貧乏は大変映画『苦い銭』a.k.a.『笑い銭』を見る(ネタバレは適当にある)

《推定睡眠時間:15分》

約三時間の底職労働ドキュメンタリーと聞けば苦い映画を想像するに違いないのだがタイトル『苦い銭』だし。でも実物を見てみるとけっこう笑い銭なんだなこれが。
仕事が終わっても全然帰らない迷惑なオッサンが出てくる。酒飲んで気が大きくなってるから「俺はもう辞めるからよぉ! 社長にガツンて言ってやるんだよぉ!」とか職場をブラつきながらのたまうが同僚は誰も相手にしない。

いつもの光景なんだろうな、とおもう。「社長にガツンて言ってやるんだよぉ!」の直後(※映画内時間で)、社長が来ちゃったので文句を言うが、さっきまでの剣幕はどこへやらのボソボソ懇願であった。交渉決裂の末のブチギレさえ去り際に充分距離を置いてかますへっぴり腰。
こいつおもしろかったな。だっているでしょう、こういうダメな人。このダメな人は結構な役者で、カメラに向かって貧乏な俺を演出する「台詞」を言うんですけど、その芝居が実に堂に入っていて忍び笑いが止まらなかったね。

貧乏な俺を演出したがる貧乏な人の滑稽っていうのあるじゃないですか。ちょっと話がズレるかもしれませんが、俺はコンビニ夜勤やってたときに喧嘩して激高させた先輩から「俺は会社辞めてここでバイトしてんだぞ!」ってマウンティングされたことありますからね。
なんだったんだろうなあれ。そのときはこいつ馬鹿じゃねぇかとしか思わなかったけど今になって思い返すとめっちゃ笑えるし破壊力半端ない言い分だな。面白かったなあの人。なかよくしとけばよかった嘘なかよくしてなくてよかったです。

脱線したがそういう貧乏人特有のおもしろさを見逃さないっていうの、貧乏ドキュメンタリーとして信用できるなぁと思った所以。貧乏愛があるよね。いや無いのかな。愛が無いから貧乏の滑稽を活写できるっていうのもあるかもしれない。
ともかくそういう、貧乏人の面白さを見逃さない映画。あるあるだな。底職あるあるですよこれは。苦い共感の笑いに満ちていたよ。

映画は雲南省出身の垢抜けない少女少年が出稼ぎ労働者のメッカ浙江省を訪れるところから始まる。テロップで年齢が15歳とか出る。出稼ぎ前夜の貧乏ホームパーティ(?)で親族出稼ぎ先輩が年齢を誤魔化す方法を教授していたからもう既に苦い気配濃厚だ。
ていうか苦い。すし詰め状態の夜行列車で出稼ぎ地まで運搬される姿は現代の奴隷。席が無いから(買えなかったから?)トイレで寝てるやつもいる。廊下に座り込んでトランプやってるやつもいるが、誰も迷惑に思う気力がない。

こんな疲労と諦念の充満した空間で初出稼ぎに向かう少年の表情は当たり前だが暗い。この少年も15歳くらいとテロップが出る。どうも冒頭の少女とこの少年がメインキャラらしいとわかってくるがしかし!
すぐに画面に出てこなくなってしまった。出稼ぎ労働が嫌すぎて一週間ぐらいで実家に帰ってしまったんである。そうだよな利発そうな顔してたからな。頭良かったんだろうな。

頭は良かったけど貧困から底職を余儀なくされた己の不幸を見なかったことにできるほど賢くはなかったんだろうたぶん。果てもなく続く底辺ルーチンで摩耗しないようにあらかじめ感情を麻痺させておく知恵というのも持ち合わせていなかったに違いない。
藤子・F・不二雄先生と同じパターンだ。F先生も高卒後の工場勤務を一週間(諸説あるが、ちなみにA先生の『まんが道』では一日だった)で辞めて漫画を描くだけの半ニート生活に入ったからな。逆に有望だろう、少年。

