映画の方の『泣き虫しょったんの奇跡』の感想(ネタバレなし)

《推定睡眠時間:0分》

エンドロールで松田龍平の次に名前の挙がってた野田洋次郎て誰役だったんだろうそんな人出てたかなぁと頭に滝田洋二郎のざっくり画像を思い浮かべながら考え込んでしまったがRADWIMPSの人でした。ですよね。

RADWIMPSの人は松田龍平演じる瀬川五段の親友・鈴木悠野を演じておりRADWIMPSの人を見るの初めてだったのでマンボウやしろみたいな顔をしているなとしょうもない感想も漏れるがパンフレットを見ると松田龍平と野田洋次郎はリアル仲良しだそうで、そうと分かれば途端に感慨が深々してくる。

単に豪華だとかそういう意味ではなくてキャスティングで琴線ジャカジャカかき鳴らす映画というのがあるがこれそんな感じだったなぁ。
たとえば。プロ棋士を目指してヤング瀬川五段が奨励会(当時はここを経ないとプロになれなかったらしい)の入門試験を受ける場面、隣で対局してる棋士の横顔がサラっとチラっと、なんでもないように画面に入ってくるがこれが渋川清彦、あまりに自然だから「渋川清彦」ではなく(渋川清彦?)ぐらいな渋川清彦。

豊田利晃の監督デビュー作でもある『ポルノスター』が俳優デビュー作で、以来豊田映画に出続けている渋川清彦が、なんつーんすかねもうこれぐらいの距離でっていうか。空気みたいにそこに存在するっていうのちょっとグっとこないですか。

それからこれはびっくりした。つぶやきシローみたいな挙動不審の棋士が松田龍平と対局するのですがずっと俯いていて顔がよく見えない、よく見えないがどうも新井浩文。新井浩文!

新井浩文と松田龍平といえばそりゃあもう豊田利晃の『青い春』だし新井浩文なんて『青い春』で名を上げた人だと思いますがその二人がですねこれも、渋川清彦のように空気のように何気なぁくそこにいるわけです、なんの衒いもなく(いや新井浩文はちょっと面白いことをやっていましたが)。

そういう俳優の出し方が多い。奨励会の棋士仲間の一人が染谷将太というのも中々気付かない、同じく奨励会の棋士に妻夫木聡がいて、これは現れたと思ったらスーっと物語を通過して気付いたら消えていた。

藤原竜也、役名が“見知らぬ男性”。書かないでもどんな役柄なのかだいたい想像できるでしょうが、それにしても役名だけでなんとなく笑ってしまう。藤原竜也は豊田利晃の『I’M FLASH!』でカルト教団の二代目だった。

それから板尾創路が出てくる。板尾創路も渋川清彦と並んで豊田映画の常連俳優だし、板尾創路が監督した『火花』では豊田利晃が共同脚本に名を連ねていた。

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再びパンフレットを見てみると豊田利晃が師事していたというか共作者兼喧嘩相手を務めていたというかな阪本順治の寄稿文が。そこには二人の初対面の話とかムカついて殴った話とか眠剤の過剰摂取で(阪本が)病院送りになった話とか、それですっかり落ち込んだ阪本に豊田が檄を飛ばしたイイ話とかが書かれてる。

ああこれはあれだ、誰も立ち入ることのできない自身の内面に深く沈降していく孤独な人というのを豊田利晃は執拗に描き続けてきたように思うが、そうかそういう映画ではないのだこれは。

パンフレットの監督インタビューでも少し触れているが『ポルノスター』の千原ジュニアとか『青い春』の松田龍平とかに典型的な、ただ破滅に向かう目的も歴史も欠いた怪物的な人物を中心に据えた作劇と対照的に『泣き虫しょったんの奇跡』は瀬川五段の小学生時代から現在までを、その中で出会って別れた人々の姿と共に丹念に描いていく。

そんなの知らんかったのですが豊田利晃自身、9歳から17歳まで奨励会に在籍していたらしい。
うーんこれは。これはやっぱり原作ものではあるけれども、豊田利晃の半自伝というか、まぁ色々ありましたので大好きな将棋の道に挫折して、でもあんな人こんな人との繋がりを通してもう一度将棋の世界に入っていこうとする瀬川五段の半生に豊田利晃は少なからず自身のそれを重ね合わせたんじゃないすかね。この世界のナベアツまで動員した豊田オールスター的キャストを考えると。

こんなストレートに幸福感の漂う豊田映画というのもなかったのではないかという気もするがその土台にはやっぱり、挫折を乗り越えて映画をやれていることの喜びがあるんじゃないかと思えてならないし、内省を通して表現の地平を切り開こうとか、時代の空気からの脱出口を探しだそうとか、なにかしらメンタル負荷の大きいチャレンジングなことをしないでも気心の知れた人たちと一緒に映画が作れたらそれで充分なんじゃないか的な決然とした堕落(なのかどうかは知らない)が、この親密で豊かな映画空間を形作っているんじゃないかとも思う。

印象的なオヤジどもの顔。イッセー尾形の「雑魚ばっかり」、極めてどうでもよいのになんとなく忘れ難い一コマだ。カラオケで気持ちよさそうに大事MANブラザーズバンドを歌う渋川清彦、そんなものが面白くて仕方がなかったりする。というかそれだけで面白いじゃないのっていう話なのだ。

盤上の駒が立てるパチッパチが時には感情を逆撫でする性急な変則ビートを刻んだり時にはメンタルに安らぎをもたらすシシオドシのようにもなるあたり、そうはいっても独特の神経質な美意識健在。
とくに幻想的な水の表現と精密な対局場面が素晴らしい撮影は笠松則通。これもよかったな。

いや、全部よかったですよ本当、染谷将太が競輪か競馬で負けた時の表情とか、細かいところまで。
俺は今まで見た豊田利晃の映画の中でこれが一番好きだし、それにセンセーショナルでエッジの効いた映画ばかりやってきた豊田利晃がこういう素朴なぐらいの映画を撮るっていうの、やっぱ感慨深いもんありますよたいへんに。

ちな映画のファーストカットとエンドロール後のラストカットはどちらも将棋盤に駒を並べる手を写したものですが、前者はリアル瀬川五段の手、後者は豊田利晃の手らしい。なんか知らんがイイ話だ。

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喫茶店の場面とか瀬川晶司と鈴木悠野が抜きつ抜かれつ自転車で川沿いを駆ける場面になんとなく『キッズ・リターン』がオーバーラップするが、物語における挫折と作者の挫折が部分的にシンクロするっていうところで共通する二作なのでなんとなく受ける印象も近かったりするのだ。

↓原作


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