『万引き家族』の感想(ネタバレないと思うが嫌なら読むな)

《推定睡眠時間:0分》

漫画の方はつゆ知らずなんですが是枝裕和監督の手になる映画版『海街diary』はすげぇ嫌な印象があって、それはうつくしい家族の幻想を是枝裕和流の鬼リアリズムでもって現実と見紛う幻像として現出せしめ…とわかったようなことを言っているがつまり要するになんかムカつく。なんかムカつく!
あんな都合の良いうつくしファミリーがあってたまるかよ。いや別にあってもいいけど、そのうつくしファミリーを成立させるためにフレームから夾雑物を取り除く(俺にはそう見えるのだ…)作劇の不誠実にムカついたんだよ。

だってそういう作りにするってことはだよ、あの家族、綾瀬はるかと長澤まさみと夏帆と広瀬すずの…みんな優しくてみんな綺麗でみんながみんな想いでみんなが「家」と一体化して強い絆で結ばれて…あんなもの幻想だって知ってるわけじゃないですか。知ってるから作り手はあぁやってるわけじゃないですか(※要出典)。

いずれ家族というものは大なり小なりそういうものかもしれませんがー、その排他性は責任ある大人としてどうなのよ。家族の美を、あるいは家族の絆を強調するために家族を脅かす家族外存在をフレームから除外する、または非常に消極的にしか関わらせない、あるいは殊更に醜く描く、とかこんなのナチス芸術みたいなもんじゃないですか。右翼プロパガンダと変わらないじゃないですか。

なんだあの家族の中でしか人は生きる価値がないとでも言わんばかりの無神経さに幼稚さは。ちくしょう気に食わねぇ…というのがざっくり俺の是枝版『海街diary』の感想なんですが、なぜなぜそれを持ち出したかと言えば別に是枝ヘイトを放出するためではなく(その目的が無いと言えば嘘になるが)、『万引き家族』がうつくしい家族の幻想を幻想に過ぎないと喝破する映画だったから。
と同時にだ、『海街diary』のあのハイパーリアルなうつくしい家族の虚像は決して薄っぺらなものではなくて、妄執と言ってよいくらいにこの人が心の底から切望するものだったんじゃないかと思えたからで…。

『万引き家族』と聞けばやっぱ貧困が連想されるので、また児童虐待を扱ってもいるので、社会派的な側面は当然あろうけれども、この家族は普通に仕事もしているので家族が手を染める万引き等々の触法行為や法的には問題がないが道義的にどうなのよ的行為の数々は、生計のためというよりも家族を繋ぎ合わせる絆なのだ。

だから逆でしたよ。犯罪をする家族じゃないんですよ、家族であるために犯罪をするんですよこの人たちは。そうまでして是枝裕和は家族を求めるわけですよ。
で、そうまでして求めた家族を自分で壊すんですよ是枝裕和。うつくしい家族なんて幻想だからといって。なので社会がどうとかっていうよりその私的な覚悟と痛みの表出っぷりがすげぇなっていうのが俺がこの映画観て思ったことで…『海街diary』に対する嫌悪が半端ないものだから余計に感じ入るところがありましたねそのへん(ということは『海街diary』の理想的な家族観がスッと胸に入ってくる人にとっては厳しい映画体験だろうと思われる)。

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とは言いつつ堅い映画じゃないので前半30分くらいは結構笑う。最初のシーン、スーパーで父親リリー・フランキーと息子の城桧吏が万引きするんですけどその無駄にプロい所作。
こいつらハンドサインまで使いますからね。ちょっと店員の視線が気になってきたらすかさず品物でいっぱいのカゴを持って万引き中の仲間との間に移動して視界を遮るとかどこで習得したのそのステルスアクション的なやつ。
万引き家族というぐらいだから連係プレーが見事。3人連携で1人が店員誘導、1人が品物奪取、1人が電子タグ警報器のコンセントを抜く、を同時に行うなど見事すぎて笑いに転ずるんであった。何事も徹底すると面白くなる。

