《推定睡眠時間:10分》
「こんや12じ だれかがしぬ」といえば名作サウンドノベル『かまいたちの夜』なわけですが、こちらは「ことし7がつ5にち なにかがおこる」である。端緒はたつき諒という漫画家の人が1999年に描いた『私が見た未来』というオカルトまんが、読んでないから詳しい内容は知らないが、その本が東日本大震災を予言した! とあやしげ界隈で話題になり、アンダーグラウンドと思いきや密かに100万部(電車内広告にはそうある)の今更大ヒット。だが予知夢によるものというたつき諒の予言はまだ終わりではなかった。2025年7月5日、なんと日本をたいへんな災害が襲うというのである。
ははは面白い話だなそういうの大好きと笑っていたらなんと気象庁がこの7月5日大災害説に科学的根拠なしと異例の発表、NHKニュースまで取り上げて正気か…? と思うが、この与太話は海外へも広がりとくに香港では7月5日大災害説を恐れての日本旅行控えまで起きているというそれはそれで「ホントか…?」と思う事態にまで発展しているらしい。既に7月5日大災害説とかいう現代のノストラダムスの大予言もしくはマヤ暦2012年世界滅亡説はたつきの手を離れ、ぜんぜん知らなかったが今ではインターネットの有名な都市伝説としてネットミーム化しているようだ。かつては集合知などと言われたが、インターネットは人類を啓蒙するどころか無知蒙昧を拡散強化しただけなのかもしれない。
ということでそんな流行りネタに乗って製作された山師映画が『2025年7月5日午前4時18分』、『プー あくまのくまさん』みたいな山師映画なんか大好きなので最低完成度の一発ネタ不謹慎ホラーを想像してわくわくしながら劇場に入ったわけであるが、ハードルを下げて地面につけてるからつまづきようがないだろうと思いきや、ハードルを置いた地面に穴を掘って地下から最低ラインに下げたハードルを超えてきた。
絶句。今どきこんなに破綻した映画があるのだろうか? たしかにサメ映画界などには映画として成立していない最低のカスが氾濫しているわけだが、その大多数は養殖のカスであり、カスっぷりを笑って楽しむという目的で作られた、言ってみればファストフードのような産業的カスである。天然のカスも稀に混ざっていることがあるが、それにしたって要は技術力が壊滅的というだけで、観ていればやりたかったことはわかるというのが普通である。
ところがこの『2025年7月5日午前4時18分』は養殖でもなければ天然でもなく、ただただ破綻して理解不能、もちろん技術的にも到底商業ラインに本来であれば乗れるレベルではなく、もう、なんていうか、びっくりした。単純にびっくりしてしまった。映画誕生からだいたい130年、必ずしも良い方向とは限らないとしても、映画は成熟し洗練され世界中に広がって、今では映画を知らない人など未開の少数民族を除いてはいないのではないかと思ってしまうが、『2025年7月5日午前4時18分』は昨日映画という概念を知った人が監督を任されたとしか思えないほどの成立していなさである。
はたしてどう成立していないのか。それを俺も書きたいのだが本当に成立していないのでどう書いていいかわからない。インターネットで大災害の到来が囁かれる2025年7月5日午前4時18分が近づく中、7月5日が誕生日という主人公の周囲(?)で様々な怪現象が起こり始め、主人公は精神のバランスを崩していく…と書けばありがちな話のようだが、そこに同じ殺人を何度も繰り返す謎の男の映像、赤い女の幽霊が出る廃墟の探索映像、3.11のニュース映像、主人公と死んだ母親との対話などがほとんど無秩序にインサートされ、なんの話なのか皆目わからない。
ははぁこれは例のパターン、実は主人公はその男に既に殺されていて、この映画は今際の際の走馬灯のようなものだろう…と推理する人は多いだろうが、残念ながらそうではなかった。というか、もしかしたらそうなのかもしれないが、そのようなオチは描かれず、廃墟にあるこの世とあの世の回路のような不気味な穴の映像で唐突に終わってしまうので、本当になにがなんだかわからないのである。
日常会話を除けばセリフの大半は意味不明なだけでなく聞き取り不能、もちろん芝居は棒読みが極まっているが、ベテランと見られる一人だけ(主人公の務めてる会社の偉い人)は場違いに面白い演技をしているので、それもまた破綻に拍車をかける。それでいて『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』や『回路』など有名ホラーのオマージュと見られる部分は散見されるので、作っている人がホラー映画をよく観ているのは間違いない。なぜホラー映画をよく観ている人の頭脳からこんな映画なのかなんなのかわからない異物が飛び出すのか? なんか怖いんですけど。
最大限好意的に見れば黙示録的なイメージを数珠つなぎにした高橋洋的な前衛ホラーの路線をやろうとした結果とも取れるが、それにしてもである。磨りガラス越しの人影とか毎夜時間が来るとドアをガチャガチャする激音が鳴るとかそのへんの恐怖描写は理解できるが毛布にくるまったスタッフが蠢くとかはどう捉えればいいというのか。いろんな恐怖描写を試してみたかったという狙いはなんとなく電波で伝わってくるとはいえ、それは学校とかの習作でやるべきであって、曲がりなりにも人からお金を搾り取ってやることではないだろう。
だが…ここまで破綻していると、作り手の意図しない不気味さや迫力が生まれてしまうというのもまた否定できない事実。それが「2025年7月5日午前4時18分」というネットミームの都市伝説を題材にした…のか無理にこの題材の映画をでっちあげるために別作品の映像を無理やりくっつけてこの支離滅裂となっているのかはわからないが…ともかくその題材チョイスも相まって、まるでこのきわめて稚拙な映画を「呪いのビデオ」のようにしているのであるから、映画というのは何が奏功するかわからない。
それにあの穴である。なにも撮影のために廃墟に穴を開けたわけでもなかろうから超有能なロケハン担当が見つけてきたものか、それともインターネットのオカルト界隈なんかで有名な場所なのかは不明も、あの廃墟に穿たれた無機質な穴の異景だけは、ここにはできることなら近寄りたくないというホンモノ感があった。あの穴を捉えてスクリーンに投射しただけでもこの映画を作った価値があったというものだろう。というかそれだけかもしれない。
予想外のヒットを飛ばした『きさらぎ駅』の続編も公開中の昨今はネットミーム系ホラーが数々製作されているが、そんな中でもとびきり異様・異質な、とても人には勧められないのだが、といって捨て置くこともできない、どうとも形容しがたい異色作が、この『2025年7月5日午前4時18分』ではないだろうか。この感想文を読んでこの映画おもしろそう! と思った純真なみなさん。もし万が一観るのであれば、くれぐれも自己責任でお願いします。観てから「ガチのカス映画じゃねぇかよ!」とか俺にキレられても責任は取れませんので…。