夢ぐらい見させてよ映画『ストックホルム・ケース』感想文

《推定睡眠時間:45分》

なんかゆるそうな予告編だったのだがイーサン・ホーク主演だしノオミ・ラパス共演だしマーク・ストロングも出るしということで観に行ったものの予告編の印象そのままのオフビート+ちょっと哀愁のゆるゆる銀行強盗映画だったのでそうだよなーそっち路線だよなー、ですよ。そして就寝。これは映画がつまらなかったからというよりは単に疲れていたからだが…。

ストックホルム症候群。聞いたことはあるが逆に言えば聞いたことしかない。っていうんでその誕生の現場を見せてくれるのが『ストックホルム・ケース』。アメリカかぶれのダメな男がアメリカ人に扮して銀行強盗に来る。で人質取って立てこもったはいいが基本的に計画がなかったのでグダグダ進行。そんなに悪い人でもなかったがむしろ悪い人ではなかったから人質は誰も死んだりしない代わりに全然事件進展しない。いったいいつになったらこの事件は収束するのだろうか…とそんな中で主人公の銀行強盗イーサン・ホークと人質に取られた銀行員のノオミ・ラパスはなにやら心が通じてくるのだった。

グダグダ銀行強盗映画の金字塔『狼たちの午後』はカッコつけて狼とか言ってるがあのヘッポコ銀行強盗たちのキャラからすればむしろ子犬たちの午後ぐらいの邦題がせいぜいだろとはずっと思っているが『ストックホルム・ケース』の銀行強盗はそれよりも更にヘッポコなのでダックスフンドとかチワワとかの午後ぐらいな感じ。ボブ・ディランとか流してニューシネマっぽさを醸し出してもいるので『狼たちの午後』は相当意識して作ってんでしょうたぶん。

と思ってこの映画のモデルになったノルマルム広場強盗事件をウィキで見たら起きたのが1973年、人質が犯人側に協力していた特異な(のだろうか?)状況が注目されてストックホルム症候群を生み出すことになったが、スウェーデンでは初のテレビで生中継された事件としても知られているらしい。メディアの過熱報道をひとつのテーマとした『狼たちの午後』は1975年の映画なのできっとこれが元ネタなんだろう。『狼たちの午後』の影響が如実な『ストックホルム・ケース』であったがそのモデルの事件は『狼たちの午後』に影響を与えたのだから面白い関係性だ。

まぁ関係性が面白いだけで『ストックホルム・ケース』は『狼たちの午後』みたいに面白くはならなかったのでそこは変にオフビートに走らないで直に影響されていいのに、とか思わないでもない。午後感はすごかったですけどね。超午後の昼下がり。眠くなるのも道理だ。

それにしてもこの警察の無能さすごいよな。無能っていうか危機感があまりにも無い。この程度の事件じゃあ危機感抱けないぐらい当時のスウェーデンでは銀行強盗とか人質事件がありふれていたんだろうか。だって事件の指揮を執る警察の偉そうなやつがはいはい丸腰でーすって感じでヌルっと銀行の中入ってくるし銀行の上の階に対策本部置いちゃってるし。それを犯人も普通に許すからね。許すもなにも問題視しないからそもそも。

ゆるいなー犯人も警察もー。こんな牧歌的な時代もあったんだなー? もちろん人質だってゆるいので相手銃持ってるのに緊張感なんか全然ない。人質筆頭のノオミ・ラパスなんか夫が電話とかじゃなくて直に銀行に面会にきたら(それもオッケーなのかよ!)愛してるとか生きて帰るとかそんな話はしないで子供たちの夕飯と夕飯の具材の置き場所を伝えるほどだ。

もちろん、そこにはユーモアだけじゃなくてペーソスなんかもあるのである。いくら犯人の人柄を見てこいつなら銃は撃たんだろうと思っているとはいえ、こんな状況でも子供の夕飯のことしか心配できないぐらいノオミ・ラパスには凡俗生活が染みついている。実際にそのようなことがあったかどうかは知らないがこの映画の中でへっぽこ銀行強盗のイーサン・ホークに人質ノオミ・ラパスが惹かれるのは彼が自分と同じような凡俗生活を送っている人間で、でも自分と違って彼はそこから抜け出そうと必死に頑張っている…と見えたからなのだ。

面白くはないがちょっとだけ、本当にちょっとだけではあるが泣かせる話じゃないか。イーサン・ホークの要求は無邪気にして無茶苦茶である。スウェーデンの銀行強盗界のスタア(実は友達)を釈放しろー! 逃走用の車としてマックイーンが『ブリット』で乗ってたかっこいいやつを用意しろー! そんなバカなと思うがこれはどちらも叶ってしまう。なんというザル警察! でもそのおかげでちょっとだけ夢が見れたのでありがとう警察。本当にほんのちょっとだけかもしれないがこうしてイーサン・ホークはつまらない日常生活の突破口を開けたのだ。俺みたいな凡俗貧乏人間には沁みる展開である。俺があの場で人質になっていてもきっとイーサン・ホーク&マーク・ストロングのへっぽこ強盗コンビに金とか関係なく味方しただろう。

しかしニューシネマなら最後には結局どん底に突き落とすとしても勝ち目のない戦いに挑んだ無軌道な若者たちの一時的な勝利は青臭く感動的に盛り上げるものだが、『ストックホルム・ケース』は21世紀のオフビート・コメディなのでそんな盛り上がりもなく、凡俗生活脱出の夢は見たそばから徹頭徹尾「早く家帰りたいなー」みたいな顔してるうんざり警察の顔にかき消される。あたかも現代では夢を見ることさえ不可能だとでもいう風に。

せ、切ない…なんか、今になって急に切なくなっちゃった。そうねラストのノオミ・ラパスの表情とかね。命に別状なく銀行強盗の魔の手から解放されたはずなのに(※これは現実の事件の結果なのでネタバレではありません)全然ハッピーエンドじゃないというか…別に夫婦仲が悪いわけじゃないし子供も可愛いしで日常に戻れてハッピーはハッピーなんだろうけど、でも、という。夢大きくこのまま海渡ってアメリカ行くぜーっとか怪気炎を上げてたイーサン・ホークの人質でいたあの時に、この人もまたとうに終わったはずのガキの夢を見ていたのだ。

そういう映画と思えば、このつまらなさもスルメ的な味かもしれない。現実の凡俗生活はいつだってつまらないわけですからネー。はぁ。

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とはいえ映画は基本的には面白い方がいいので…切なくて退屈でしょうもない話なのに映画として抜群に面白い『狼たちの午後』はすごかった。

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さるこ
さるこ
2020年11月22日 3:39 PM

こんにちは。
ゆるかったですね〜。冷凍のニシンはリアルだと思ったけど、人質の旦那様が現場に入れるのは非現実的だわぁ。マーク・ストロング登場には「ヅラだ…ヅラだ…」と思ってしまい集中できませんでした。
ところで「狼たちの午後」は未見なんですが、監督の作品をwebで検索したら『ファミリービジネス』も『旅立ちの時』も彼の監督作でビックリしました。