《推定睡眠時間:10分》
さっきYahooニュースのコメントを何気なく見てみたらなんかすごくて、いやヤフコメがやばいっていうのは常識なんだろうけど、こう、書いてる人みんな「俺のほうがわかってる。俺の意見のほうが正しい」感があって。その虚しさたるやさ。何者にもなれない無名の人間のたち哀しみと怨念があんなに渦巻いていたらいずれあそこから原初の海のように何かしらの生命が誕生してしまうぞ。
— にわか(β版)『居眠り映画館 B級映画編 2015〜2019』発売中 (@niwaka-movie.com) 2025年9月27日 1:57
こういうことを何気なくBlueskyに書いた翌日に観た『俺ではない炎上』はまさにそんなお話だったので思わず苦笑いで、とにかくこの映画に出てくる人間たちというのは主人公のパワハラ気質平成サラリーマン阿部寛も含めて全員といっても過言でないほど俺の方が正しい俺は悪くないの一点張り、現実世界にあるさまざまな束縛から解かれたツイッター等SNSは人間の幼稚さを加速させる場所だと思っているが(たとえば現実世界で「○○死ね」と言えば顰蹙を買うかもしれないので言う相手を選ぶだろうが、ツイッターではそうした配慮なく「○○死ね」と言えてしまうのだ)、そうした今のインターネット空間のダメさを正確に捉えた風刺映画がこれだった。
まー笑っちゃうね。阿部寛は前の主演作『ショウタイムセブン』でもネットで大炎上して看板番組を降板させられたラジオパーソナリティを演じていたが今回もまた身に覚えの無い殺人事件の犯人とツイッターで決めつけられて大炎上、あの屈強硬派男前な阿部寛がうろたえ逃げ惑う姿にあっはっはですよ。しっかりコメディタッチで演出されてるから作ってる方も阿部寛を酷い目に遭わせると面白いということがわかってるんだろうな。それまで阿部寛に話を合わせていた会社の部下たちが炎上発覚後は次々と「いやー前からあの人嫌いだったんすよねー」と手の平を返しまくり阿部寛大傷心の図、とか炎上あるあると阿部寛ド傷心のダブルで大笑いだ。ツイッターこういうのマジであるもんな、誰かが炎上すると「俺は前から嫌いだった」とか言い出すヤツが続出するの。
という中盤までは風刺鋭く大いに楽しめて阿部寛の筋骨隆々裸体も完全に無駄に拝めるのでよかったのだが、いったい殺人事件の真犯人は誰かという謎解きの段になるとこれが手際が悪い上にいささか現実離れした真相に辿り着くので面白さが急失速、そのうえ炎上に対する怒りが先走りすぎたのか山手線のモニターとかでやってる啓発動画かと思うほどストレートな説教セリフが続いてシラけることこの上ない。だって登場人物の一人がツイートの…あそういえばこの映画邦画には珍しくツイッターと具体名を出していて偉かったです。普通架空のSNS作って誤魔化すじゃん。今はもうXだからツイッターの名前を使っても問題なしという判断なのか。いや、まぁ、それはともかく、炎上に憤る登場人物の一人が元ツイを拡散した大学の政治研究部の意識高い学生に元ツイ拡散数の推移をグラフにしたものを見せて「元ツイはそれまで見向きもされていないツイートだったがインフルエンサーのお前がリツイートして以降急激に拡散したんだよ!」とか言うのよ。こんなのジョークかと思うよな。ACのSNS啓発広告だってもう少し気の利いた表現をするだろう。
これは演出よりも脚本の問題だが脚本の林民夫という人は社会派映画を多く手掛ける脚本家ながら『予告犯』に顕著だったように原作のリアリティを薄めて人物を単純化した上でそのメッセージ性を前面に引き出す手癖があるので物語が良く言えば寓話的、悪く言えば絵空事になってしまう。たしかにツイッターの炎上は大いに問題だと思うが問題を指摘するにもやり方ってもんがある。炎上の震源となったインフルエンサーがチャラいヤツではなく若者の政治参加を促し若者の意見を政治に反映するにはどうしたらいいかと真面目に議論するような「正しい人」であることはツイッター炎上にしばしば見られる正義の暴走を示すためなのだろうが、その描写がひどく粗雑なので、これでは自分が正しいことをしていると思って炎上に参加しているツイッターユーザーたちの神経を逆なでするばかりで、「そうだな、やっぱり炎上ってよくない!」と反省してもらうことなんか期待できないだろう。
阿部寛に邪険にされていた妻の夏川結衣が自分も悪かったと阿部寛に謝る展開なんて決して自分の非を認められず謝れないツイッターの人と炎上によっていろいろ反省してちゃんと謝れるようになった阿部寛ファミリーを対比させる意図はわかるが、そこまでツイッターの人は汲んでくれないので「モラハラ夫が悪いのに妻が謝るとかありえない!」と、なんだかこの映画自体がツイッターで炎上しそうである。24時間テレビでマラソンをしてるアンガールズ山根に「死んじゃえよw」と言ったのがマイクに拾われて炎上したインパルス板倉、主演映画『激怒』撮影時のスタッフによる女優セクハラ疑惑で炎上した川瀬陽太、真面目なインタビュー画像が「オタクくんさぁ」「じゃあなんすか」のネットミーム画像にされたWANIMA(主題歌)らツイッター被害者の会のみなさんの起用とか面白いがツイッターユーザーに対する当てつけかと思ってしまう。なんというか悉くツイッターユーザー一般の価値観に反する映画なのだ。
ネット炎上という現象を理解するには山口真一の『ネット炎上の研究』(田中辰雄との共著)やその発展系の『ソーシャルメディア解体全書』が大いに参考になる。これは日本では数少ない実証的な炎上研究の本なので原作者も読んでいるかもしれないのだが、まぁネットというかツイッター炎上に関して知りたい人にはそういうちゃんとした本を読んでもらえばヨシ。『俺ではない炎上』も前半は大いに笑えるので、まぁこういうのはあんまり本気で受け止めたり本気で怒ったりしないで、軽い社会風刺の映画として観ればいいんじゃないすかね。とはいえ、身勝手だった阿部寛が大炎上によって最終的に俺が悪かったごめんなさいと言えるようになるっていうのは俺も身の覚えのあることなので、そこは共感してしまうのだが。炎上の苦しみは自分が炎上してみないとわからないものだ。ツイッターユーザーはみんな一度くらい炎上してみた方がいいのかもしれない(地獄の光景)
※阿部寛の窮地を救う場末のバーの保守思想寄りのママが美保純とかいうキャスティングは天才。