映画(秘宝炎上)の見方がわかるブログ 

安部公房がどこかに書いていた「ニュートラルは状態である」みたいな言葉が好きでどんな文脈で語られた言葉だったか忘れてしまったのだが俺としてはつまり性質としてのニュートラルというのはあり得なくて、たとえばこういう言動をしたらニュートラルだとか、こういう態度を示したらニュートラルだとか、そんなような確定的で不動のニュートラルは存在しない。世の中にあるものはすべて時間から逃れられないので常に自身の状態や世界との関係が変化しているが、その変化の中である物体や言動や態度やニュアンスであるとか…まぁなんでもいいんですけど、そういったものが意識しようがしまいが関係なく相対的にニュートラルのポジション・状態を取ってしまうことがある…と、安部公房がどういう意味で「ニュートラルは状態である」と書いたかは知らないが、俺はそんな風に解釈しているのである。

というわけでこれもまたニュートラルなテキストではない。読む人によって傾き方は異なるとしても必ずどこかの方向に偏ったテキストなのである。もうね、そういう前置きをしておかないとね、いるんですよ世の中には中立の立場から書かれた中立の属性を持つテキストが現実に存在するって本気で信じている人が。ないんです。そんなのない。ないないない。大事なことだから5回ぐらい言いました。ないんです。はい6回め。それはもう数学の公式みたいに世の中の原則として暗記してもらうしかない。

いやぁ、燃えてますね! 映画秘宝! まぁもう早くも鎮火しちゃった気配ですけれどもなに鎮火しとるんだもっと燃えろよ! 燃え尽きて廃刊になれ! 先に言っておきますけど俺これから比較的秘宝にも理解を示した文章を書きますけど秘宝には廃刊になって欲しいと思ってますんで、えぇ。その理由は今回の不祥事がどうとかとはちょっと違うんですけどそれはまぁおいおいということにして…よくないと思いますね非常に! 良くないでしょ総括しないままなんとなく鎮火するの! 普通に考えて!

そりゃこれから秘宝側が総括出してくるとは思いますよ編集部として。だけどそれって謝罪ありきのごめんなさい総括で今度の炎上全体を総括するものには絶対にならないんですよ、そこまで含めて総括すると「加害者側が何様か!」って言われるから。だから本当は当事者の総括なんて総括じゃないんです。山岳ベースに籠もった連合赤軍が内々で総括できたかって言ったら結局できなかったからあんな悲惨な…って全然関係ないですけど要はそういうことでしょ! 違う!? まぁ違うと言われたらそれは受け入れるしかないよ俺としては。

で、かと言って俺も含めてネットに跋扈する自称論客の有象無象が秘宝炎上を総括できるとも思えない。なかなか広範囲に及ぶ炎上でしたから物理的に無理っていうかやるとしても金と時間と技術サポートがないとできないよね。でも大衆というのはいい加減なものですから総括をすっ飛ばして存在しないニュートラルな答えを見つけようとする。こっちが善人こっちが悪人ってことにして次の話題に行っちゃう。それで鎮火するなら当事者はそっちのが良いのでたとえきわめて杜撰な答えであったとしてもそこには口を挟まないんですよ。結果、誰も炎上を総括しない。

インターネット炎上、こんなことの連続で本当によくないと思うんだよ俺は。ってことでせっかく映画秘宝という比較的身近な対象が燃えまくったのでこれはいい機会、総括というのは俺にはできないわけですがせめて総括のための論点をいくつか明確にしておいたら後世のためになるだろうというわけで秘宝炎上の論点をあくまで俺の視点からまとめてみたいと思う。

あちなみにメンヘラ恫喝DM送られた人と送った人に関してはぶっちゃけそんなの当事者(会社含む)同士で解決図ってそれが無理なら刑事告発するなり民事訴訟するなりしろよネットで可視化されない他の紛争は基本的には全部そうやって解決してるんだからと思うのでとくに感想とかないしどっちに肩入れするとかもない。ぼく関心あるの炎上っていう現象の方だけなので。なお普段はそんな寒いことは基本的にしませんが廃刊記念ということで今回は哀悼の意を込めて秘宝的に注目ポイントを太字にする加齢臭漂うサブカル文体をあえて採用したいと思います。いやまだ廃刊になってないんだけど!

