【ネッフリ】『意表をつくアホらしい作戦』の感想

→意表をつくアホらしい作戦[Netflix]

《推定ながら見時間:70分》

邦題が既に意表を突くアホらしさなのでなんじゃこりゃとサムネを二度見するが突きすぎて突き抜けてしまったのでこれは触らないでおこう…と思いつつのフェイント鑑賞であった。
VODは映画やドラマを含む映像作品の軛から視聴者を開放するものであるが与えられた自由の上で寝転がっていると自由の面白味は死ぬのでたまには自分の自由を自分で奪わなければならない。

案の定、おもしろくないわけである。自分の感覚で自由に選んで見た映画の方が基本的にはやっぱり面白いよね。ただ難しいのはこれはかなーりカルチャーの壁が高い、面白い面白くない以前にコンテクストを共有できてないから、つまらなかったけど映画の出来がどうとかそういう水準の話ではない。
ダグラス・ケニーって知ってますか? まぁ知ってる人は結構なアメリカあるいはコメディ碩学者ではないの。まったくもう微塵たりとも存じませんでしたよぼくは。

すごいよ、『サタデー・ナイト・ライブ』の源流に位置する人。『アニマル・ハウス』作ってジョン・ランディスとかジョン・ベルーシを飛躍させた人なんだから。でも日本最大級の映画データベースを謳うallcinemaを見ると一応ダグラス・ケニーの項目はあるものの、スペルは書いてないしかなーりマニアックな映画人の個人項目でも律儀に張ってあるIMDbのリンクがこの人にはない(もちろんIMDbにはちゃんとページがある)

これは別にallcinemaを非難しているのでもなんでもなく、ダグラス・ケニーと相棒のヘンリー・ビアードが開いた突破口をくぐり抜けたジョン・ランディスとかジョン・ベルーシとかハロルド・ライミスとかビル・マーレイと違って、彼らの方はといえば日本にまったくといっていいぐらいその存在が輸入されなかったってことだろう。
『アニマル・ハウス』にしても原題は『NATIONAL LAMPOON’S ANIMAL HOUSE』だそうで、この“NATIONAL LAMPOON”というのがケニー&ビアードの創刊した革命的ユーモア雑誌なのだが、そのへんの情報は輸入に当たってまるっと削られてしまってるわけである。

ていう情報格差がこの映画の受容をとにかく難しくしていたな。冒頭に出てくるダグラス・ケニー本人らしき人にインタビュアーが言う。「あなたはコメディの歴史を変えた」。
ケニー以前のアメリカンお笑いがどのようなものであったかというのも知らないし映画の中でも特に描かれることはない。でもじゃあ、たとえば、ダウンタウンの伝記映画がこれから作られるとして、それ以前のお笑いはこれこれこういうものであった、といちいち説明するかといったら国内向けの映画である限りはまずしない。しなくても大多数の観客はなんとなくでもイメージを共有してるから。

実はインタビューに応じるダグラス・ケニーらしき人というのはウィル・フォルテというコメディアンで、その人のこともまったく皆目存ざないが、大成功を収めたはずのダグラス・ケニーは若干33歳にして40年近く前に自殺を遂げているのだからこれ自体が既にブラックジョークなのだった。
ちょっとこれは、ハイコンテクスト、かつドメスティックすぎて手に負えないよ。確かに普通の偉人もの伝記として見ることもできなくはないが…そう見て面白いかと言ったら全然もうマジで全然面白くなかった。

そもそも俺は『アニマル・ハウス』が肌に合わない人だし、『ケンタッキー・フライド・ムービー』は最高だけどジョン・ランディスがなんであんなに崇められてるのかわからないし。『ブルース・ブラザーズ』もジョン・ベルーシも別に好きじゃないし…。
映画雑食のつもりではいたが、こんなに合わない映画もあるものかと新鮮だったな。こりゃあもう本当に文化の違いと情報格差、としか言いようがない。
映画はなにも知らないで見たい派ではありますが、やっぱあるな最低限の文脈を押さえておかないとなにひとつ楽しめない映画っていうのも。

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ながら見時間が長いから内容はほぼほぼ頭に入ってないが、NATIONAL LAMPOONの初期編集会議が『アニマル・ハウス』みたいなアウトサイダー奇人変人大集合だったのがなんか印象残ってます。
可笑しい雑誌を作る人たちは頭もおかしいから毎週毎週各方面から苦情が来る。出版社のえらい人が激おこ。おいモルモン教が怒ってるぞ! おいフェミニストのヘイトを買ったぞ! カトリック教会から手紙が! フォルクスワーゲンから訴えられた! ネオナチ団体も…あぁこれはファンレターか。

少なくとも70年代アメリカに多大なインパクトをもたらしたスーパーエキセントリックな雑誌というのはよくわかったが、中心人物のダグラス・ケニーとヘンリー・ビアード本人は少しもおかしなところがない。
いやおかしいところはあるのだけれども虚勢のおかしさで、なにかそんなようなセリフもあったが、ヒッピーには幻滅してるからなりたくないし、でもヤッピーになるのもあまりにもつまらないし情けないし、かといってアウトサイダーにもアーティストにもなりきれないが、それを諦めきることもできない普通のインテリ人の精一杯のおかしさなんじゃないかとおもった。

その狭間でなにかを生み出そうとあがきにあがいたセンスのある普通の人というのがダグラス・ケニーの実像なのかどうかは情報量が少なすぎてもうなんとも判断しかねるが、そもそも実像を映画に焼き付けようなんて傲慢を作り手は抱いてないだろうから別に問題ありゃしないだろう。じゃなかったら自殺した人間の現在の姿の偽インタビューなんて不謹慎で映画を始めないから。

老後の偽ダグラスが若ダグラスの回想再現ドラマを解説するんだからモキュメンタリーというかなんというか、人を食った映画。でもこういう追悼なんだよね。こういう敬意の表し方。ダグラスの葬儀のシーン、バカバカしくて楽しかったですよ。最後までおかしな人になろうとして苦しんだ人間はおかしな方法で弔ってやるべしだ。

モンティ・パイソンも若死にしたグレアム・チャップマンをこういう風に弔ってたな。パイソンズのテリー・ギリアムはダグラス・ケニーと世代が近いから、すこしだけ重ね合わせたりもした。

【ママー!これ買ってー!】


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見直したら面白くなってたりするだろうか。

↓原作だそうです

A Futile and Stupid Gesture: How Doug Kenney and National Lampoon Changed Comedy Forever

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