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中世ヨーロッパの騎士とかが身につける鎧は軽くても20キロぐらいあるらしい。それを軽いと捉えるか重いと捉えるかは人によると思うが少なくともあまり身軽に動ける装備ではないことは間違いないだろう。ところで世の中にはビキニアーマーというおそらく空想上の装備がある。ビキニアーマーとは何か。主に女性が着用することを想定した鎧であり、形状はビキニだが、そのビキニがチェーンメイルで出来ているのだ。このビキニアーマーは和製RPGの代表的シリーズであるドラクエの恒例装備であったため日本ではドラクエ経由でその概念を脳に注入された人も多いだろう。ゲーム中ではしっかり防御力もプラスになるビキニアーマーだが言うまでもなく防御力はゼロである。だってビキニだもの。守られているのはおっぱいと股間だけで他の部位はオール剥き出しである。
こんなバカな装備を誰が考案したんだと言いたくなるがいや待てよ、たしかにビキニアーマーは防御力がゼロだが、重量は重くても3キロぐらいだろう。ということは一般的な中世の鎧の10分1という超軽量装備であり、単純に考えれば全身鎧の10倍素早く行動できるようになる。全身鎧の騎士とビキニアーマーの戦士が戦っているところを想像してもらいたい。騎士の方は相手を剣で切りつけるべく間合いを詰める。しかし騎士よりも10倍速く動けるビキニアーマー戦士は易々と迫る騎士を引き離すだろう。ここでビキニアーマー戦士がメインウェポンを弓にしていたとしたらどうか。もはや戦いになどならない、ビキニアーマー戦士が一方的に遠距離から騎士をフルボッコにするだけだ。もしかしてビキニアーマー、強いのではないだろうか? たしかにビキニアーマーの防御力はゼロだが、それは言い換えるなら攻撃に特化した装備ということでもある。そんなビキニアーマーの有用性をわれわれに教えてくれるのがこの映画『レッド・ソニア 反逆の剣』であった。
時は先史時代、まぁ先史時代なのだがこれはファンタジー時空のお話なので『ロード・オブ・ザ・リング』みたいにいろんな国が栄えていていろんな文明もあり野原にはサイクロプスなどの野生幻想生物が闊歩しているというそういう世界であるが、その世界の山奥で平和に暮らしていた部族が帝国の襲撃を受けて部族散り散り、その数少ない生き残りが今は愛馬と共に森の中でハンター生活を送っている主人公レッド・ソニアである。ある日のこと森の中で貴重な幻想動物の角を狩っている密猟者を見つけたソニアは憤慨、密猟者たちを懲らしめに向かうのであったが、そこで運悪く密猟者たちの雇い主であった帝国のオタク風皇帝に見つかり捕らえられてしまう。帝国では奴隷たちをコロッセオで戦わせる遊びが大人気、かくしてソニアもグラディエーターとしてコロッセオに立たされることになったのだが……と要するに『コナン・ザ・グレート』の女版だし、そもそもレッド・ソニアというキャラクターはコミック版の『英雄コナン』に登場するキャラクターらしい。
そのレッド・ソニアがコロッセオに出る際に着させられるのがビキニアーマーであった。装備担当者によれば「客が喜ぶから」。舐めているのか、とソニアとしては言いたいだろうが奴隷の身分では言い返せず悔しい。しかしビキニアーマーを身につけコロッセオに出たソニアの勇姿は残念ながら装備担当者の判断が正しかったことを証明していた。見事な腹筋である。ソニアは超強い女戦士という設定だが、日本映画などでは超強いという設定の殺し屋が全然超強い肉体になっていないのが普通なので見た目の説得力がまるでない。しかしソニアを演じるマチルダ・ルッツのビキニアーマーによって露わとなった腹筋を見ればきっとみんなソニアが超強い戦士であることに納得するだろう。マチルダ・ルッツといえばコラリー・ファルジャの傑作バトルフェミ映画『REVENGE リベンジ』で腹に穴が開いてるのに根性でレイパー男性ご一行を単身ぶち殺した人であるから戦うための肉体作りは本気だ。ビキニアーマーというあまりにも頭の悪い装置によって可視化される役者の本気。このような映画は問答無用で素晴らしいと言わなければならないだろう。
もう隠す必要はないな。いや、最初から隠せていなかったかもしれない。完全にB級映画である。360度どの角度から見てもB級。最新の学説によれば映画の面白さは10段階の『ドゥームズデイ』度数によって表すことができるのだという(要出典)。『ドゥームズデイ』とはニール・マーシャル監督が2008年に放った21世紀でいちばんおもしろいB級映画である(要出典)。この映画がなければジョージ・ミラーは『マッドマックス 怒りのデスロード』を撮らなかった(要出典)。そしてこの『レッド・ソニア』、8ドゥームズデイであった。参考までに挙げておくとジェームズ・ガン版『スーパーマン』は5ドゥームズデイである。このことから『レッド・ソニア』がどれだけB級映画としてほぼパーフェクトに面白いか、そして頭が悪いかがわかるであろう。
