真顔ですっとぼけ嘘カナダ映画『ユニバーサル・ランゲージ』感想文

《推定睡眠時間:15分》

ユニバーサル・ランゲージというのは公用語のことだと思うが、この映画に登場するカナダのどこからしい雪深い小さな町はペルシャ語が公用語、ふーんそんなところがあるのか、カナダは英語とフランス語のハイブリットというからペルシャ語が使われている地域もあるのだろう、しかし時代設定が謎だな妙に懐かしい感があるしスマホも出てこないし、とか日頃から物事を深く考えないのが祟って危うく受け入れてしまうところだったが、映画開始から十数分、まるでABCマートみたいなスタイリッシュさで全部同じ箱のティッシュが並べられた怪しい「ティッシュ倉庫」の登場でいやこんなカナダがあるかよ! ウソだウソこれウソの世界だこれ! とようやく気付く。

外を歩けば謎にレンガの壁だらけ、上半身をクリスマスツリーで覆ったある意味『サイレントヒル』みたいなおじさんが雪の中を闊歩し、丸鋸探して肉屋に入ればそこは世界一七面鳥に優しい肉屋で壁には歴代トップ七面鳥の肖像写真が大統領待遇で貼られている、集会場では当選した人が貧しい人に一年分のティッシュを贈るビンゴ大会が行われ、長距離バスの車内ではチケットを買って乗車した七面鳥を巡ってババァと運転手が口論中、その車窓から見えるのは中央分離帯に置かれた記念碑を見物しているツアーガイドとツアー客たち。「なになに将軍はどこどこ独立のためにこのように戦ったのでした。では、将軍の偉業を讃えてこれから30分黙祷しましょう」。黙祷が長すぎるよ! いや、いや、ツッコミどころはそこだけでは全然ないか! なんだこのでたらめな街はこんな街があってたまるかクソでもちょっと行ってみたい…!

ということでこれは歴史のどこかで現実世界と分岐してペルシャ語圏が出来上がった架空の世界のしかも1990年初頭のカナダのお話。その街に住む少年少女のちょっとした冒険を軸にさまざまなこんなのあったら面白いよねのシュールなクスクス笑いスケッチが展開される虚構コミカル群像劇であった。人を食い散らかした設定から独創的と見えてこういう世界はある程度今世紀の映画を観ている人なら見覚えあるんじゃないかと思うのだが、これロイ・アンダーソンとウェス・アンダーソンの現代欧米映画界の二大アンダーソンからたぶん相当な影響受けてるよね(なおわれわれの業界では『バイオハザード』のポール・W・S・アンダーソンを加えて三大アンダーソンと呼ばれています)。ロイ・アンダーソンの『散歩する惑星』とか『さよなら、人類』、ウェス・アンダーソンの『グランド・ブダペスト・ホテル』とか『アステロイド・シティ』、そのへんの現実にはあり得ないifの世界をあたかも現実であるかのように真顔ですっとぼけて描く虚構コミカル群像劇の系譜。

バカバカしくて面白かったな。バカバカしいけど最終的には人情沁みるほっこりヒューマンドラマになる、というのは好みが分かれるところかもしれないけれども(俺は実は人情ドラマになっちゃったなーとか思ったのであった)、二大アンダーソン映画同様に細部までデザインされたこだわりのふざけた美術を眺めているだけでしっかり楽しい。ペルシャ語だからなんですかね、子供たちのちょっとした町内冒険が主軸だから『友だちのうちはどこ?』とかイランの児童映画っぽい趣があるのも良かった。スタイルを最優先にしている上にそのスタイルもウェスとロイのダブルアンダーソンの影響が露骨な映画なのであんまり掘り下げられるところがなく、したがって言うこともそれぐらいしかないのだが、センスの良い洒落た映画であることは間違いないと思います。

※屋外シーンでも背景を建物の外壁にして頑なに空を映さないのは数少ないかもしれないこの映画のオリジナリティ。抑圧とか鬱屈の表現なのかもしれないですが、なにせ架空カナダが舞台なのでそこにあんまり強いメッセージが宿らず単に面白い画としか見えないのは、こういう作風の限界かもしれない。

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