買うだろうし、開き直って更にマヨネーズ(※笑い)ドバドバ載せの料理にしてしまったら、それはさすがにもう『バイオハザード』の映画ではなくなってしまうだろう。観終わって最初に思ったのはえーこれどうやって続編作るのー? ということだった。早ければ来年末ぐらいには公開されるかもしれない続編がいったいどうなってしまうのか、その点には大いに興味を惹かれる映画ではある。