アジアのふしぎな子守歌映画『グランドツアー』(2024)感想文

《推定睡眠時間:100分》

グランドツアーというのは中世ヨーロッパで貴族の子弟が世界を知るためにヨーロッパ各国を歴訪する修練旅行のことであるがそれをタイトルにいただいたデヴィッド・トゥーヒー監督脚本による1991年の『グランド・ツアー』は俺の中でオールタイムベストSF映画に位置しており、これがまぁ地味といえば地味なのだがよく練られてアイデア満載の脚本や人間味溢れるキャラクターたちが実に面白く、時間SFかくあるべしというような秀作、そうとくれば同じタイトルを持つこのミゲル・ゴメス監督作『グランドツアー』も内容は知らないが面白いに違いないという根拠の無さも甚だしい雑思考によって映画館の門をくぐったところなんじゃこりゃあ、今年度最大の熟睡であった。

とにかくわけがわからない。どうやら結婚したばかりかこれからする予定の夫婦の夫が新婚旅行(?)中になぜか逃げだしビルマ(と字幕に出ていたと言うことはちょっと古い時代の設定なのだろう)を起点にいろんな国を放浪、妻もその足跡を追ってアジアの国々を巡るみたいな内容らしい気はするのだが、そのプロットにとくに深い意味がある風には見えず、どうやらこれはアート映画というやつである。映画の冒頭には東南アジアでお馴染みの手動高速観覧車を係の兄ちゃんが脚で蹴って回している8mmフィルム撮影の古びた映像が出てくる。これがいつごろ撮影されたものなのか、実際に昔のアーカイブ映像なのかそれとも擬古調を狙ってこの映画のために新しく撮影されたものなのかはわからないが、それに続くのはミャンマーの伝統芸能と思われる人形劇の映像で、ドキュメンタリーとフィクションを、過去と現在を自在に行き来しながらアジア各国の文化や風俗を見せていく、とおそらくそうしたところにこの映画の主眼はあるらしい(※たっぷり寝ているので確たることは何も言えない)

…のだが、だからなんなのだろう? わからないというのは、アジア各国のいろんな風景を記録した映像をパッチワークしただけの映画のどこに面白味や価値があるのかわからないということで、今時そんなもんYouTubeでいくらでも観られるのだから、あえて映画にするのであれば映画ならではの工夫とか意味付けが必要ではないかと思う。工夫に関してはないでもなく、この映画はフィクション部分もモノクロの擬古調で撮影されておりアイリスなど現在ではほとんど絶滅した手法もゴダール映画のような遊び心で使われていたりするのだが…あえてなのか本気でやってこうなのかは不明ながら、その映像のプラスティックな薄っぺらさには美しいものがまるでない。ソクーロフ映画のモノクロ映像は芸術的で美しいが、この映画のモノクロ映像はなんだがコマーシャルの映像にしか俺には見えなかった。

意味付けの方ももしかしたらあったのかもしれない。というかあっただろう。モノローグとダイアローグが頭からシッポまで充満するマノエル・デ・オリヴェイラの『アブラハム渓谷』もかくやの言葉の映画である。この台詞は無味乾燥でどこも面白くないから眠るしかないのだが、これだけ喋っていればそこになにかしら哲学なりなんなりが含まれているに違いないのである。ただ寝ながら観ていた限りではそれを読み取るのは非常に困難だった。結局なんだったのだろう。ヨーロッパの金持ちがアジアの土着文化の中に自分たちの生活にないものを発見してなんか反省する話? 仮にそうだとしたら擬古ではなく実際に1970年代ぐらいまで価値観の退行してしまったヨーロッパ中心主義の映画ということにならないだろうか。だって今なんか欧米のワカモンが韓国のK-POP聴いて中国の男アイドルに熱中して日本のアニメ観るとか当たり前にやってるわけで、アジアの発見とかそんなあーた今時言われてもさぁ。アジアの風俗をヨーロッパ人の視点で捉えるという点で共通する『サン・ソレイユ』をクリス・マルケルが撮ったのは今から50年も前なんですから。

と、わからないづくしの『グランドツアー』であったが、途切れなく続く台詞が子守歌の役割を果たし、とくにキレイでもないそこらへんのアジアの風景がスクリーンに映り続けている環境ビデオっぽさもあって、実に心地よく眠れる映画であったとこれは明確に言っておかなければならない。こんなに穏やかに眠れた映画はいつぶりでしょうか。かなりの快眠だった。ぜんぜん面白くない映画だが面白いと起きてしまうかもしれないので、眠るための映画と思えばその面白くなさもプラスに転ずるのだ。もしかするとこれは20世紀ヨーロッパ的な視点(※ヨーロッパのおじさんおばさんの視点)からは刺激的なものとして見え、聞こえるのかもしれない。それが21世紀のアジア人たる俺の目と耳には慣れ親しんだいつものアレ的な安心感を与えるものとして受容される。面白いね、その感覚の違い。いや、そういう映画なのかどうか寝てたからわからないんですけれども。

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