とにかくね変に賢さを出そうとしたりあちらこちらに目配りしてないのが良いですよ。最近のつまらないハリウッド映画とかはそういうことばかりやってるじゃないですか。たかだかハリウッド映画のくせに社会問題について真剣に考えてますみたいなフリとか(本気で社会問題を考えていたらアクションものの娯楽映画の中で安易に取り扱えるわけがないだろう)人間ドラマをただただ芸も無く水増しすることで観客に何か深い映画を観たという気にさせる安っぽい詐術とか。そういう映画は単につまらないだけじゃなくて本来真面目に考えるべき事柄を観客に真面目に考えさせなくするという点で悪い影響さえ与えるんじゃないかと思うんです。そんな映画を作るぐらいならこれは単なるB級映画ですから毒にも薬にもなりませんよ~とあっけらかんと宣言して観客にバカにされる映画を作る方がなんぼ道徳的な行為かわかったものではないんじゃないでしょうか。
ビキニアーマーの女戦士が戦うという設定の時点で『レッド・ソニア』が間違ってもタメになる映画ではないことは誰にでもわかる。ファンタジーな異世界で怪物や悪い権力者とビキニアーマーの女戦士が戦うという言ってしまえばそれだけの映画だし、波瀾万丈の展開のわりに上映時間110分、10分はエンドロールだからと考えると正味100分ということは、くどくどと長ったらしい人間ドラマなどもないということだ。実におもしろいと思う。ソニアを始めオタクな皇帝とか飄々とした自称王子の奴隷とか「声」に取り憑かれた狂戦士皇后とかキャラクターは魅力的だし、オタク皇帝はオタクなので様々なマッドサイエンティスト的マシンが出てくるのも嬉しい、本格的な怪物はサイクロプス一体とはいえそのサイクロプスとソニアの戦いはこれが中々アツいんだ、ビキニアーマーの軽さを活かしてソニアがサイクロプスの背中をたったったって駆け上ってね。ほらやっぱりビキニアーマー強かったよ!
常々思っているのは少なくとも娯楽映画においてはメッセージを声高に唱えるよりはあくまでも物語の中で自然にサラリと、よくできた絵本のようにそれを受け取ってくれる人は受け取ってくれればいいし受け取らなくても楽しんでくれればそれはそれでいい、という形で提示する方が良い。これはあくまでも個人的な経験則だがそういうささやかなメッセージの方が抵抗なく自分の中に入ってくるし、効果は微々たるものかもしれないが心の中にしっかり定着する感じがある。バカだバカだと言ってますけど、でも俺はなんだかんだこの映画の最後の方の切ない展開にウルッときましたよ。これは権力の寓話だね。権力に虐げられた者は権力を求め、やがてその権力によって別の者を虐げるようになるという教訓のお話。その終わりなき悪循環からの脱出をやさしく説くラスト、俺はこれ小中学生に道徳教育としてぜひとも観せたいと思いましたよ。みなさんはまったくそう思わないだろうとはわかっているが。
似たような映画として『ダンジョンズ&ドラゴンズ』があり、あれはあれでA級予算のB級映画として良く出来ているのだが、現代的なユーモアも豊富な洗練された『ダンジョン&ドラゴンズ』に比べると、この『レッド・ソニア』の方は『レジェンド 光と闇の伝説』のような80年代ファンタジーの香りを残している点で少し古臭く見えるかもしれない。比べるものでもないかもしれないが俺はこっちのが好きだな。異世界のファンタジー風景をしっかり見せてくれるし。こういう牧歌的なB級映画ははっきり言って今の人にはあまりウケないとわかりきっているからこそ応援してあげたくなるよ。なにせ8ドゥームズデイだし、そして『ドゥームズデイ』主演の女戦士役者ローナ・ミトラがここでもやっぱり女戦士役でゲスト出演しているとなれば、嫌いになんかなれるわけがないのだ!
「ドゥームズデイ」最高ですよね。B級バカ映画としてのテンションの高さも良いのですが、個人的に劇中のタバコを巡るやり取りが大好きでして。ずっとタバコを欲しがっていた主人公が、最後「部下になれば山ほどやるぞ」という偉い人の勧誘を無視して、ボブ・ホスキンスが吸っていたタバコを奪って一服キメるシーン、基本的に一匹狼スタンスな彼女がホスキンスに向ける親愛の情が感じられ、さりげなくグッと来る場面に仕上がってましたよ。