トレッキー大冒険映画『500ページの夢の束』糞泣いた感想

《推定睡眠時間:0分》

思い出すだけで涙腺の危険が危ない超々良いシーンがあるんですけどそれはもう絶対言わねぇと決めたんで絶対言わない。
あのシーン、あの驚きには映画のっていうかフィクションの持つマジックの全てかどうかは知らないがだいたいは詰まっていたな。

もう本当に…言わないけどね! いやでも本当に最高な場面なんですよマジで、自閉症がどうとか『スター・トレック』がどうとか映画がドラマがとか関係ないっすよ、フィクションを愛する人すべてに向けられた心からの最高のプレゼントなんですよ、例えるなら『ラスト・アクション・ヒーロー』の魔法のチケットみたいなものですよ!
なんでそれで例えたんだろうね。でも俺の『ラスト・アクション・ヒーロー』は『カイロの紫のバラ』とか超えてるから。俺にとっては超えてるから。

とこのようにいきなり、映画湿地に生息する沼生物以外にはなんのことやらわからない書き始めを採用してしまうあたり、いかにもオタクだなぁと自分で思う。
映画の主人公であるウェンディ(ダコタ・ファニング)もこんな風に嬉しかったこととか楽しかったこととかその他諸々の、自分の感情や考えを伝えたい思いばかりが先走って逆になかなか人に伝わらないという重度の『スター・トレック』オタク。

この人は中程度の自閉症で、現在はケアホームで様々なハンデを抱えた人たちと共同生活を送りながらお菓子屋さんで働いて空いた時間は全て『スター・トレック』に費やす王道オタク生活を送っている。
家族は姉が一人いてウェンディは一緒に暮らしたい。というわけで久々にケアホームにやってきた姉のオードリーに新生活プランを提案するウェンディだったが、子どもを出産したばかりだしちょっと今は余裕ないから無理っぽいとオードリーはすげなく拒否してしまう。

言うは易いが行うは難しということで確かにあんま金銭的な余裕があるようには見えないオードリー家だったので無理もないよなぁとも思うが、言い方というものもあるしハナっから提案却下のつもりが見え透いていたのでウェンディ檄ショック。
傍目には理解できないからショックを受けているように見えるかもしれないが、深く理解しているからこそその痛みに耐えられずパニックになってしまったりするケースもめちゃくちゃある的な対人弱者オタクあるあるである。

あまりにショックが大きかったので風呂も入らずに二日ぐらい寝込んでしまった。とそこで、ウェンディはとんでもないことに気付く。きゃ、脚本コンテストが!
なんでも『スター・トレック』は今年(※映画制作時)で放送開始ウン十周年。それを記念してあなたの考えた理想のスタトレを見せてください的なシナリオコンクールが開かれた。

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スタトレオタクのウェンディがこれを見逃すはずがない。寝る間も惜しんで所定のフォーマットにきちんと則って完成させた脚本を後はコンクール事務局に送るだけ…だったのだが寝込んでいる間に郵送期限が過ぎてしまった。
一応締め切りまではまだ二日ぐらい残っているが当日消印有効ではなく当日必着だから今から郵送しても間に合わない。

どうしよう。どうしようもこうしようもない。エンタープライズ号のクルーだったら迷わず目的地に向かうだろう。まぁ俺はスタトレは見てないから知りませんがたぶんきっとそうだろう。
というわけでウェンディは427枚にも及ぶ超大作脚本をお気に入りのスタトレリュックにぶっこんで、手製のスタトレセーターを身に纏った有能なクルー(チワワ)と共にケアハウスのあるオークランドから一路シナリオ送り先のLAはパラマウント・ピクチャーズへ。

映画史的にはその門をくぐった者はだいたいとんでもない災厄に見舞われる(『サンセット大通り』、『イナゴの日』…)魔のパラマウント・ピクチャーズであるが、果たしてウェンディは畢生の超大作シナリオを無事送り届けることができるのであろうか。
ふつうこういう脚本公募は応募規約でシナリオ1ページ1分として1エピソード分の60枚とか映画とか特番想定の120ページぐらいが枚数上限になっているんじゃないかと思うが大丈夫なのだろうか。