俺が『海街diary』を嫌いなのは綺麗な女優さんばかりが出過ぎている点も少なからず関係しているのですが、その点こっちはリリー・フランキーと安藤サクラと樹木希林と、のダーティ感だ。
これが綾瀬はるかとか長澤まさみとかだったら全然笑えないしふざけんなよって思いますがリリー・フランキーと安藤サクラだったらそりゃ万引きぐらいするよなぁっていう謎の納得感(納得していいのだろうか)と安心感(安心していいのだろうか)がありますから素直にそのろくでなし人間模様が笑えてよかったです。万引き家族の長が樹木希林とかロケンローで最高じゃないですか?

最初の30分ぐらいが笑えるというのは風変わりな設定と平凡で泥臭いキャラクターのギャップに依るところが大きかったので、そこから先は個人的には結構つらくなってくる。
松岡茉優が出てくるんである。松岡茉優がフェミニンな空気と新鮮な母性を発散するんである。松岡茉優みたいな綺麗めな人が入ってくるとリリフラと安サクの放つ男子高的ユーモア空間が浄化されてしまう…ということでお話もそのへんからシリアスに転調、松岡茉優のライト風俗嬢芝居に半勃起しながらもなんて余計なことをしてくれたんだと下半身と理性の間でハートが引き裂かれる。

それにしてもこの松岡茉優はちょっと過剰ではないですか。是枝さんの願望が入りすぎてないですか。無垢な少女であり包容力豊かな母親であり男の欲望を吸い上げる娼婦でありみたいな…なんなんですかこの軟弱男に都合の良いキャラクター造形は!
樹木希林の発酵母性が強烈な異臭を放ってるんだからもう充分だろうと思うがまだ母なる存在が欲しいのか。いや、もちろん、是枝裕和が家族のかたちとして思い描く母系家族の構造から必要とされたキャラクターだろうとは思うのですが、またその異化作用が物語の展開上必要であったともわかるのですが、でも…でも…なんか真剣すぎてつらい。松岡茉優への監督の眼差しが…。

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以降の展開は伏しておくが脳がスポンジ状になる程度のダメージは受けたので、レイトショーで観た後は電車帰宅の予定を修正しとりあえず一駅歩くことにしたのだが、夜の街を歩いているうちに様々な思考が去来して結局家まで歩いてしまった。
リリフラ&城桧吏が虐待児の佐々木みゆを拾うのは夜道でのことだったが、これは夜の映画だったなぁと思う。昼の映画だった『海街diary』とはここでも対照的だ。

家族の自明性が揺るがない昼、家族の自明性が社会活動の中で都度再生産される昼。と、社会から隔てられた家の中で家族が家族と向き合う夜、家族が家族であることの意味が問われる夜、家族が家族を再生産する夜、家族が家族を拡張する夜、あるいは家族が崩壊する夜。
考えて見れば当たり前な気もするが夜を共に過ごすのが少なくとも映画の中の家族イメージであって、拾われた夜に佐々木みゆが部屋の外に追い出されていたように、夜を共にできないのならそれは家族なのだろうかという話なのだ。

映画の中で城桧吏は『牯嶺街少年殺人事件』の如く押し入れを自室としていたが、あれは是枝監督の実体験が反映されているんだとか。
そう言われるとまたヘビィに切なくなってしまうな。そんなに是枝裕和の夜は寂しいのか。いや別にセクシャルな意味ではなく。家族のいない夜のイメージに取り憑かれているように見えるので。
寂しかったら1人でゲームやりゃいいじゃんとかNetflix見ればいいじゃんとか思いますがそんなものでは解消できないトラウマ的な。

