温泉気分で幸せ140分映画『海辺へ行く道』感想文

《推定睡眠時間:0分》

あぁイイ湯加減の映画だ。海辺の町の夏休みが舞台だし海外の映画祭にでも持っていけばこういうのはバカンス映画と言われるかもしれないが、俺としては温泉映画と言いたいところ。バカンス映画というのは俺は専門じゃないから説明が怪しいが基本的にはフランスのバカンスを描いた映画のこと。ジャック・タチの『ぼくの伯父さんの休暇』、エリック・ロメールの『海辺のポーリーヌ』、ジャック・ロジエの『オルエットの方へ』、最近ではギヨーム・ブラックの『宝島』がバカンス映画の傑作だったが、バカンスなのでこういう映画には明確なプロットがなく、細々としたエピソードの数珠つなぎになった群像喜劇であることが多い。

明確なプロットがないので伏線とか難しいストーリーとかがなく、ダラダラとテキトーに観られるのがあくまでも俺の場合はだがバカンス映画の良いところ。『海辺へ行く道』もそういう映画で、良い意味で目を瞠る瞬間がないので140分ずっとだらぁと脳みそを溶かしたまま観てた。これは温泉である。温泉に入ってとくに何も考えることなくぽやぽやしてるときのあの感じに浸れる映画。深刻な題材や緊密なプロット、ガチガチに決まったショットが非メジャー系でさえ、というか非メジャーだからこそ注目されよう注目されようとして求められがちに見える昨今の邦画界にあって、こんな力の抜けた映画はたいへんありがたいもの。シリアスで重くて緊密な映画というのも悪くないが、そんな映画ばかりだと疲れてしまうもんな。

力の抜けたとは言いつつ映画の中で起こる出来事はなにも楽しいことばかりじゃあない。取るに足らない実演販売詐欺はともかくとして家庭内セクハラや家の中のお金の紛失はまぁまぁな事件だし、主人公の友人の新聞部女子などは一つの事件を通して正義とは何かと思い悩むことになる。海辺の町は決してユートピアではないんだな。ところがそれを監督の横浜聡子は(原作もそういうトーンなのかもしれないが)否定的には描かない。それどころか妙なキャラクターを次々に投入して超能力や宇宙人も唐突に登場、ユーモラスでのほほんと幸福な空間として住民の大人の半分ぐらいが大なり小なり犯罪行為に関わっている海辺の町を描き出すのだ。

その「こんなもんだよ」感ね。犯罪もある、悲劇もある、残酷だってある。でもまぁ人生こんなもの。実はちゃんと観ていない横浜聡子の出世作『ジャーマン+雨』は主役の女ジャイアンがなにやらハードボイルドな雰囲気を漂わせていたが、この『海辺の町』にあるのも人生と世界に対するどこかハードボイルドな諦観と、それを乗り越えた先にあるおおらかな人間賛歌なんじゃないだろうか。人生こんなもんだから悲観することないよ、まぁなんとでもなるから生きてみなよ、ってなもんである。たぶんそれは大人の態度ということなんだろう。今の作家系若手監督の中にこんな大人の態度を取れる人がどれだけいるだろうと思えば、この映画の邦画では突出した居心地の良さの源泉もわかろうというものだ。邦画では、というよりも、今の日本では、かもしれない。

そうそう、それから女優陣が魅力的なのも嬉しかった。カゴを手に「カニ~カニ~」と一人海辺ではしゃぐ天真爛漫な唐田えりかはその振る舞いもさることながら、黙って盆踊りをしながら町を練り歩く「静か踊り」なる奇祭のシーンではモデル出身だけあってめっちゃスタイルが良いことがわかり、このスタイルでショートヘアの人がサングラスをかけてニヤニヤしながら盆踊り…とかそんなものは好きになってしまうに決まっているだろうが。それからこの映画で初めて知ったハードボイルド借金取りの菅原小春。いやもうねめっちゃ好きめっちゃ好きこの蹴りの強そうな感じめっちゃ好きカッコいい誰これと思って興奮しながら映画館出てすぐポスターに名前探した(その後、この映画にも出演しているバイプレーヤーの黒田大輔と結婚したことを知り、人生の苦さを噛み締める)。麻生久美子のお母さん役、剛力彩芽のちょっと疲れた不動産屋、坂井真紀の風来カフェ屋さんもサマになっていたし、女優さんの魅力を引き出すというこれもそういえば最近の邦画でキラキラ映画などを除けばあまりやられていなかったことをこの映画はちゃんとやる。そういうの大事ですよね。だってチャーミングな人見るとイイ気分になるもん。

舞台となる町はアーティストの移住やアート活動を促進しているという設定なので主人公を含めて登場人物はアーティストが多く、いろんなアートを劇中では見ることができる。その見せ方がこれはアートですよという感じになっておらず、ただ風景に溶け込んで、暮らしの中に当たり前にあるアートという風になっているのが素晴らしい。良いでも悪いでもなくただそこにポンとあるものとしてのアート、なんも気負うことなくやりたくなったらやってみたらいいものとしての創作活動。そこにもまた横浜聡子のハードボイルドな人生賛歌が見える。

雑多なアートとチャーミングな女優さんたちと超能力や宇宙人を含む人生の悲喜こもごも、あとそれから夏の海街のカラッと明るい風景を温泉気分でだらだら眺める140分間。付け合わせは海から現れ海へと消えていく謎のスイマー宮藤官九郎。いやはやこれはしあわせな時間。

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