映画感想『クローゼットに閉じこめられた僕の奇想天外な旅』(途中からネタバレ)

《推定睡眠時間:0分》

なかなか飛んだタイトルなので多国籍資本のインド映画っぽいしさぞかし飛んだ映画になっていることだろうと思ったら飛んだは飛んだ(物理的に)が気分は飛ばない、むしろムンバイ→パリ→ロンドン→スペインの空港→えーとそれからどこでしたっけ? イタリア? ともかくヨーロッパのどこかから→リビアの難民キャンプ、とずんずん飛んでいくにつれて辛みで感情の高度低下。

そりゃそうですよ飛ぶっていうか飛ばされてるんだものこの主人公。目的地になってる沖縄の手前で冬の寒いところを粘ってたら誰かがみなぶっとびカード使って北海道飛ばされちゃったみたいなことの繰り返しですよ桃鉄で言ったら。萎えるでしょ。みなぶっとびカード使ったやつのことちょっと嫌いになるでしょ。そいつがのり塩のポテチ食ったその手でコントローラーを握ろうものならそういうのやめてくんね? って真顔で言うでしょ。これそういう旅ですよね。…そういう旅ですよね?

そういう旅かどうかはともかく、この主人公アジャさんは自分の意志とは無関係にヨーロッパ中+リビアに飛ばされて、飛ばされる度に金とかパスポートとか恋人になりかけた女の人とか色んなものを失っていく。
元々ムンバイの一人親貧乏家庭の出身、子供の頃からインチキ聖者芸(棒で浮くとかその手の)で小銭を稼いでやがて泥棒にクラスチェンジ、せっかく盗んだ金は元締めにガッツリ搾取されて学校に行ってないので学もない、と限りなく何も持ってない人ではあったが念願のヨーロッパ旅行で何かを得るどころか更に失ってしまうのだから悲劇が濃い。

当初の目的地はパリだった。アジャさん生まれた時から父親いない。でこの父親が母親にパリでまた会おう的な手紙を書いてたんですが、母親死んじゃったんでじゃあ遺灰持ってなけなしの偽札でパリ行ってみるかとこういうことになる。
それにパリにはIKEAがある。子供の頃にIKEAの商品カタログにハマったことでお金持ち道(=泥棒ロード)を歩み始めたアジャさんなので念願のという感じ。

てなわけで遺灰片手に(置いとけよ)パリのIKEAをディズニーランド気分で回っていたらなんだかキュートな女の人と遭遇、これが不思議とウマが合った。
翌日のデートを約束してルンルン気分でその日はIKEAに寝泊まり。見つからないようにクローゼットを寝床にして…いたら衝撃展開、寝ているうちにクローゼットが運ばれて目を覚ますとそこはイギリス、家具輸送中のトラックの荷台、そこには不法移民の一団も乗り合わせていた。ここからアジャさんの奇想天外大冒険が始まるわけですが出足からして楽しい旅感全然ないよね。

でもその楽しくなさが良かったなぁ。以下、ネタバレ入ってきますんで自己責任で。

なんでこんな楽しくないんだろうって見ながらずっと思ってたんですけどアジャさんの最後の台詞であぁ、そうか、と腑に落ちた。プロットにどんでん返しがあるわけじゃないんですけど感情的どんでん返しがありましたよね、そこは。
これ枠物語になっているのでアジャさんの過酷な大冒険はアジャさんが窃盗かなんかで収監されそうになってる三人の少年に語っているっていう体。で彼らにアジャさんこの物語は悲劇だって言う。

確かに偶然迷い込んでしまったイギリスから強制送還(送還ではない)された先のスペインで難民と一緒に空港に軟禁されたりせっかく手に入れた大金を軍人に奪われたりしているので悲劇感あるんですけど最終的にはムンバイに戻ってきて教師になって例のパリの女の人とも再会できたのでトータルではハッピーエンドっぽい。
じゃあなんで悲劇なのとガキどもが訊ねると君たちはこれから収監されるから、と言う。言っておいて、自分の学校に来てちゃんと毎日勉強すると約束できるなら収監は回避できると誘う。ガキども諸手を挙げて学校行きに大賛成。

