不合理になれ映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』感想文

《推定睡眠時間:0分》

アメリカ映画の法廷ものとか記者ものって本当外れがなくてどれを観ても絶対に一定の面白さはクリアしてるからすごいなと思うんですけど、なんでそんなに面白いんだって俺なりに考えてみるにこういうのってアメリカのシステム志向と関係があるのかもしれない。とにかくアメリカ(の都会)はなんでもシステムにしてしまう。それイコール管理対象にするということですけど、どんな些細な物事もシステムに組み込んで管理しようとするから合理化・効率化がものすごく進む。なんだかんだ言ってアメリカは未だ世界有数のパワーを持つ超大国で、アメリカをその地位に押し上げた要因といったらやはりこのシステム志向がある。

システムは強い。けれどもだからこそ恐ろしい。ナチスから逃れてアメリカに亡命した批評家のテオドール・アドルノはシステム化されたナチスのユダヤ人虐殺をアメリカのやり方に倣ったものと冷ややかに書いているが、なにもそんなビッグかつ遠い話を持ち出さなくても身近な例からわかりますよというのがこの映画『SHE SAID』、最近になって数十件にも及ぶ性暴力加害により禁錮20年超の実刑を受けた元ミラマックス代表ハーヴェイ・ワインスタインの悪行を暴き出したニューヨーク・タイムズ紙の二人の記者の物語であった。

でどんなあらすじかっていうとこれは本筋とはあまり関係ないのだが一応話はトランプ政権誕生前にまで遡る。その頃トランプのセクハラ・スキャンダルを担当していたキャリー・マリガン演じる新聞記者ミーガンはトランプの当選によって大いに挫折を味わう。女たちは反対したのに当選した! というこの人の言い分には異議を唱えたくもなるが(比率でいえば男性票が多いとはいえ言うまでもなくトランプ支持者は男だけではない)それはさておきトランプ挫折後に出産なんかもして一時職場を離れていたらしいこの人が職場復帰の仕事第一弾として選んだのは同僚のジョディ(ゾーイ・カザン)が追っていたワインスタイン・スキャンダル。

『プラネット・テラー』などで知られるローズ・マッゴーワンらハリウッド女優たちが若手時代にハーヴェイ・ワインスタインからセックスを強要されたという話だが、これにミーガンはトランプのセクハラ・スキャンダルと同根のものを感じ取る。この野郎、今度はこっちも負けねぇぜ。ミーガンはジョディとタッグを組みワインスタイン・スキャンダルの証言者捜しに奔走するが、関係者はもとより被害を受けたとされる人々の口もなぜか一様に固くなかなかスキャンダルの裏が取れない。果たして二人はワインスタインの裏の顔を暴くことが出来るのだろうが…まぁできたからワインスタイン収監されたんですが。

ワインスタイン・スキャンダル。たぶんその詳細はアメリカだと比較的広く知られてるんじゃないかと思うんですけど、俺この映画観てあぁこんなだったんだってなった。なんかMeToo発でスキャンダル発覚したのかと思ってたんですけど違うんだな。最初にニューヨーク・タイムズとか他の大手新聞社の報道があって、それからツイッターのMeTooで私も口を閉ざしていたが性暴力の被害者ですっていう人がワインスタインの被害者以外にもたくさん現れたっていう流れ。その口を閉ざしたというのも俺は怖くて言い出せなかったとかそういうたぐいかなぁと思ってたんですけど少なくともワインスタイン・スキャンダルに関して言えばどうもそうじゃないと。示談だったんですよね大半は。示談の合意条項にこの件は口外しませんみたいのがあって、それ破っちゃうとワインスタイン側から訴えられるんで誰も被害の詳細を話したがらない。

で、それがシステム云々っていう話で。ミラマックスの財務担当者の話からすれば示談金はおそらく巨額とはいえ、俺なんかはなんでそんなの受け入れるんだろうさっさと警察呼んじゃえばいいのにって思うんですが、要はワインスタインがセックスを強要した新進女優とかミラマックスの若手社員ってエリートだから後先考えない人はいない。みんな自分のキャリアをどうするかとかどう立ち回れば自分のためになるかっていうのをすごい計算するんですよね。そこにワインスタイン側はつけ込む。

警察に訴えたところでワインスタインを準強姦かなんかで起訴まで持ってけるかはわからないとはいえ、訴えれば世間にはそのことが知れてしまうからワインスタインは確実にダメージを受ける。だけどワインスタインの被害者たちはそれをやったら自分のキャリアが潰れるんじゃないかって恐れるんですよ。そこで変に冷静になってしまって、どうせ相手はハリウッドの大権力者だし警察に訴えるより示談に応じた方が自分のためだなって考えちゃう。

すべてを管理対象とするシステム志向は不合理なものを残さない。とくにハリウッドなんかでは昔も今もずっとそうですけど夢工場なんて言われるように業界全体が高度にシステム化されていて、そのシステムの一翼を担う一人一人も監督だろうが役者だろうがシステム志向が非常に強いし、そうでなければ生き馬の目を抜くハリウッドの競争を勝ち抜くことはできないわけです。

でもそういう人ってシステムの中では強いけどシステムエラーが起こった時にはめちゃくちゃ弱い。システムから外れることに慣れていないから、たとえそれがエラーだとわかっていてもそれに従ってしまう。そっちの方が本当はサバイブのために必要かもしれないのに、不合理な決断は不合理っていうだけで選択肢から外れてしまうんですよね。これはワインスタインの被害者もワインスタインの協力者も同じ。で、記者たちはそこに不合理の穴を開けていくというわけ。

以上は俺の映画を観ての感想であってぶっちゃけこの映画はそこまでは踏み込まないし、トランプのセクハラから物語を始めているようにワインスタイン・スキャンダルの原因をアメリカの白人男性の性差別意識に求めて満足してしまっているように思える。俺の感覚ではそれは表面的だけれども、まぁでも出来事の意味ではなく出来事そのものを追求するのが新聞記者なんだからこれでいいんでしょう。ウェルメイドな映画で飛び抜けたところはないけれども日本ではあまり詳細が報道されていないワインスタイン・スキャンダルの内容が知れてよかったし、キャリー・マリガンの芝居も良い(ワインスタインと対峙した時のなんとも言えない表情!)、システムに順応することの危うさも学べるというわけで面白くタメになる映画でした。

教訓。犯罪被害に遭ったらとりあえず後先考えずに叫んだり殴ったり警察を呼んだりすぐにすること。往々にして犯罪者は被害者が後先を考えて行動することを期待してる。

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アカデミーなんとか賞に値するほどの映画とは思えないが面白いことは面白いアカデミーなんとか賞受賞の記者もの映画。『SHE SAID』はこれのワインスタイン版みたいな感じもあるのでアカデミー賞での扱いがどんな感じになるのか気になるところ。

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