むしろ確信するなよ映画『私は確信する』感想文

投稿日: カテゴリー 居眠り映画館タグ , , ,

《推定睡眠時間:10分》

「ヒッチコック狂の完全犯罪」とのアオリだがヒッチコック題材のミステリー/サスペンスといえばその昔はイタリアのヒッチコックと言われたりもしていたダリオ・アルジェントの『ドゥー・ユー・ライク・ヒッチコック?』があり、こちらはそんなに面白かった記憶はないが果たしてそのアルジェントの初期作『わたしは目撃者』を彷彿とさせる邦題の『私は確信する』は…と思って見始めるとこれがちょっとしたミスリード、別に「ヒッチコック狂の完全犯罪」を描いた映画ではなく殺人犯とされた男の無罪を晴らそうとする、というか、一審では無罪だったが控訴審ではどうも有罪になりそうなこの男をなんとか助けてやろうと奔走する男の知人女性が主人公の法廷劇なのであった。

なんでも実話に基づく系の映画。「ヒッチコック狂の完全犯罪」というのはメディアが事件を大々的に売るために付けたアオリで、この事件というのはある日突然被告の男の妻が消えた、で室内にハンドバッグかなんかが残ってて男は失踪から数日後にマットレスを捨てるという不可解な行為に出たんで、これ証拠隠蔽じゃねぇのみたいな、死体も凶器も見つかってないからどうやったかは知らないけど完全犯罪なんじゃねぇのみたいな、こいつヒッチコックめっちゃ好きらしいから横溝正史の『本陣殺人事件』みたいにヒッチコックの映画観ながら悪いこと思いついちゃったんじゃねぇの…とフランスのメディア関係者がそこまで思い至るわけがないがとにかくそんな感じで被告の妻失踪事件は「ヒッチコック狂の完全犯罪」と呼ばれるようになったらしい。

ところがである。開始早々に明かされるのはこの男、ヒッチコックは確かに好きだが別に「狂」という程ではなく講義(大学講師かなんからしい)でちょっとその話をしただけらしいく、それに尾ヒレがついていつのまにかヒッチコック狂になり、妻の失踪は完全犯罪になり、そして男は殺人のかどで法廷に立つ殺人犯になり…となにやら冤罪疑惑が濃厚。

これは怖い話ですよ。男が殺人を犯したか犯してないかは別問題として、メディアの過熱報道で劇中の弁護士の言葉を借りるならば一つの「仮説」があたかも事実であるかのように流布してしまった。日本でもごく最近までこういう仮説過熱報道ってあったじゃないですか、松本サリン事件とか和歌山毒物カレー事件とか。この「ヒッチコック狂」同様に和歌山毒物カレー事件だって林眞須美が完璧犯人扱いで報道されましたし死刑判決も出てますけど物証がないから実際どうかわからんですからね。なんかそういう意味で怖い映画でしたよ、俺が想像してた怖さとは方向性だいぶ違いましたが。

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で良いこと言うんですよこの弁護士が。なんか、わたしが述べている被告無罪説は仮説だが完全犯罪説もまた仮説であり、世間は後者の仮説だけを長いあいだ語り続けてきたのだからそれなら被告無罪説の仮説も少しぐらい取り上げたっていいじゃないか、みたいな。そうだよなーって本当思ったよね。無罪を訴えるわけじゃないですよ。いやまぁ訴えるんですけどそれがあくまで「仮説」であるって正直に言うんですよ。その上で陪審員にどっちの仮説に真実味があるか検討してくださいって言うの。

まぁこれは苦肉の策っていう感じだったんですけど…でも裁判ってこういう風に捉えないといけないよね。なんかさ、無罪かもしくは有罪か! みたいな二者択一イメージが裁判にはあるじゃないですか、ドラマとか映画とか漫画とかゲームとか裁判を扱った色んなフィクションとかの影響で。でも実際の裁判そんなキレイにシロかクロか割り切れないよね。弁護側だって割り切れないし裁判官だって割り切れないし検察側だってもちろん割り切れない。検察は被告を有罪にするための仮説を裁判で提示するし弁護側はその逆を提示するし、そのどちらが妥当っぽいかを判断する裁判官にも性格とか偏見に基づく仮説がある。法廷って仮説しかないんですよ。この映画それを正面から描いててすごい良かったな。

さて世間に横溢する「ヒッチコック狂の完全犯罪」仮説に否を唱えるシガニー・ウィーバーに似過ぎている主人公(マリナ・フォイス)のレストラン経営者は完全素人のくせに事件を改めて検証してみる。やってみて驚くのはこの事件かなり捜査とか杜撰であったしマスコミ報道もまた然りであった。こうなると俄然、無罪仮説が信憑性を帯びてくる…ように思える。実際は有罪仮説の反対は無罪仮説ではなく有罪か無罪かよくわからん仮説なのであるがこうして無罪仮説を確信してしまった主人公はまだ小学生ぐらいの息子もレストランの仕事も放りだして犯人捜し沼にハマっていく。弁護士の方もその勢いに引きずられて無罪を勝ち取るために犯人別人説を採用するのだが、そもそも根拠薄弱な印象論でしかない犯人別人説は審理の中で次第に破綻を来し、二人も精神的に追い込まれていくのだった。

この追い込まれの過程が良かったな。弁護士役は名優オリヴィエ・グルメってことで最初はわりと尊大な感じなんですが犯人別人説の信憑性が危うくなってくると法廷戦術も力任せの印象操作が強くなってくる。元から折り合いの悪い裁判長と法廷内で言外のケンカまで始めてしまう始末で人間だな~って感じですよ。その人間らしい不安定さが無罪有罪どっちに転ぶかわからないサスペンスを生んでいるという作り。証言は揺れ仮説は揺れ感情も揺れて誰も何も定まることはない。事件の全容を把握できる神の目を持った人間なんか弁護側にも検察側にもいるわけないのでそれで当たり前だし、だからこそ裁判で仮説を戦わせる必要があるのだ。

リアルというと違うのだろうが現実の法廷の形であるとかその問題点を(そして事件報道の問題点も)うまく捉えた誠実な、でもちゃんと手に汗握る法廷劇って感じで面白かったですね。これを見ればなんで「疑わしきは罰せず」が裁判の原則になっているかよくわかるので教材にもピッタリ。なにせまぁ「疑わしきはさっさと罰せ」が原則のSNS時代でありますから…。

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毎度お世話になっております的なコズミック出版クラシック映画10枚2000円シリーズのこれはフランス製サスペンス映画編(フィルム・ノワールではない)。弁護出身監督アンドレ・カイヤットによる裁判映画の名作『裁きは終わりぬ』が入ってます。裁判映画といえばアメリカの印象が強いがフランスも裁判映画先進国なんすよねぇ。

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