作り手がどんな全体像を想定して撮影に入ったのかは知らないが、見ている俺としてはメインキャラだと思っていた少年が開始間もなく帰ってしまったので大いにハシゴを外された感じになる。
さてそこからカメラはふらふら底職界隈をさまよい始める。さまようっつっても基本は被写体を替え替え寮完備の縫製工場周辺をうろつくだけなんですがその行動範囲の狭さ、良いっすね。超良かったですよ。
ごくごく限られた行動範囲の中にひしめく長屋的貧乏群像の豊穣。幸か不幸かあの少年みたいに逃げることのできなかった貧乏人どもの暮らしっぷりは共感と苦笑いの連続だった、というわけでここから映画は笑い銭になるのだった。

好きなシーンはいっぱいある。仕事をサボって縫製工場の屋上から通りを眺める出稼ぎ労働者とか。あの感じ、あの眼差しはなんかわかるよな。俺も都会のラブホで清掃員をやってた時にはあぁいう眼してたと思いますよ。宿泊客の部屋掃除が一通り終わった午後三時ぐらいに屋上に上がってぼーっとタバコ吸うのが日課になっていたから。
汚れたビルの立ち並ぶつまらない風景を眺めながら昼下がりの倦怠にぬるっと浸っていると、こんなつまらない底職も案外悪くないと思えてくる。でも現状に満足してるわけでも何か希望があるわけでもないっていうそういう眼。
そこでの同僚は日本語の通じない中国の人だったから余計にシンクロしてしまったな。あぁいう感じだったよ、なんか。

なにが楽しいのかいつもニヤニヤを顔に貼り付けた童貞風の労働者。学校でウスノロとかなんとかいじめられるようなタイプの人だが仕事を一番真面目にこなすのはこんな人だったりする。
その人がいつものようにせっせと縫製に励んでいたら工場の前のT字路で交通事故が起きちゃった。このT字路めちゃくちゃごちゃついてて昼夜を問わずクラクションが絶えないから絶対いつか事故るなと思ってましたがやっぱ事故ったよな。
その事故処理をニヤニヤの人ともう一人の同僚の人が作業の手を止めてずーっと眺めて少しだけ楽しそう。底職者超共感。底職者は教養とかないし人の入れ替わりが激しいから会話が弾まない。毎日毎日延々とルーチン底作業なんかやってるとそもそもコミュニケーションの気力がなくなる。

でも事故とか事件が起きるとそれがどんなに下らない種類のものでも俄然現場が活気づくんだよね。そんなもん何が楽しいんだって思うけど、普段は黙って仕事に没頭してる半死人が急に息を吹き返して一日中その話で盛り上がったりして。
職場前の事故のもたらすささやかな祝祭感をちゃんと捉えてるの、あぁ良い下流映画だなって思いましたよ。そうだなこれは、そういうところが良かったな。

映画はこんな風に終わる。粗野な仲買の連中が店の外でズタ袋に売り物の衣服を詰め込め中。通りかかった女が言う。「これ安いね。本物?」「コピーだよ!」。仲買の剣幕にビビった女がそそくさと去って行く。笑う。
少しでも金にしたいからズタ袋には詰め込めるだけ詰め込む。最終的にはだいたい1メートル四方ぐらいに膨れ上がるのでかなり無茶をしている。上によじ登ってジャンプしながら衣服を圧縮したりもする。これも、笑う。
そんなことをやっているうちに段々、いつも喧嘩したりDVしてばかりの粗野で無学で貧乏な底仲買連中は楽しくなってくる。「わたし英語話せるよ」「マジかよ」「ハロー? サンキュー」ははは。

底だな。お前ら本当に底だな。でもちょっとだけ楽しそうでもあるんだ確かにその姿は。
底職のかなしさせつなさ、ランナーズ・ハイ的高揚と束の間の開放感、どうしようもなさと共感。底職の搾取構造とお金の動きまで学べるんだからもう満点。下流映画の分野で満点。
高尚な宣伝とハイソっぽい上映館に怯まず見よう底職の人。貧乏人ほど楽しめるから。ぼくとしては本当は、こういう映画は炊き出し付きの無料野外上映でもやって金のない人たちに見せたらいいとおもうのだ。

【ママー!これ買ってー!】


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『七人の侍』だって頭に残るのは汚い百姓どもの顔と三船敏郎の貧乏の叫びだったので黒澤明は貧乏の巨匠としてこの格差社会で再評価されるべき。『どん底』なんてオールスターキャストなのに貧乏人しか出てこないんだからすごいぞ!

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