育児はたいへん映画『タリーと私の秘密の時間』感想文

《推定睡眠時間:35分》

糞リアリズム系というか俺はたとえば俳優の人が映画に合わせて体重を増減したとかそういうのは基本的に興味がない派で重量級ボクサーに見えない人を無理矢理に重量級ボクサーに仕立て上げたところで特におもしろくないし、人物設定に見合った体格なり性格を持った別の俳優を当てるかもしくは俳優に合わせてシナリオの方を変えればいいと思うわけです。

有機的な映画作りという感じがしておもしろいじゃないすかそういう作り方のが。フィジカル面をシナリオにすり寄せる的な骨身を削る演技メソッドは俺には逆に機械的でつまらなく感じられるし、明らかにそうと見えない俳優が映画空間の中でなぜかそう見えてしまう瞬間っていうのが映画のマジカルだなぁと思ったりもするので要するに、この『タリーと私の秘密の時間』というのはいつものように完璧に身体を作り込んできたシャーリーズ・セロンのスーパープロ仕事がまず目を引く経産婦日常ドラマなのであぁ糞リアリズム、糞リアリズム…とついつい心ない態度で見てしまうのだった。

経産婦セロンにはふたりの子供がいて長女は手が掛からないが下の子にはちょっと手を焼いている。イーストウッドのこないだのやつ(雑)では発達障害(ADD)を持つお子さまのお母さまが教師に投薬を勧められウチの子をバカにすんじゃねぇよみたいな感じでミッションスクールに転校させていたが、こちらセロンの息子は自閉症スペクトラムっぽかったので誰か専門の介助の人雇った方がいいんじゃないすかねと勧められる。

この息子はいつもと違う行動は基本全面拒否。大きな音が鳴るが死ぬほどびっくりしたりするので授業はおろか日常生活も母子ともにかなり難儀している感じ。
学校じゃ対応無理なので介助の人をというと随分冷たい印象も受けるが、でも当事者間の話し合いとかコミュニケーションがどうとかの精神論じゃなくて問題を明確にした上で外部の支援に誘導したりと具体的なソリューションを出してくるアメリカの小学校めっちゃ健全じゃんとか思えてしまう。それはまあ関係ないのでどうでもいいのですが。

でこの下の息子の世話で心労たぷたぷになってる時にセロン第三子出産。もーう大変ですよそりゃあ。大変なんですけどセロンの夫(ロン・リヴィングストン)そのへん鈍感だからヘル育児でベッドにぐでたましているセロンの横で平然とFPSに興じる残念っぷり。
なにが残念ってセロンに配慮してヘッドホンしてFPSやるんですよ夫セロン。何のことはない絶妙な描写に大いに微苦笑。本人は優しい良い夫でいようと思ってるんですけどその方向が微妙にズレていて空回っていてでも、鈍感だから気付かないっていう。

糞リアリズムとか言ってますがでもやっぱおもしろいかったですよねそういう細かいところが。

そんで表にはあまり出そうとしないがセロンのスタミナゲージがゼロになりかけたところでパンキッシュなベビーシッターのタリーが登場…したらしい。
どうもこのへんで睡眠に突入しているので経緯不明。気付いたら家にいてセロンと仲良くなっていた(実はタリーがこの人の名前かどうかもよくわかっていない…)
本当にまぁなんでそういう大事なところで寝るのかと思いますがセロンの育児疲労がスクリーン越しに感染したとポジティブに解釈しよう。そうです。それぐらいセロン熱演でした。4DX的熱演。

それでそこから。糞リアリズムとか文句言ってますがそのあたりで糞リアリズムから逸脱していってわぁそのための糞リアリズム! おもしろいお話だなぁと思いましたよね。
タリーと一緒に一時間ぐらいかけてニューヨークまで飲みに行ったセロンがですね、こう、溜まりに溜まった胸中ゴミをタリーにぶわっと吐き出す場面があってそれが会話が成立してねぇっていうか、糞リア的な独白系ちぐはぐダイアローグになってるわけです。

で突拍子もなく昔住んでた家に行くとか言い出す。盗んだバイシクルで走り出したりちゃってタリーも困る。観てる俺もどこに連れてかれるのか不安になってくる。
この一連の流れの中で日常生活の中に埋没していたセロンの願望とか不安とか過去とかあり得たかもしれない未来とかがエモの奔流となって押し寄せてきて…みたいなそういう感じで。

それがよかったなぁ。電子顕微鏡でぐっと皮膚の一部分を拡大していったらどこかの段階を境に皮膚なんだけれども皮膚とは認識できない細胞が目の前に現れたみたいなっていうか。
経産婦の悲喜こもごもを丹念に掬い上げていくすげぇ生活臭の濃いリアリズムの映画で、でもそうしているうちにそれが段々と違うものに見えてきてしまうっていうちょっとマジカルな。ある意味ファンタジーだし心理的ロードムービーだし、大人の寓話て感じ。

最後、これこれの出来事を経て何も変わらないと思っていた(それが疲労の根本原因でもあった)日常生活にセロンは今まで見逃していたかもしれない些細な変化を見い出すわけですが、その光景はなかなか結構感動的だったりした。

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こんな感じの中年女性悲喜劇あったよなと思ったら『タリー』同様の監督ジェイソン・ライトマン、主演もシャーリーズ・セロンだったので姉妹編のような趣も。

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