比べて楽しい『チェルノブイリ1986』感想文

《推定睡眠時間:10分》

日本では今年公開されたこの映画だが製作は2019年らしくそれを知ってなるほど感があったのは2019年といえばアメリカのHBOがチェルノブリ原発事故を描いた傑作ドラマ『チェルノブリ』を放っているってなわけでまぁそれへのロシアからの応答ないしカウンターなんでしょうね、と思ってIMDbでリリース日を確認すると『チェルノブイリ』が最速で2019年5月にインターネット配信開始、対して『チェルノブイリ1986』は最速が2019年7月のアラブ首長国連邦でのDVDスルーで、えぇ…いくらなんでも一ヶ月かそこらでこの規模の映画が撮れるわけがないし、かといって偶然リリース時期が被ったとも考えにくいし…なんかどうでもいい謎が生じてしまった。

リリースデータを見ると『チェルノブイリ』は2019年中に各国で配信もしくはソフトリリースが始まっているが『チェルノブイリ1986』の方はなぜか2019年7月にUAEでソフトが出た後に本国ロシアでさえ2年も塩漬けにされて2021年4月にようやく公開、このスパンの開き方と最速がUAEのしかも劇場公開ではなくソフトスルーっていうのはさすがに不自然なので、HBOがチェルノブイリ作ってるぞという業界情報を基にロシア映画界も対校映画を作り始めて『チェルノブイリ』の配信開始に合わせる形でとりあえずこっちも形だけリリースしときましたみたいなのが真相なのではあるまいか。実際はわからないので信じるか信じないかはあなた次第でも俺次第でもなく他のちゃんとした有識者に決めてもらってください。

カウンター映画として製作されたかどうかはともかくとしてこの映画が『チェルノブイリ』と比べると面白いのは間違いない。更に言うなら福島第一原子力発電所事故の初期対応を描いたご存じ2020年公開の『Fukushima 50』と比べても面白いところがあり、なんか遠回しにこれ単品だと面白くないと言っているかのようだが、うんそうですぶっちゃけ単品だとそんなに面白くないです。

いや~だってさ~主人公は二人いて一人はチェルノブイリの美容師の女でもう一人はチェルノブイリ原発の消防班の男なんですけど、原発事故の部分はせいぜい全体の半分とちょっとぐらいであとの半分くらいはやたらリリカルな二人の中年カップル(以前交際していた)の恋愛模様なんだもんな~しかもそれが冒頭のテロップからすれば実話じゃなくて創作パートで! までもねそれも『チェルノブイリ』と『Fukushima 50』と比較しながら観れば面白くなるのです。

この無駄にリリカルな恋愛パートってそりゃそうだろって感じですけど『チェルノブイリ』にはなかったものじゃないですか。じゃあ逆に『チェルノブイリ』にあって『チェルノブイリ1986』になかったものは何かって、まぁいろいろあるとしても一番大きいのは事故の全体像・被害の全体像。これはすごい象徴的な台詞があって主人公(消防士の方)たちが決死隊になって原子炉の下に溜まった汚染水を抜きに行くときに事故の原因を知っているらしい原発職員に主人公が「本当の事故原因はなんなんだ」って訊ねるんですけど、原発職員それに対して「(どうせ死ぬから)今更どうでもいいじゃないか」って答える。よくないよそれ一番大事なところだよ! で実際に映画の中で事故原因が明かされることはおろか仄めかされることさえなく勇気ある消防士たちを讃えようって美談にして終わっちゃう。その後チェルノブイリがどうなったか、被爆した人々がどうなったかなんて一切描かれることがない。

