アベンジャーズじゃなかった映画『復讐者たち』感想文

《推定睡眠時間:50分》

映画が始まると男が底の見えない湖のようなところに沈降している象徴的な映像と共にこんな感じの問いかけナレーションが入る。もし何の罪もないあなたの家族が理不尽な理由で殺されたらあなたはどうしますか? 観客に問うているらしいので俺も観ながら2秒ぐらい考えたんだがうーん何もしないと思うよ。俺は俺だけ生きてれば他の誰が死んでも別にいいと思ってますしそういう酷薄なカント的個人主義者が増えれば逆説的に世界はもう少し平和になるのになぁぐらいに思ってますし。

その後でちょっと考え直して、もし死体を発見したのが俺ならとりあえずその場から逃げるだろう、安全なところから警察に連絡するだろう、で警察に来てもらったらその要求がどの程度のレベルで通るかは分からないがこの犯人は俺の家族を狙って殺している可能性があるので密かに犯人に狙われているかもしれない俺を警察に保護してもらうよう要求するんじゃないだろうか…とそれぐらいは考えたわけですが上の問いかけの暗黙の前提は当然ながらそんな状況ではなく「もしあなたの家族が殺されたことを後からあなたが知らされたら」なので、そうなるとやっぱり何もしないが答えになる。直感て結構正しいものです。復讐なんてその時には思いつかなくて後から脳みそが作り上げる行動指針なんじゃないですかね。

さてこの問いは映画の最後でホロコーストの生き残り? っぽい感じのイスラエルのおじいさんおばあさんの映像に乗せてもう一度繰り返されます。もし何の罪もないあなたの家族が理不尽な理由で殺されたらあなたはどうしますか? そこで映画は終わるわけですがそんな風に問いを天丼したらそれはもう問いじゃなくて「本当に解約してよろしいですか?」を何度も繰り返すスマートフォンとかのプラン解約ページみたいな問いを装った要求だよね。要は報復しろってことでしょ? 誰に?

まぁ映画の中ではこれはホロコーストの生き残りユダヤ人たちによるナチの残党狩りプラス無差別ドイツ人大虐殺計画(プランA)のお話なのでドイツ人が敵として出てきますが物語の最後で主人公はイスラエル建国前のパレスチナへと向かって「帰ろう、パレスチナが安住の地だ…」とか言うので、我らの安住の地を奪おうとするパレスチナ人の攻撃に屈するなの含意は明らかでしょ。やられたら(パレスチナ人に)やり返せ、俺たちはユダヤ人大量虐殺計画を実行寸前に持って行けたぐらい力があるんだぜ、とまぁそこまで仄めかしているかどうかは定かではないが。プロパガンダだよね、つまり。パレスチナに対する戦意高揚を目的としたイスラエルの愛国プロパガンダ映画でした。

ネタは面白いが愛国プロパガンダ映画は客に具体的なメッセージを伝えてナンボ、敵を見下し自民族に誇りを持たせてナンボというところがあるのでサスペンスがサスペンスとして機能せず「ここでもしかしたら主人公捕まっちゃうんじゃないかな~」みたいな場面も愛国補正でドイツ人がクソバカAI脳になってるのでドキドキ感なくスルスル進んでしまいます。ドイツ人は全部殺していいやつなのでセガール映画ばりにサクサク死んでいく。痛快といえば痛快だがなんだか香料なしの炭酸水みたいな味気ない痛快さ。本当にプランAを実行するのか…ってそんなの実行されなかったことはこれはネタバレではなくて現実に起きなかったことが史実としてわかっているのだから驚きもなにもないだろそれは。総じてネタの面白さをプロパガンダ性が台無しにしている感じだ。

プロパガンダプロパガンダ言ってますが無論表面的には報復の不毛を訴える非プロパガンダ的な映画なわけで最後に出てくる二度目の問いかけもプロパガンダとは無関係に「それぐらいホロコーストの傷は深い」という意味に解釈することもできます。っていうかそういう人権擁護的な意味とかメッセージはこの問いかけに確実に込められていますがそれとイスラエル防衛の訴えは両立可能であるばかりかむしろ直に繋がってしまうし、その多義性はイスラエルの外から見れば明確になるんじゃないだろうか。

つまり、イスラエル国内に向けるなら「それぐらいホロコーストの傷は深い」の意味しか帯びないかもしれない「もし何の罪もないあなたの家族が理不尽な理由で殺されたらあなたはどうしますか?」の問いもアラブ世界に向ければ(目に入るようにするなら)一種の恫喝として受け取られても仕方がないし、そう解釈されないための工夫はこの映画にはない。工夫というのは簡単で二度目の「もし何の罪もないあなたの家族が理不尽な理由で殺されたらあなたはどうしますか?」を入れなければいいのです。そしたらそうかホロコーストを生き延びた人はこんな計画を実行しようとするぐらい精神的に追い詰められて大変だったんだ、で終わりますからね。

ナチスの残党が南極でUFOを作っていることを明らかにした世界最強のハードボイルドジャーナリスト落合信彦が主要なパクリ元としていたことでも知られるマイケル・バー=ゾウハーの衝撃的なノンフィクション『復讐者たち』と邦題が同じなので予告編だけ見たら絶対その映画化だと思うだろと思いますが原作にクレジットされてないし原題も『PLAN A』とゾウハーの『復讐者たち』(『The Avengers』)とは違うので関係ないっぽいです。主人公がユダヤ旅団に同行する序盤の展開は似てるけどなー。そこらへんは面白かったですよ。それ以降はまぁ…大体寝てるのでちゃんと観たら面白いかもしれないけどね! でも基本的にはイスラエル国内向けのドメスティックな映画だろう。その空気を知るという意味では悪くないかもしれないが。

【ママー!これ買ってー!】


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プランAを題材にした映画を観た後では『イングロ』でナチ狩り隊長を演じていたブラッド・ピット率いる映画製作会社がプランBであることが意味深に思えてきてしまう。俺は冗談で言っているだけですが落合信彦なら無理矢理結びつけて陰謀論書くと思います。

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