《推定睡眠時間:20分》
ここ十年ぐらいナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーはこの人が音楽的ルーツとするポストパンク/ニューウェーブのアーティストたちに倣ってかアッティカス・ロスと連名で映画音楽を活動の中心としていたが、久々に1990年代のNINを彷彿とさせるアグレッシブな音楽が聴けた『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』に続くこの『トロン:アレス』はついにサントラの名義がNINになったということで名実ともにNINの新譜、『トロン』シリーズは観たことがなかったがNINの新譜が聴ける映画なら行かねばなるまいと足を運ぶとオープニング・クレジットでエグゼクティブ・プロデューサーまでトレント&ロスになっていることが判明し、どうやらこの映画、トレントの肝いり企画らしかった。『タートルズ』とか『トロン』とかたぶん少年時代のトレントを熱狂させたやつなんだろうな。子供の頃に大好きだったものを大人の権力を手に入れてから遊び倒すという意味でなんだか庵野秀明のようなトレントである。
前作前々作は観ていなかったがストーリー的には単純なのでわからないことはとくにない。近未来のアメリカでは悪のテック富豪(最近のハリウッド映画の典型的敵キャラ)が3Dプリンターで実体化可能なAI兵士を作って覇権を握ろうとしていたが、即席で作れる代わりにこの実体化AI兵士は26分とかいう中途半端な時間で文字通り塵と化してしまう。AI兵士本体はサーバーの中にいるので何度でも蘇生可能とはいえこれでは商売に支障を来す。時を同じくして元祖トロンの後継者にあたるゲームベンチャーの若手社長は元祖トロンのクリエイターがフロッピーディスクに隠した永続化コードを発見する。どういうアレかは知らないが、このコードがあれば3Dプリンターで出力した物体が26分で瓦解せず永続的に残るらしい。さてこのコードの存在を例の悪のテック富豪がゲームベンチャーにハッキングして知ってしまったから大変だ。早速AI兵士アレスを3Dプリンターで現実世界に召喚しコード奪還を命令する悪のテック富豪。かくして永続化コードと世界の覇権を巡る戦いが幕を開けたのであった。
…はずなのだが、そのわりにはなんだか規模が小さく地味。AI兵士を1分で実体化できるのなら100体ぐらい作って襲撃すればいいのに現実世界に出てくるのはジャレッド・レト演じるアレスとその側近のアテナのみ。そして劇中に警察が存在しないわけではないのだが、この警察がめちゃくちゃ無能なので、AI兵士にレーザーカッターでパトカーを真っ二つにされるという大事件が巻き添え的に発生しているにもかかわらずゲームベンチャーの社長とAI兵士が街中駆けずり回ってるのをガン無視である。もちろんテレビとかそういうのもまったく反応してくれない。AI兵士がバットモービルみたいなバイクでお馴染み『AKIRA』の金田ターンをキメたり公共物をレーザーカッターで破壊しながら一般道を300キロぐらいで走っていたら普通大パニックだと思うのだが、これこれの事態に見合った市井の反応の描写がないので、SFなのに80年代刑事アクションの傑作『ジャグラー/ニューヨーク25時』よりもずっとスケールに乏しく感じられてしまうのだ。ちなみに『ジャグラー/ニューヨーク25時』は祝・今冬リバイバル上映決定である。
こういう妙なショボさはもしかするとある程度は意図的なものなのかもしれない。『AKIRA』のオマージュは最近のハリウッド映画でやたらと見かけジョーダン・ピールの『NOPE』でもかなり唐突に金田ターンをやっていたが、それだけではなく名作SF映画のオマージュがこの『トロン:アレス』には満載。例の金田ターンに加えてバイクのケツから赤いレーザーカッターが出てくるのも『AKIRA』のテールランプ演出がネタ元と思われ、寿命が定められたAIが自我を持ち創造主に反旗を翻すという展開は言うまでもなく『ブレードランナー』、バイクから降りたアテナがシュタタタタと直角的な動きで追いかけてくる描写ははいはい『ターミネーター2』の液体ターミネーターね、トロンの世界に入ると生前に人格をコンピューター内にコピーしたトロン創造主のデジタル版が待っているのは『マトリックス』のアーキテクチャのイメージでやってるだろうし、多少はその元ネタである『ニューロマンサー』のディクシー・フラットラインのイメージも入ってるかもしれない。ハッキング過程を擬人化して見せるあたりは『はたらく細胞』を思わせたがこれはオマージュではありません(ふざけたシーンではないが笑ってしまった)
まこんな風に名作SFネタがたくさん入った『トロン:アレス』なのですがこれら名作SFというのは今の映画の基準で見ればとても規模の小さな話。『ターミネーター2』だって世界の命運をかけた戦いのはずなのにやってることは数人の人間とシュワちゃんがロバート・パトリックと殴り合ったりしてるだけだ。今のようにCGで異世界もモブキャラも(金さえあれば)作り放題というわけにはいかなかった時代に作られたのが上に挙げたような名作SFである。したがってこれらの映画は美術のディテールであるとか人間の心の機微といった小さなものを充実させることで映画を面白くしようとしていたわけで、結果としてそれが時代を超える名作たる所以となったのであった。
おおむね1980~1990年代のSF映画に範を仰ぐ『トロン:アレス』が設定のデカさのわりに妙にこぢんまりとしているのは、その時代のSFのテイストを再現しようとしたためなんじゃなかろうかと思えば、ちょっとこれは好感を抱いてしまうところである。中盤からは最近のハリウッド映画の悪癖でやたら説明台詞ばかりになってくるので退屈して寝てしまったとはいえ、派手なアクションとかCG全開のSF映像ではなく人間味を強く打ち出したストーリー重視の作劇は、俺のような21世紀についに精神をバージョンアップできなかった人間には、今のCG見本市みたいなハリウッドSFよりもずっと面白かった。なんでデジタル世界に住むAI兵士なのにジャレッド・レトの姿をしているんだとかそういうツッコミどころも少なくないが、まぁそれも人間味というか、80年代レトロSF感ってことでいいじゃない。NINのサントラもヴァンゲリスとか冨田勲(TOMITA名義で当時英米でもレコードが出ていた)を思わせる80年代な音色とフレーズがあったり、かと思えばゼロ年代以降のNINの路線の歌ものもありと充実。思ったよりちっちゃい映画だったし多少はオリジナリティを出そうとはしろよと思ったりもするが、楽しいSF映画でしたよ『トロン:アレス』。今のハリウッド映画的なものを求めるとガッカリするかもしれないけどね。
※あと赤と黒の2色を基調としたカラーデザインはカッコよかったです。