っていうか427枚ってなんだ、ちょっとだけウェンディ作のシナリオが画面に写ったが航海日誌のスタイルで柱にDAY-6とか書いてあったからそれたぶんDAY-1からDAY-300ぐらいまで毎日分ノーカットで書いてるだろう。
大丈夫なのか。今月末はWOWOW新人シナリオ大賞の締め切りだが応募用脚本がまだ全然書けていないが行けるのか、いやでも頭の中には最初から最後までちゃんとあるし俺それ4年ぐらい温めて…いつのまにかウェンディではなく自分の話になってしまっているがつまりそれぐらい! それぐらいメンタルに迫ってくる映画でしたね。

ミスター・スポックに自己を投影するウェンディのように俺もウェンディに自己を投影してしまったわけであるがそれにしてもスポック役のレナード・ニモイが亡くなった翌2016年の公開(航海?)っていうのがまた沁みるな。
いや俺はスタトレにもレナード・ニモイにも思い入れ的なやつは100%ないわけですが…。

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おもしろかったのはダコタ・ファニングが自閉症の人を演じるので難病映画的なジャンルっぽいところもなくはないんですけど、その性質の独特さをちゃんと見せながらでもわりと普遍的なテイストのロードムービーになってるっつーか、そういうところで。
この主人公をたとえばですね言葉のわからない異国を突如放浪する羽目になった人に置き換えてもわりとそのままこのシナリオ使えるわけじゃないですか。

バスに乗りたいけど乗り方がわからなくて困るとか。旅先で出会った優しそうな人と精一杯のコミュニケーションを取ってみたら金盗まれるとか。ローカル商売ルール的なやつがよくわからないから体よくボラれるとか。病院で自分の望みを伝えようとするけど全然伝わらないとか。
あるよね。いやあるかどうか知らないんですけど海外旅行行ったことないし。でもあるだろうたぶん。あるだろう!

だから映画はウェンディの旅をウェンディにとってのスタトレ異星大冒険として一種ファンタジー的に描くわけですが、あれは少しだけ特殊な体験ではあっても特殊な人間のお話ということではなくて誰でもあるよねっていう、そういう普遍性がスタトレを通して表現されてるんだと思ったな。
で、普遍的であるということは共感性があるということだから、ノーマル装備だと人と繋がりにくいウェンディもスタトレを介せば色んな人と繋がったり共感したりできるわけです。

これも誰だってそういうところあるだろう。俺もみんなが大好きなスポーツの話とかは異星の言語で語られる異星人の会話にしか聞こえないので一切参加できませんが『ラスト・アクション・ヒーロー』と『刑事ジョー ママにお手上げ』がいかに面白い映画か語っている人がいたら全然知らない人でも言葉が違う人でもむしろこっちからコミュニケーション取っていきますからだからなんでそのチョイスなのか。うるせぇ! 『刑事ジョー ママにお手上げ』面白いじゃねぇか! 話が先に進まねぇよ。

っていう感じで(どういう感じだろうか…)俺あの見るからにダサいスタトレの何がいいのかなってずっと思ってましたけど逆にこれでスタトレの良さちょっと触れた気がしたな。そういう泥臭い人間的なところがたぶん良いんじゃないの。

そういうスタトレ賛歌でもあるし、ということはスタトレに留まらない全てのフィクションの賛歌でもあるし、自閉症の人へのささやかなアンセムのような映画でもあるが、ということは万人に対してのささやかなアンセムでもあるというわけで、ウェンディの大冒険の裏に隠れていたオードリーの日常的葛藤とそこから一歩踏み出す小さな大冒険が画面に現れた時に、まぁなんとすばらしいやさしいえいがなんでしょうの声以外を俺はすっかり失ってしまったのだった。

そうそうあとダコタ・ファニングの気負いのない演技はとてもよかったですね。全般的に人がいい映画だった、あんま目立たないリアルで地味な、悪意も善意も狡さも優しさも個人スケールから一切はみ出さない凡々人しか出てこない感じが。
人生そういうものでしょう。リアルな世界は映画みたいに派手じゃないし、映画の中みたいに痛みがないわけじゃない。
『ラスト・アクション・ヒーロー』でリアル世界に飛び出してきた映画の中のシュワも確かこんなことを言っていただろう。「痛い! なぜ現実は痛いんだ!」

謎の『ラスト・アクション・ヒーロー』推し、なんなんだ。

【ママー!これ買ってー!】


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さんざん『ラスト・アクション・ヒーロー』を推しておいて『スター・トレック』のリンクを貼るわけでもなく認知症ロードムービー『ネブラスカ』のリンクを貼ってしまう外からはなかなか理解できない独特のオタク思考回路(なんとなくテイストが似ていたから…)

↓テイストが似ているといえばこれも姉妹編かってぐらい似ている


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