おっぱいの光で悪霊退散映画『呪区』感想文

《推定睡眠時間:0分》

耳なし芳一は幽霊から逃れるために全身にお経を書き幽霊にはお経の書かれた部位は見えなかったのでおっちょこちょいにもお経を書き忘れてしまった耳だけ持って帰ったわけであるが、この映画『呪区』に出てくる百姓オバケはそのむかし暴虐お殿様に全裸にされて虐殺された恨みから服を着た人間だけが目に見え全裸の人間は見えないのであった。オバケから逃れるには芳一がお経を書いたように服を脱げばよい。なるほど。では、そんなオバケに出る危険地帯にうら若き乙女たちが紛れ込んでしまったら……ということで知能指数3! これは知能指数が3の映画です!

懐かしいですなぁ、ビデオ屋がまだ商売として成り立っていた頃にはこの手のバカ設定OVエロホラーというのは一定数あったもの、だいたいGPミュージアムソフトとかが出していたが、なんでしょう『女子競泳反乱軍』とか、『巨乳ドラゴン』とか、一般の俳優業に転身しようとしてるAV女優さんが主演だったりすることが多く、それでおっぱいが出たりするわけだよね。上映時間も70分とOV基準、こんな20年前のビデオ屋を感じさせる映画が極小規模とはいえなんと劇場公開されているのだから、ある意味事件だろう。

設定はもちろん内容もあの頃感全開のバカ設定OVエロホラーだ。オープニング、女優さんたちの一人が半裸でテントから出てくると目の前にはおそるべき光景、驚いた女優さんは思わず手にしていたブラジャーを落としてしまいおっぱいぼろん、そこにお腹にヤリの突き刺さった変な人が近づいてくる……という怖さよりもシュールな笑いを醸し出してしまっているシーンでこれは大丈夫なのかと思った。劇場公開作のクオリティに達しているのかいやいない。あの頃のOVエロホラーに見慣れた我々はいいがそうしたダメ映画耐性のない若者のお客さんなどは怒って帰ってしまうのではないかと配給関係者でもないのに内心ヒヤヒヤである。

もちろんその後も一向に面白い場面など来てくれる気配はない。例の全裸見えないオバケの出る謎のキャンプ場(もちろんちゃんとしたキャンプ場で撮影する予算などないので単なる山である)に向かうのは男1人女4人若者グループ、この人たちは大学の陸上部OBなのだがその頃に一悶着あったようで道中早くも口げんか勃発、なんとかキャンプ場に着いても更に口げんか悪化で、いやお前らそんなに仲悪いのに一緒にキャンプに来るなよ! と言いたくなるが、それもこれも尺稼ぎのためには仕方が無いことである。予算はない。撮影日数もない。キャストもたくさんは呼べない。かくなる上は数少ない出演者たちにひたすら口げんかをしてもらい尺を稼ぐのみである。じゃあもう映画作るなよ!

しかしラスト20分、それまでのガッカリ展開で最低ラインまで下がったテンションを急に上げてくるというのもまたOVエロホラーである。オバケと書いたがそれは設定の話で見た目や行動は完全にゾンビ、幽霊ゾンビということでフルチの『地獄の門』に近いタイプだろうか、このゾンビがたった二三匹とはいえしっかりと人を殺し人肉を食しそのゴア描写も丁寧に見せていくときて、なんだかやけに面白い。もちろんそれは映画が始まってから50分間ずっと虚無だったからでもあるが、思えばこんな正統派のゾンビっぽいゾンビを映画で観たのも洋邦問わずわりと久しぶりだったためというのもある。どっかの山奥でゾンビが人を食う。食われたくないから人はゾンビから逃げる。ただそれだけの原始的なホラーシークエンスは、アレコレと捻っているうちに何が面白いのかすっかりわからなくなってしまったような最近の高級なホラー映画よりも、よほどホラー的な面白味を感じさせてくれるものだ。

それにおっぱいである。こんなことを書けばバカじゃないかと思われるだろうがちょっとだけ感動してしまったかもしれない。なにせ現代は女優さんが映画でおっぱいを出さない時代であり、ブラジャーを着けたままのセックスというプロダクション・コード下のハリウッド映画における夫婦の寝室くらい不自然な描写が標準となってしまっているほどである。おっぱいを見たければエロ動画でも観ればいいだろという意見もあるだろうが、いや、違うのである。別におっぱいが観たくて映画を観に行ってるわけじゃないんだこっちは。映画におっぱいなんか別にいらないと思う。しかしだからこそ、映画館の暗闇の中、あの大きなスクリーンに女優さんのおっぱいが映ると、そこにはエロ動画などの成人コンテンツにはない特別な何かが宿るのではないだろうか。

かなり大袈裟に言えばそれは崇高なのである。そのへんは作り手も重々承知しているようで、女優さんの一人(南野百合という人じゃないかと思う)がおっぱいを曝け出すシーンなんか「生きるために私は脱ぐ!」という覚悟の脱ぎであり、吹っ切れて脱ぐやこの人はゾンビとその他の悪いヤツに逆襲を開始、その光景はあたかも覚悟を決めたおっぱいの力の前に卑劣な男ども(※ゾンビと悪人)がひれ伏すかのようである。エロ動画であれば開始5秒で画面におっぱいが出てくるわけだが、この映画は冒頭に別の女優さん(こちらは志武明日香という人であろうか)のおっぱいがあるにしても、おっぱい登場を焦らして焦らして焦らす。言うならばそれは黄門様の印籠のようなものだ。もし水戸黄門が始まった直後に黄門様が印籠を振りかざしてしまったら有り難くもなければ威厳もないだろう。黄門様が必ず最後にしか印籠を出さないように、『呪区』もおっぱいを最後に出すわけで、そこには「おっぱいはえらい」という思想があるのだ。

エロ動画の氾濫によって人々がおっぱいのありがたみを感じにくくなっているけしからん現代にあって、おっぱいの威厳を取り戻さんとするかの如し『呪区』である。偉ぶった芸術映画とかではなく映画ヒエラルキーの最底辺と思われるOVエロホラーのフォーマットから放たれるおっぱいの光は、アマテラスのように眩しい。

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