人生の映画『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』感想文(ネタバレ完全なし)

《推定睡眠時間:2分》

これを観ていて思い出したのはトランプ当選の背景をマイケル・ムーアなりに探った政治映画『華氏119』でオバマ大統領(当時)が水質汚染問題で揺れるムーアの地元フリントを訪れて住民と話したりなんかする場面で、それテレビ報道の切り抜きなんですけど当局が適切に対処しましたから住民のみなさんは安心して下さいねみたいな文脈でオバマは出されたコップ水を飲むふりをして飲まなかった。でムーアそれを見て「これはトランプが勝つな」と思ったらしい。

ドキュメンタリー作家としても活動家としても甚だ信頼の置けないムーアの言うことだし、だいたいヒラリーの敗北をオバマの取るに足らない政治家ムーブに求めるとか牽強付会もいいところだと思うが、それでもこの一幕は確かにラストベルトが後押ししたトランプ勝利の背景として象徴的で、そこらへんはさすが庶民派ムーアだなとか思う。水質汚染問題。これは都会にいる人には俺を含めて実感がかなり難しいものではないかと思う。都会にはでかい化学工場なんかない。都会にはでかい廃棄物処理場なんかない。都会には農業や畜産なんかの第一次産業がない。だから実感ができないわけですが、地方には(とくに資源や産業のない過疎ったところには)その全てがあるんだよな。

もし化学工場や廃棄物の影響で土壌や水が汚染されれば死活問題で、にも関わらずこうした地方の切実な問題の政治的優先順位というのは往々にして低いし、メディアの関心も高いとは言えない。短期的な解決は不可能で利害関係者は膨大、事実関係を整理するだけでもまずどこからどこまでの範囲を整理すべきなのか、その整理は信頼できるものなにかという課題があるぐらいで、公害問題というのは実際非常に厄介な問題なわけですが、その厄介さに反してというか、むしろ厄介すぎ複雑すぎるので逆に全体像が見えにくくて地味な問題と映ってしまうところがある…当地に住んでいる人以外には、あるいは当地に住んでいても被害を実感できていない人には。

ということでこの映画『ダーク・ウォーターズ』も傍目には地味に見えるので誰からもほとんど相手にされていなかったウエストバーニジアの深刻な水質汚染問題の話。まぁどういう種類の水質汚染でどういう種類の健康被害がとかそういうのは実話ものですから調べればすぐ出てきちゃうわけですが、汚染の正体も一時間ぐらい経ってようやく明らかになるミステリー仕立ての映画であり、加えて日本ではあまり大っぴらに報道されていないこともあり…いいか、それは書かないで。

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ただこの汚染物質というのはこれに接していない人は現代日本でほとんどいないんじゃないかっていうぐらい非常に身近なよくあるものなので、映画を観て確認というか、そのよくあるものの背後でどういう出来事があったかっていうのを、これは実話をベースにと言いつつ平気で創作を混ぜたりするアメリカの映画で、しかも現在も水質汚染を引き起こした企業と住民側(など)の訴訟は続いてるんで住民側につくこの映画は企業側の視点や事情は一切取り入れていないんで、この映画で描かれる全てを事実として受け取るべきではないと思うんですが、大まかでもどんな出来事があったのか知っておくのは結構必要なことなんじゃないかと思う。

映画としては監督トッド・ヘインズ、脚本マリオ・コレア&マシュー・マイケル・カーナハン、主演がマーク・ラファロで共演アン・ハサウェイ、ティム・ロビンス、ビル・キャンプ、ビル・プルマン…もう錚々たるという顔ぶれでその面子に恥じない見事な出来映え、抑制の効いた、でもサスペンスフルなタッチで公害の発覚から問題の周知と法廷闘争までの20年間が描かれるわけですが、スーパーヒーローも無垢な善人も一人だっていないけれどもその時その時で今の自分はこの問題に対してこうすべきだと立ち上がった市井の人々がマーク・ラファロ演じる平凡な弁護士ロブ・ビロットの周りに集まってくるその光景は真に感動的で、終わりの見えない公害問題とどう立ち向かっていくのかということの一つの答えを提示してくれると同時に、コミュニティの崩壊が常態化した現代社会に対するカウンターとして、題材は公害問題でもそれ以上のものがある(って別に公害問題が大した問題じゃないって言いたいわけじゃないよ)

この20年という歳月ね。今映画館でやってる水俣病の現在を負った原一男の『水俣曼荼羅』も15年とか撮影してるわけですが、水俣病と聞けばもう終わった高度経済成長期の悪夢みたいにイメージする人もいるかもしれませんけどまだ全然終わってなくて、15年撮影しても遅々として未認定患者の救済や行政責任の追求は進まない。公害訴訟には本当に長い時間がかかる。この『ダーク・ウォーターズ』は一歩進んでは横道に逸れまた一歩進んでは一歩引き戻され、というようなことをうんざりするほど繰り返すその長さを観客に体験させる。その中で主人公が出会う様々な市井の人々の顔を見せ言葉を聞かせる。人生だな。なんでもかんでも人生の一言で済ませようとするなと思うが、でもこの映画は人生だと思うなぁ。(ほぼ)文句なしに素晴らしかった。

【ママー!これ買ってー!】


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マイケル・マンが銃撃戦なしで挑んだ実録内部告発もの。好きな作品はまた別だが作品としての出来ならマイケル・マンのフィルモグラフィー中これが一番じゃないかと思う。

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匿名さん
匿名さん
2021年12月24日 12:09 PM

デ.ュポン社といえば、すったもんだレスリングの『フォックスキャッチャー』が浮かんで、あの会社はろくなことしねえなあとぼんやり眺めていたのですが、デ.ュポン社の御曹司に殺されるコーチ役がマーク・ラファロであったことを思い出し、何やら因縁めいているなあと思った次第です。わざとでしょうか。
件の四文字化合物(インターネットでわからないから専門家に聞いてまわる!)の日本での規制が今年の10月からと、調べれば調べるほど見終わってから背筋が寒くなります。それまで日本でその危険性を表立って告知されていましたっけ…。というか調べれば調べるほどその後の社の対応が黒に近いグレーで笑えません。
まさかアン・ハサウェイのくるくる髪おかあさん姿が見られると思わなかったので得をした気分でした。子どもたちのおっかさんというよりかは、訴訟に取り憑かれた夫に振り回されながらも家庭を支える妻という姿に思えましたが。彼女の熱心なキリスト教への信仰描写も、鑑賞者の心を掴むためなのではないかと勘ぐったり。
いやあ、企業ってすごいですね。年末に沁みる映画でした。