この人はいつもこういうことをやってんでしょうね。貧困層のガキをなんとか学校に送り込んで更正するために悲劇的大冒険のお話をする。インチキ聖者芸の経験がこんなところで役に立った。
その帰り、そこで映画は終わるわけですが、看守がさっきの話本当なのってアジャさんに訊ねる。アジャさんの答えはこうだった。「大事なところは」

たぶんアジャさん行ってないんですよね大冒険。なんで悲劇かってそれがアジャさんの叶わなかった夢だからですよ。頑張って教師にはなったけれども泥棒時代の十字架は重い、元締めから背負わされた借金もまだ残ってる。でも自分の教え子はもしかしたら大冒険ルートに入れるかもしれない。
アジャさんの悲劇的大冒険譚は難民の苛烈な現実を語ることで底辺キッズの疎外感を代弁しつつ、その中で難民に希望を与えることで底辺キッズを勇気づける。そこにはアジャさん自身の旅願望も込められているに違いない。

イタリア? の大女優と出会ったことで手にした大金を色々あって軍人に奪われたアジャさんはリビアの難民キャンプの人々の助けを得て大金を取り戻す。
助けてもらったからには分け前をやらんといけないなということでいくら欲しいかと助っ人のリーダーに訊ねると彼は丘の上からあの難民この難民を指差してあいつの夢はこれこれであいつは家が破壊されて…と語るばかりで具体的な金額を語らない。そして最後に「みんな夢がある。金額はお前に任せるよ」。
ある意味ものすごくあくどい要求の仕方だがそう言われたらもうはした金を渡すわけにはいかない。一人一人に札束を配ってリビアの虎になったアジャさんはいつの間にか(心の中で)宙を浮いていた。インチキ聖者から本物の聖者になったのだった。

これが泥棒で生計を立ててきたアジャさんの罪滅ぼし的願望で、その現実的な形が自分と同じような非行貧困キッズの救済なんだろうという風に思わせる、ラストの一言。『ライフ・オブ・パイ』にも同じような仕掛けがありましたけど、それであんな楽しいような苦しいような現実的なような非現実的なような諸々混在する微妙な旅だったんだなぁと思えば、そりゃこみ上げてくるものもありますわね。いやぁ、哀しみの中に一条の光の差す良いラストだった。

多国籍資本の映画、というわけでフランスとかベルギーは製作国に入っているがアジャさんの次の行き先だったイギリスは製作国に入ってない。それでロンドンの警官、あんなめちゃくちゃに描かれていたのかと思うとちょっと笑えてしまう。アジャさんからパスポートを奪ってどうせ偽造だろうと笑いながらシュレッダーにかけた上で歌い踊りながらその場のノリで他の難民と一緒にスペインに送り出すという酷さなのでイギリスが金出してたらこんなキャラになってなかっただろう、警官。ブレグジットを決め込んだイギリスにフランス・ベルギーのEU勢は容赦がない(その結果としてのキャラクターではないとおもうが)

インド映画というよりはそういうグローバルな映画なので警官ダンスほかいくつかのシーンを除いて歌と踊りは基本的になし、インド映画といえば的な群舞とかゴージャスな色彩もなし、というのはまぁ96分のインド的極小ランタイムを見てもわかると思いますが、だから感覚的には『スラムドッグ$ミリオネア』とかに近かった。あちらほど縦横無尽にカメラが動いたりダイナミックに物語が展開したりするわけではないんですが、哀しみの質はよく似てる。基本的に哀しみや痛ましさをちびちび味わう映画。

悪い人ではなさそうだが取り立てて良い人でもなさそうな普通の人っぽさがすごい主演ダヌーシュ、世界を漂流する難民バーカッド・アブディの演技もよかった。それにしてもこの人は『キャプテン・フィリップス』のソマリア海賊から始まって『アイ・イン・ザ・スカイ』ではケニアのCIA現地工作員、『ブレードランナ2049』で未来に飛ばされて『クローゼットに閉じこめられた僕の奇想天外な旅』でリビアに逢着するという、フィルモグラフィーの奇想天外な漂流っぷりがすごい。

【ママー!これ買ってー!】


スラムドッグ$ミリオネア [Blu-ray]

もう11年も前の映画ってびっくりするな。そうかー、この頃は日本でもミリオネアやってたのかー。

↓原作


IKEAのタンスに閉じこめられたサドゥーの奇想天外な旅 (小学館文庫)

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