プロの矜持映画『オフィシャル・シークレット』感想文

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《推定睡眠時間:1分》

いやもう本当、こういう映画を観ると考えざるを得ないんですよ。国益ってなんですかみたいな。国益って政府の益なんですかみたいな。はぁはぁ、こう書くとネットリベラルの人がおおよろこびしそうですな。違うんだって。そういうことじゃないんだよ。もしイラクに大量破壊兵器ありとこのGCHQ(通信情報収集と暗号解読を担当する英国の情報機関)所属の主人公が確信していたら彼女は決して米国NSAの情報操作をリークしようとはしなかっただろう。国連の査察をかわして大量破壊兵器を隠し持ってる国を叩くのなら戦争の大義名分もあろうとこの人は考えたはずである。なんせ情報機関の人ですからね。

まぁ戦争になったらイラクの人がめちゃくちゃたくさん犠牲になるじゃん! とは言っていたからリベラルな人間であることは間違いないし、それがリークの動機の一部であったことも少なくとも映画の中では間違いない。しかし重要なのは、大量破壊兵器もなければ英国が直接揉めてるわけでもないイラクへの米国に追従しての侵攻を彼女が国益にならないと判断したことなのだ。大量破壊兵器がある確証はない。しかし米国はあると言い張っているし、英国政府はその主張を鵜呑みにしてる、そして世論を開戦容認へと傾けようとしている。今この状況で国と国民のためにすべきことはなにか? それが彼女にとって大量破壊兵器の存在があやしいことを示すNSAからのメールのリークだったのだ。

政府と国は別物というのがこの映画の核であり当然の前提である。国の中の一機関として政府が置かれているわけで、政府の意思は国の意思ではないし、国民の総意としての国の意思は政府の意思ではない。あまりにも当たり前であるけれども昨今の日本を見ているとどうも国なんていうものは政府が着る高級オーダースーツぐらいにしか思っていない人が左派にも右派にもそれなりにたくさんいるようであるし、呆れたことに政府の中の人たちさえそう考えているようである。思い上がりもいいところだ。あるいは単純脳もいいところだ。

羨ましいな。少なくとも英国にはこういう映画をメジャーで作れるくらいの共通認識があるんだよ。国益を守ろうとすることに左派も右派もないだろみたいな。それが日本ではイデオロギー論争のネタとか政治家の人気取りの具になっちゃうんだもの(まぁこれはどこの国もそーでしょーが)。そんなんだからいつまで経っても総括ができないんだ。あぁそうでしたなイラク戦争にはお日本さんも諸手を挙げて大賛成したのでしたな。『オフィシャル・シークレット』はそれが果たして正しい選択だったのか改めて検証する映画だったけれども、こんなものは日本映画界には作れないだろう。

政府と国が同じものの別名として把握されるのなら政府の決定は国の決定であり政府の利益は国の利益である。国民が政府に異を唱えれば国に異を唱えたことになってしまうし政府に賛同すれば国に賛同したことになってしまう。政府の失策は国の失策だ。そんな中では政府の方針を批判しようにも国民に共通の準拠枠がない。そして準拠枠がないものは国民の物語として語り継がれることも、国民的に反省されることもないのだ。

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いやそんな映画じゃないから。そんな映画じゃなくてこれは現代戦争映画の傑作『アイ・イン・ザ・スカイ』のギャヴィン・フッドの新作。『アイ・イン・ザ・スカイ』で描かれた英米関係のルーツを辿るようなところもあるので姉妹編と言えなくもない。イラク戦争で米国と冥府魔道入っちゃったから『アイ・イン・ザ・スカイ』になっちゃったんだよ、みたいな。

姉妹編と言っても別に戦争映画じゃないし実話ものなので派手な見せ場とかは別にない。面白いのは構成で、最初の方は新聞社に渡ったリーク情報を記者たちがあらゆるルート・コネを使って精査しつつ載せるか載せないかでディスカッションを繰り広げる記者ドラマとGCHQ内で身バレ投獄に怯える主人公のスパイドラマの二本立て、で後半はお縄を頂戴した主人公が罪を認めて減刑を求めるかそれともあくまで無罪を主張するかという法廷ドラマになる。その流れの中で政府を取るか国益を取るかみたいなテーマが浮上してくる趣向。

まぁ三つもおもしろジャンル入ってたら大抵つまんなくなんかならない。国外追放がどうのみたいな下りはさすがに無理矢理サスペンス盛り過ぎだろとか思いましたが、イラク戦争前夜を背景に一つのリーク情報が次第に大きな波を起していく過程はスリリングかつ英国的ユーモアふんだん、かっこいいクセモノ記者たちも実に英国サスペンスしていてこれこれ~これが見たかったんだよな~という感じ。

裁判映画になる後半はサスペンス性が後退してディスカッションドラマの面が前に出てくる。これがまたおもしろい。その論理でリークを正当化するか~と目から鱗ですが目から鱗なのは中世司法と呼ばれたり呼ばれなかったりする日本だったらこんなの絶対…いやもうそういうのはいいから! 映画に集中して!? はい。

『アイ・イン・ザ・スカイ』もそうですけどこの映画も戦場は誰か一人が作るもんじゃないっていう見方がイイんです。リーク情報にしたってただ外に出しただけじゃ広がらないですから。ウラを取る人がいて、編集会議でゴリ推しする人がいて、校正する人がいてですね…情報がどう作られるかっていうのを機械的に見せていく。でもそこに人情がないわけじゃなくて、それぞれの分野のプロがそれぞれの分野でやるべき「仕事」を淡々飄々とこなしていく中で垣間見える信念とか、共感とか、敬意とか、熱情とか、葛藤とか、そういう抑制された人間ドラマがまた英国的でシビれるところです。

ウチの読者はどうせバカだ! 悪い奴は悪く書いて善い奴は善く書いて煽れ! なぁんて言ってた編集長の変節なんかベタかもしんないですけどやっぱそういうのが見たいっすから。なんていうか、矜持の映画だよね。それが正しいかどうかはわからないけれども正しいと思ったことのためならせっかく勝ち取った地位を棒に振ることも厭わない、そんなプロの矜持がこの映画に出てくる様々な(政治家以外の)職業人にはある。映画とはいえ羨ましい限りだ。

【ママー!これ買ってー!】


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一方アメリカにも大量破壊兵器なんて本当にあるのって記事を書いてた人々がおりましたという映画。ロブ・ライナー円熟の軽快作(3時間も4時間もかけられる題材を90分に収めるのが匠の技なのだ)

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