《推定睡眠時間:15分》
いろいろとすごい映画である。まず邦題がすごい。これは何と読むと言うのか。はうすめーあいどか? なんだはうすめーあいどとは、その語感は。ものすごい締まりが無い! だがそこで気付かされる「AIド=愛奴」説。これは深いかもしれん。深いが……なんだかすごくバカな方向の深さ! それに内容……というかコンセプトもすごい。お手伝いアンドロイドが普及している近未来、妻が心臓病で入院中というので家事を手伝ってもらうために主人公である無駄に毛深い夫は子どもたちも欲しがっていた最新モデルの女性型お手伝いアンドロイドを買ってくるのだが、このお手伝いアンドロイドが主人公を守るために暴走、主人公の同僚や無事手術を終えて家に帰ってきた妻を敵認識してしまい……『ミーガン』だろそれは! 続編が突如としてロボットアクションと化したために日本では劇場未公開に追いやられてしまった『ミーガン』の大人版! 大人版だからエッチなシーンもあるよってバカ!
極めつけはその殺人お手伝いアンドロイドを演じるのがミーガン・フォックスである。『ミーガン』の大人版だからミーガン・フォックスなのかもしれないし、たとえば『ローグ』という特殊部隊ものの映画があるが、それに特殊部隊の隊長役で主演した時も全てのシーンでメイクが完璧だったほど絶対にメイクを崩さない姿勢で知られるのがミーガン・フォックスなので、何があろうと素顔を出さない常時完全メイクのミーガン・フォックスってアンドロイドみたいだよな、じゃあミーガン・フォックスがアンドロイドを演じたら面白くない? との思いつきでの起用もしくは当て書きかもしれない。あるいはその両方なのか。真偽は定かではないがまったくジョークのような企画である。
あまりにもかつての新橋文化劇場上映作品を思わせるB級感が逆に好事家の琴線に触れたのかこんなの客3人だろうと思ったがなんと劇場は満席であったから(といっても60席程度のシアターでのことだが……)何事もやり通すことには意味があるのだなと思わされる。こういうのは中途半端にやるのが一番良くない。最初からこれZ級ですからwwwの逃げに走っているような映画はダメである。エッチなシーンがあると言ってもベッドシーンは二回だけで時間もそう長くはないので大したものではないのだが、こんな企画はほとんどパロディ洋ピンのようなものだ。だが作り手は所詮パロディ洋ピンなどと手を抜いてはいない。
この監督S・K・デイル、もうなんかその字面がビデオスルー映画の監督っぽい気がしてしまうのだが、この人は前にも『ティル・デス』というミーガン・フォックス主演作を撮っている人である。これは夫の死体と手錠で繋がれたミーガン・フォックスが死体を引きずって強盗から逃げ回るというある意味ドリフのコントみたいな映画だが、ネタのバカっぽさに反してタイトにまとまって飽きさせない正統派のサスペンスであり、なかなかどうして掘り出し物。というわけでまたもやS・K・デイルとミーガン・フォックスが組んだこちらもネタはバカっぽいというかバカなのだが、いささかスローペースで序盤がかったるいという難点はあれど、終盤はこの手のSF映画の勘所をしっかり押さえた正統派の面白さ。こんな邦題なのでちょっとエッチなZ級バカ映画を期待して観に来てしまったダメな人などは思いもよらぬ志の高さにガッカリするのではないだろうか。ミーガン・フォックスもアンドロイド☆セックスをするとはいえブラジャー取らないし。
まぁ斬新なアイデアとか強く印象に残る場面とかは別に無いので取るに足らないビデオスルー系のB級SFと言ってしまえばそれまでかもしれない。『ミーガン』とかリメイク版『チャイルド・プレイ』の系統だがこの2作に比べると明らかにパンチ不足で地味。ミーガン・フォックスが口から発光するというのはややインパクトがあるところだが、目からビームは出ないしミーガン・フォックスが合体して巨大ミーガン・フォックスロボになるとかそういうのもない。被害者数もせいぜい5人ぐらいだろう。でも、こういうしっかり作られた平凡なB級娯楽映画というのは言うならば映画館のエッセンシャル・ワーカー。このラインの「普通の映画」が映画館から消えてしまえば個人的には映画館が少し遠いものになってしまう。
殺したと思っても殺したと思っても何度でも立ち上がり「あなたのために」と戻ってくるミーガン・フォックスドロイドの不気味さ、修理ラボを乗っ取る場面や病院でのかくれんぼの的確なサスペンス演出、そういうものを観ると映画おもしれーなって素朴に思う。毒にも薬にもならないとはまさにこのこと。とにかく、全力で「いつものアレ」、午後ローでやってるアレである。そういう映画としての完成度はかなり高いのではないだろうか。
※あえて同ジャンルの他作と差別化できそうな点を上げるとすれば主人公が建築現場の現場監督というブルーにカラーな設定かもしれない。当然この現場には経営者の判断で人間の大工に代わってアンドロイド大工が導入されようとしており、主人公は現場労働者だから解雇を逃れるものの、馴染みの職人たちは解雇されてしまって主人公との長年の友情に亀裂が入り……なんていう展開を見ればこの映画がどういう層に向けて作られているかがよくわかる。今のところAIはブルーカラーよりもホワイトカラーの仕事を奪っているが(そのためブルーカラー成金というものが生まれているとかいないとか)、明日にでもAIに職を奪われてしまうかもしれないという労働者の不安は、主人公が比較的裕福な『ミーガン』や『チャイルド・プレイ』には見られない切実にして哀愁の漂うものである。