『海街diary』で捨てた夾雑物を全部ぶちまけたような汚い画、安藤サクラのセミヌード、リリー・フランキーの漫画的ダメ親父、樹木希林の妖怪っぷり、そこにちょうど欲しかった柄本明の客演、など良かったところ。
起伏に富んだお話なども面白かったのですがしかししかししかし、その全てはどこまでも家族と母を求め続ける是枝ロンリネスの圧倒的強度の前に霞んでしまうから、いやなんかすごいっすよねこんなメジャー映画でこんな私的なことをやって偉い賞もらうんだから。おもしろかったす。最後、ちょっとハードボイルド。

(2018/6/9)少しだけ書き足しました。

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さるこ

こんにちは。映画の後、考え事したくて歩いてしまう、っていうの、わかる気がします。
本作は未見ですが、多分見ない気がしてレビュー読んじゃいました(そんなんで書き込んで良いのか?)
是枝監督のは、『誰も知らない』が強烈だったなぁ。あ、それなら『フロリダ・プロジェクト』に書き込むべきだったか?

通行人A

なんかリリーフランキーがハマらなかった。
自分が父性を経験したことないからか、リリーフランキーの演技のすべてが監督の指示通りなロボット感が強すぎて(口調も作りすぎて北の国からのあの人みたいに思えてしまった。。)
そのかわり、母性を象徴した役者さんたちはもう、、ヤバすぎた
樹木ー松岡ラインも素敵だったが、やはり安藤さんが、、、もう、、母だった

子役男が柳楽くんの面影ありすぎたのと、あと樹木さんの食事シーン満載でそれもなんかダメージ。
なんかガン公表してから樹木さんの食事シーンみると、なんかヴィーガンの人が肉を食べてるみたいというか、、なんか気まずさを覚えてしまうこのごろ

さるこ

こんにちは。見ちゃいました。いつ、この小宇宙が崩壊するのかという予感で終始泣きたい気分。誰にも幸せの記憶があり、四季がめぐることが救いでした。コドモは成長し、オトナは安心して死に向かう。りんちゃんは、神が遣わした天使やってんな…盗難警報器をくぐり抜ける謎を解決してくれました。

よーく

めっちゃ今更ですが観てきましたよ。いつも時間が合わなくてもうビデオか下高井戸シネマに期待するしかないなと思ってたけど劇場で観れました。
俺は是枝監督の作品は初期の数本しか観ていない(幻の光から誰も知らないまでとCoccoのドキュメンタリーだけ)から系統立てた分析はできないのですが、この人にはやはり良くも悪くも外部と内部を隔てている境界線がはっきりとあり、自分はその境界線を器用に行き来することはできないのだという苦しさがあるように思いますね。大抵の人は子供のころから家と幼稚園だったり家と小学校だったり家と習字教室だったり家と友達の家だったりを行き来して外部と内部にある境界線を意識しながらもそこをマイルドに乗り越えて上手く同化していくんだと思うけど、この映画で描かれる「家族」たちは誰もそれができないし多分監督も苦手なんだろうなと思いました。一応樹木希林もリリー・フランキーも安藤サクラも大人なのであの家の外に社会があることは知っているし自分たちがその社会では異物であることも理解しているんだけどそうであるが故にあの家の中を理想郷化してしまうということが切なかったですね。
だから俺は最後までリリー・フランキーも安藤サクラもお父さんともお母さんとも呼ばれないことに非常に好感を持ったし、それとは別に血とは宿命なのだとも思いました。終盤で安藤サクラが取調室かなんかで顔と頭を搔き乱しながら「何なんだろうね」て呟くシーンがもうとてつもなく映画的で舞台でも漫画でもアニメでもあれは表現できねぇな、そら偉い賞も取るわ、と思ってしまいました。
血は宿命と言えば安藤サクラもそうなのかね。『愛のむきだし』から凄い存在感だったけど何か凄いことになってるね。俗物な菩薩っていう矛盾した雰囲気が出てて凄い良かったですよ。
あぁ劇場で観れてよかった。いい映画でした。

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