香港パッション全開映画『シャドウズ・エッジ』感想文

《推定睡眠時間:60分》

エンドロールを見ていたら原作が『Eye in the Sky』とのクレジットがあって、そういうことか! と感慨深いものがあった。この『Eye in the Sky』、邦題は『天使の眼、野獣の街』という2007年の映画で、ジョニー・トー組の脚本家として『ザ・ミッション』『PTU』『エレクション』など数々の傑作シナリオをトーに提供してきたナウ・ヤウホイの初監督作。トーはプロデュースに回り、サイモン・ヤムやラム・シュなどトー組の役者たちも参加して鬼才ヤウホイの初監督を盛り上げたのだが、この映画で主人公の女刑事ケイト・ツイが追う犯罪組織のリーダーがレオン・カーフェイ、この『シャドウズ・エッジ』でシャドウと呼ばれているらしい犯罪組織のリーダーを演じている男だったのだ。

なぜか日本の配給は宣伝で『天使の眼、野獣の街』のタイトルを出していないようなのだがそれを知ればアツいではないか。いや、だがアツいのはそれだけではない。『天使の眼、野獣の街』はセミドキュメンタリータッチに近いような刑事ものというよりもノワールという感じの映画であり、監視係の刑事たちの張り込み模様と張り込みの最中ずっとなにかを食べているラム・シュ(『シャドウズ・エッジ』には猪八戒というコードネームの太っちょ刑事が出てくるのだがあれはラム・シュのオマージュだったのだ!)の姿だけをじっくり描いていく通好みの実に渋い映画なのだが、そのリメイクに当たって加えられた最大の追加点はジャッキー・チェンの参戦であった。

思えば『友は風の彼方に』とか『男たちの挽歌』あたりに始まる香港ノワールというのはポスト・ジャッキー・チェンの香港映画であり、1981年の『キャノンボール』の時点ですでにブルース・リーの次を狙えと海外進出を見据えていたと思われるジャッキーが香港に見切りつけ国際的大スター(のち大陸の広告塔へ)の道を歩み出すとともにカンフー映画人気が廃れていく中で香港映画界が見出した新境地。そのムーブメントの中で開花した現代香港映画界最大の異才がジョニー・トーなわけで、ジョニー・トーと二人三脚で香港ノワールの怪作秀作を作り上げて生きたナウ・ヤウホイの監督デビュー作が『天使の眼、野獣の街』、そしてそのリメイク作品である香港・中国合作の『シャドウズ・エッジ』にここ十数年というもの大陸で安心安全なゆるいアクション・コメディみたいなのばっか出てたジャッキーが、久々に本格的な擬斗を引っ提げて帰還したのだ。これはジャッキーと香港の和解といっても過言ではないわけで、いやはや、なんとイイ話! ジャッキーも年齢が年齢だからやはり古巣であり自分を世界的スターに育ててくれた香港で映画の仕事をしたいという思いがあったのかもしれない。大陸のジャッキー映画は香港よりも金は稼げるかもしれないがぶっちゃけつまんないからな。たぶん本人的にも。

というわけでそんな『シャドウズ・エッジ』は香港ノワールのパッションとジャッキー映画的カンフー・アクションが融合した香港映画は不滅なり宣言のようなお祭り作。オリジナルの『天使の眼、野獣の街』は上映時間がたった90分だしカンフーのカの字も出てこない代わりにラム・シュがひたすら飯を食っていたが、それが大陸資本とジャッキーの投入により爆破と銃撃とカンフーと血しぶきと死体とそして香港パッションが9割増というなんだかとんでもないことになっており、このダイナミック変貌はマイケル・マンの90分のテレビ映画『メイド・イン・LA』(これが傑作なのだ)が『ヒート』としてセルフリメイクしたら上映時間171分の超大作になってしまった事件を彷彿とさせる。

とにかくあっちでもこっちでも知能派を見せかけて最終的にはカンフーと銃撃戦ですべてを解決しようとする強盗団とそれを追う警察の戦い戦いまた戦い、一応『天使の眼、野獣の街』のリメイクなので本筋はカンフーは使えないが優れた監視スキルを持つ若手女性刑事が強盗団の首領を追い詰めるところにあるが、それが良いことか悪いことかはわからないが戦いっぷりがひたすら激しいのでそのへんだいぶ印象が薄くなってしまった。ちなみにこの若手女性刑事を演じたチャン・ツィフォンは現在24歳だが小学生と言っても通じそうな童顔でかわいい。ロリコンではない……と思いたい。

それにしてもあぁこれは香港映画だなぁと感じるのは強盗団の側が警察よりぜんぜん魅力的に描かれているところである。ゆーて香港は台湾ほど中国本土の規制・検閲から自由に映画を作れているわけではないので、犯罪者をカッコよく描いて観客に共感させるような映画は当局から指導が入る、というかたぶんシナリオ提出段階で朱が入ってそんな映画作れないんじゃないだろうか。犯罪者が主人公の映画ばかり撮ってきたジョニー・トーなどはそれでやる気を失って長い沈静期に入ったのだが、どっこん転んでもただでは起きない香港映画人、悪党をカッコよく描く美学は『トワイライト・ウォリアーズ』のように時代を中国返還前の時代に設定したり、建前は警察が主人公だがキャラ描写の力点は明らかに悪党側に置かれている『レイジング・ファイア』のような映画で脱法的に守られてきたのであった。

だからこの『シャドウズ・エッジ』でも悪党にも悲哀があり理由があり矜持がありいくら負けても絶対に諦めない不屈の闘魂がありそして人生がありと描かれ悪党ばかりがカッコいい。しかも香港名物「実は死んだはずのあいつには双子の弟または兄がいました!」の後付け設定で容赦なく続編まで狙っているのだからあぁ香港、すごく香港な映画である! 序盤は本土の規制当局が喜びそうな警察主体のコメディ調の安心安全クライム映画だが途中からはそんなもん知ったことかと大陸向けのリップサービスをかなぐり捨てて香港魂がバーストする。レオン・カーフェイとジャッキー・チェンの招集という点からも伺えるこの作り手の本気っぷり。監督ラリー・ヤンは中国の若手監督というから意外の観だが、若手監督だからこそ、ちくしょう香港映画面白いじゃねぇか……安心安全ご家族で御覧くださいな中国本土のぬるいエンタメ映画なんか面白くねぇんだ……俺だってパッション爆発な香港映画を撮りてぇんだよ! という思いがあったのかなとか想像すると、それもまたイイ話。

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