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面白かったのはこれって『Fukushima 50』も同じ構造なんですよね。理由なんかどうでもいいだろ周辺の放射能汚染なんか知らねぇよそんなことより現場で命張った男たちを見ろよ! みたいな。『Fukushima 50』は原作が門田隆将でこの人はもう名の知れた右派の論客ですから右翼的な色彩を明確に帯びていて、それはラストで咲き誇る桜をバックに「今年は復興五輪の年」とかいうテロップが出ることからも明らかなんですが、こうしたプロパガンダ性は『チェルノブイリ1986』にもあって、それは事故原因とか事故被害を描かない(描かれるのは急性症状のみであたかもそれが被爆症状のすべてであるかのようだ)で消防士の英雄性を讃えるっていうある意味消極的なものだけではなく、かなり前のめりなものもある。主人公カップルがセックスの暗喩としてこんな会話を交わすのだ。「核兵器を出すの?」「核の平和利用さ」

バカかと思うがプーチン体制下で核平気の増強が年々増大しており、ウクライナ侵攻後も核をチラつかせる言動を繰り返すなど、プーチン・ロシアにとって核兵器は対外的に重要なだけではなく、国内に対してもロシアの偉大さをアピールし全ロシアの結束を象徴するプロパガンダ兵器の側面があることからすれば、こんなバカバカしい台詞にも穏やかではない影が宿る。原発事故の被害や原因がおそらく意図的に無視されていることも併せて考えれば、その題材の持つ反核性に反してむしろ核兵器の保有を正当化する暗黙のメッセージさえ読み取れるのだ。

…というような深読みをすれば興味深く観られるのが『チェルノブイリ1986』という映画。まぁそんなことしなくても消防士が原発火災の鎮火に当たる序盤(といっても主人公二人のロマンスのせいでそこに辿り着くまでが長い長い!)は消防士がどんどんゲロ吐いたりホースを持ったままマネキンのように立ち尽くしたりしてかなり怖い、『チェルノブイリ』がサスペンスのタッチならこちらはホラー映画のタッチで、そこらへんはさすがに面白く観られる。そこから先が思想性とかプロパガンダ性が出てきてつまらないというのは『Fukushima 50』と同じである。観てるんじゃないのかこれ作った人たち。題材的には観ていない方が不自然なくらいだが(でも『Fukushima 50』はロシアでは公開もソフト化もされてないらしい)

あとそういえばこれも面白いなと思ったのがこの映画って戦場たる原発で命を賭して戦う男を安全地帯にいる(本当は全然安全地帯じゃないのだが)女がじっと待っていて、女は最初この男を拒絶するんですけど最終的には男を受け入れるって構図になってるんですけど、この『哀・戦士』的男女観っていうのも右翼イデオロギーに合致するもので、最近のロシア性娯楽大作みたいのをよく観てる人はわかると思うんですけど「命がけで戦う男」と「命がけで戦う男に助力を惜しまない女」っていうのはすごいよく出てくる。その意味でこれは直接はそうと描かないものの戦争プロパガンダ映画の観もあって、まぁなんというか、こういう現代のロシア産娯楽映画を観るとあぁ戦争ムードって一夜にして出来上がったもんじゃないだね、ドンバス地域の戦争も2014年から継続してるわけだしって思います。

そういうのが色々見えてきて面白いは面白いんですけど、でもちょっとだけがくーんと来るところもないでもないよ。映画って第二次世界大戦の頃から変わらず今でも現役のプロパガンダ兵器なんだねぇって再確認させられるわけですから。逆にというか、こういう映画に触れることで映画のプロパガンダ性を意識するっていうのは大事なことだと思うので、教育的にというか情報免疫的な意味で広く観られて欲しい映画って感じではありますが。

【ママー!これ買ってー!】


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もちろんこのHBOドラマ版『チェルノブイリ』にしたってチェルノブイリ原発事故に想を得た実録フィクションであって「実話」とは異なることは脳みそのどこかで意識しておくべきだが、それでもチェルノブイリ原発事故を描いたフィクションとしては『チェルノブイリ1986』よりも遙かによく出来ているので、仮にどちらか一本だけチェルノブイリ系映像作品を人に観てもらうなら秒の迷いもなくこちらを選ぶ。

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