そもそもの経緯

何はともあれ経緯がないと始まらないが具体的な経緯がよくわからないというのが実は(?)よく燃えるネット炎上の条件だったりするのだからまた面倒臭い話だ。しかし現在わかっている限りでは概ねこんなような経緯のようである(まぁこの辺はすでにまとめている人が何人もいるので詳しくは自分で探してそっち見てください)

宇多丸がメインパーソナリティを務めるTBSラジオ『アフター6ジャンクション』2021年1月5日放送の韓国映画特集に映画秘宝編集部の岡本敦史と編集長・岩田和明が出演した。これを聴いていたリスナーが同月17日に感想ツイートを投稿。その文面は以下の通り。

このムックというのは今月8日に発売された『別冊映画秘宝 決定版 韓国映画究極ガイド』のこと。でこのツイートをエゴサで見つけてきたらしい岩田編集長が以下のようなDMを送付した。

それからこのアトロクリスナーの人はこのDMはなんなんだってことで秘宝っていうか映画秘宝発行元の双葉社に電話で問い合わせるわけです。そのへんの経緯は本人がツリーで詳細書いてくれてますが、どういう事情か、そしたら岩田編集長本人に繋がった(※正確には問い合わせたのち、編集長から電話がかかってきた)。この時点でアトロクリスナーの人はDMを送りつけたのが岩田編集長だとは気付いておらず、話しているうちにそうとわかって、でその後にこれこれこういうことがあったとツイートして爆発的拡散、映画秘宝創始者の町山智浩と犬猿の仲にある映画評論家・春日太一ほかツイッター有名人も相次いで秘宝批判を投下したことから秘宝炎上が巻き起こったというわけです。

※2021/3/4 追記:
以前に書いた版には下のような記述があったのだが、これはそこそこ知名度のある一人のツイッターユーザーがまだ炎上に発展する前に被害者に岩田DMを見せてもらい、「明らかに女の人を狙った文章に見える。他に送られた人がいるなら自分にDM下さい」といった内容のツイートをした(そして少しだけ拡散された)ことを雑に記憶していたために生じた俺の誤解だったようなので、謝罪しつつ訂正しておきます。すんません。(他の人にDMを送ったことを岩田編元集長は否定している)

削除した部分→「これと同じようなDMというのは実は別のツイッターユーザーも受け取っていて、そのユーザーが「秘宝公式からこんなDM来たけど…?」的なゆる注意喚起兼ゆる告発をしたんで上のアトロクリスナーの人も反応してDM公開に至った」
「岩田編集長は他にも何件か読者の批判に対してDMで絡んでる(※現時点で詳細不明)らしいので一つや二つではなかったようですが」

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論点1・誰が悪いのか?

だからどっちが悪いとかそういう話はしないって言ってるじゃないか、と言いつつ自分で書いてしまうのだが、まぁね、仮に俺が岩田編集長だとして、秘宝ムックで韓国映画の新刊出して売れてくださいよー売れてくださいよーって思ってるところで映画秘宝を読んだことのないアトロクリスナーに読んだことがないのにあのへん全部苦手しんどーいとか言われたらそりゃムカつきますよ。しかも勝手にゲストを誤解されて幻滅されてるし。しんどいだけならまだしもなんでお前の勘違いで幻滅されなあかんねん的なインザマインドツッコミはあるだろ。とはいえ逆に言えば大抵の場合はインザマインドツッコミが発生するだけで、正常メンタルならそこからメンヘラ恫喝DMには発展しない。

