俺には拷問だった映画『イメージの本』感想文(難癖注意)

投稿日: カテゴリー 居眠り映画館タグ , , , ,

《推定睡眠時間:65分》

だいたい寝ていたのでそういうときは映画の内容を把握すべく他のわかった感じの人たちの感想を参考にするのですが『イメージの本』は映画よりも遙かに感想の方が面白かったのでいっそ映画に倣ってフィルマークスあたりから引用した他の人の感想の羅列でもって俺の感想としようかなと思ってしまったがそれは単なるNAVERまとめなのでやめました。でも分かった感じの他の人たちの感想めっちゃおもしろいからみんなもみたらいいとおもいます。めっちゃおもしろいから。

俺としてはとにかくもう寝まくっているので内容についてどうもこうも言いようがない。強いて言えば苦痛だったというぐらいで、あとはまぁ…苦痛でしたね。苦痛でした。でも大丈夫俺的にはこれがいつものゴダール体験、高校生の頃には早稲田松竹とか新文芸坐とかでやってるゴダール映画の上映も教養的に何度も観に行ったことがあるが苦痛でなかったことは一度もないし最後まで起きていたこともたぶん一度もない。

寝る映画にしたって気持ちよく寝かせてくれる映画とそうでない映画があるわけですがゴダール映画は後者の代表格でとにかく寝起きが最悪、よく寝たなという感じがまったくない。頭とか首とかちょっと痛い。
起きて観ていても苦痛だし寝て観ていても苦痛なんだからゴダール映画は偉大だなと思う。そんな映画は他にない。ルドヴィコ療法にゴダール映画を使っていたらアレックスくんは終生真人間のままだっただろう。その前に廃人になっているかもしれないが。

無秩序映画パッチワークと見せかけて『イメージの本』にはいくつかのキーワードがあるらしい。ゴダール本人がナレーションで語ったりテロップで出たりするが、なんとか確認できたところだけ書くと「リメイク」「アラブ」「希望」。
俺はそう言われてもなにがなんだかわからなかったが賢明な方々はそこから映画を華麗に読み解いていたりする。そのサマを眺めていて思ったのはゴダールの発明は映画じゃなくて観客の方にあったんだろうということで、どんなにわけのわからない映画を撮っても観客の方で勝手に解釈してくれるし、どんなにつまらない映画を撮っても観客は自由に楽しんでくれる、そういう観客を作ったからゴダールはえらい。読者の誕生ならぬ観客の誕生ですなぁ。でもゴダール映画の場合は作者は死なないのですが。

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その昔はゴダールを観に行くことがオシャレだったのだと発掘された古代の石版には書いてあるそうですが、そのことが示すのはゴダール映画の本質を無視した軽薄な映画消費ではなくて、むしろゴダール映画の本質的な消費のされ方なんじゃないだろうか。

知育玩具としてのゴダール映画、知的衣類としてのゴダール映画、心理テストとしてのゴダール映画。ゴダール映画を語りたがる人はゴダール映画の空虚を通して自分を語りたいんでしょう。ゴダール映画を観たがる人はゴダール映画の鏡を介して自分の姿を見たいんでしょう。ゴダールの署名はそれが「自分ではない」と保証してくれる偽りの他者性なのだ。
アッ! ゴダール映画が好きな人がよくやる「かぎ括弧付きの普通の言葉」を括弧つけて、いや「カッコつけて」使っちゃったッ! これなんなんすかね。柄谷行人とか蓮実重彦? 知ったことか。

なんだか馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。しょうもないな。俺もしょうもないけどゴダール映画もしょうもないよ。ゴダールの署名が生ボイスって形で付いてるから物の分かった人は有り難がってるけど、匿名でネットに流したらこんなの誰が相手にするのさ。映画なんて誰も観てないですよ、ゴダールの署名を見てるんですよみんな。そのメンタリティはわざわざ都庁に登庁して「バンクシーらしき絵」を見たがる方々とさして変わるもんでもなかろう。アッ! またゴダール映画が好きな人がよくやる…白々しい。

こういうMADが見たかったらニコ津でもYouTubeでも行けばいいんですよ。いやまぁ、そりゃこういうのは早々無いとは思いますけどネットのMADは日進月歩、ネットカルチャー舐めんなよって話です。
たとえばですよ、これにしたって新陳代謝の超速なおネットの世界じゃもうずっと古い話の部類にはなりますけどニコニコの吉幾三マッシュアップブームの時にですね、「俺ら東京さ行くだ」の歌詞を音でそれっぽく英訳した嘘英訳字幕をコメントでマッシュ動画に入れるやつが出てくる、するとそれに対して全くの嘘和訳というのも別の投稿者がコメントしたりする、するとすると更にその嘘和訳の物語に乗って動画に東北思い出語りの弾幕を付けるやつが出てきたりもする。

最初は単なる遊びだったものが、吉幾三の「俺ら東京さ行くだ」、それを乗せる別の曲、それに対するコメント、嘘英訳、嘘和訳と…何層もの他者の物語が無秩序に上乗せされていくうちにひとつの情報記念碑にまで変質していく。
どこをどうやったら『イメージの本』とそれを比べられるんだとは思うが、ゴダールが自分のブランドに引きこもって分かったような分からないようなことを言ってるだけの閉じたMAD動画よりもこっちの方が俺は全然映像作品の可能性を感じるし、それに「アラブ」というぐらいだから『イメージの本』は西欧映画人として他者に向ける眼差しを問題にしてるんだと思いますが、そんな大雑把なオリエンタリズムすれすれのイメージで「アラブ」を語られても時代錯誤も甚だしい、語るんならリアルタイムの映像と固有名で具体的に正面から語るべきで、それならば抽象の中から漸進的に具体性が生まれていく吉幾三MADの方が遙かに不真面目に真面目に他者と向き合ってるってもんです。

まったく虚しい。だって終わりでしょう、前衛だった人がその署名だけで評価されるようになっちゃったら。映画AIにゴダール映画を深層学習させてゴダールと同じ映像素材を与えてやったらこんなのいくらでも作れるって時代に、現代の文化潮流を追い切れずに、ただ署名で作品と自己と観客を繋ぎ止めるなんて逃避的な行為は、前衛作家としてあんまりにも虚しいよ。
観てもいない映画に難癖を付ける行為は虚しくないのかと問われたら、まぁ力強く首を縦に振らざるを得ないわけだが。

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でも『中国女』は好きなんです。可愛くて楽しくて子供っぽいオモチャみたいな映画だから。

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