一方、DMを送られたアトロクリスナーの立場をシミュレートしてみると、俺はこれと比較的近い経験があるのだが、その昔あるインディーズ系邦画を見たら壊滅的に俺のセンスと合わなかったのでわりとボロクソに(でも「そこが魅力なんだよな」ぐらいなフォローは一応入れた)感想を書いてネットで拾ったその映画の撮影中の画像に貶しつつの好意のつもりで「意識の低い現場」のキャプションを付けて載せたらあの画像は個人的なものだから削除してほしいとの関係者と思しき人からのコメントが付き、それはさすがにこっちが悪いのですぐに削除して謝罪すると「電話してください」と電話番号がコメントに載る。

まぁこっちが悪いので無視することもできずおそるおそる電話をかけると繋がったのは酒に酔ってえらい剣幕で怒鳴りまくる監督本人であった。怒られると泣くのでもう号泣である。「ウチのスタッフがお前殺すって言ってるぞ!」とか言うのでメンヘラDMどころではなく直球の恫喝である。しかしこっちも自腹を切って映画を観た観客としてつまらなかったという思いは譲れないので「でも映画はつまらなかったんですよ!」と泣きながら映画のつまらなさを監督本人に訴えるのであった。

小一時間話した末にその映画監督とは和解したというか、話しているうちにこれやべぇなと本人も気付いたのだと思うが段々落ち着いてきて、今までのコメントは消して電話はなかったことしてくれとお茶目な感じでお願いされて泥仕合は終わったが、まぁその時の恐怖ときたらなかったね。今度飲み会来いよとかも言われたが本人は半分ぐらい友好の証として言っているのだろうがこっちにしたらいやそれ絶対集団で詰められるじゃんとしか思わないので全然友好な感じに受け取れない(ちなみにその後飲み会への誘いは結局来なかった)

という経験からして俺はDMを送られたアトロクリスナーの恐怖もそれなりには理解できるのだが、でもまぁその一方で自分が精魂込めて作った本とか映画がよく知らん人から雑に貶されたら文句の一つや二つ言いたくもなるよなぁとも思うのである。

論点2・韓国映画ファン層の違い

映画秘宝は比較的早くから積極的に韓国映画を取り上げてきた雑誌である…と書いたところで手元に証明するものがないのだが、日本における韓国映画の一般的な受容がパク・チャヌクやポン・ジュノといった作り手を中心にサスペンスやバイオレンス、ホラーやSFといったジャンル映画からなされていったことを思えば、ジャンル映画の雑誌である秘宝が食いつくのは当たり前のことではある。

映画秘宝を読んだことがないと書くぐらいだからおそらくDMを送られたアトロクリスナーの人はそのことは知らない。察するにそのへん韓国映画を推してきた自負のある映画秘宝の編集長として相当ムっと来たところなんじゃないだろうかと思うのだが、一方で問題の秘宝ムックが確かに女性執筆者が少なかったように、秘宝側は秘宝側で女性を中心とした近年の韓国ブームを捉えあぐねている気がしなくもない。俺は最近は読んでないので知らないがおそらく秘宝誌上で韓国コスメ特集とかは絶対にやったことがないはずである。

まず入口が違うんじゃないだろうか。秘宝と秘宝読者は映画が好きだから韓国映画を追うが、昨今の韓国映画ブームを牽引する人は韓国カルチャーだから韓国映画を観ているという個人的な印象があり、韓国ファンはK-POPとかコスメとか文学とかフェミニズムとか様々な韓国カルチャーの中に韓国映画を位置付けてそのすべてを享受しているのである。そこに秘宝炎上のひとつの背景となった文化の対立がある。

言ってみれば秘宝は歴史としての韓国映画の縦の繋がりにはオタク的に詳しいが音楽や思想など現代韓国映画を構成するその周辺文化には疎く、韓国ファンはそうした韓国映画の横の繋がりには詳しいが「日本における韓国映画の展開」みたいな狭いオタク的領野にはそもそも関心がないか、あっても薄いのだ。これは偏見丸出しで書くが今の若い韓国ファンは90年代にはガロ系特殊漫画家の根本敬がゲテモノ枠で韓国映画(とK-POPと呼ばれる前の韓国音楽)を見まくって紹介していたことを絶対に知らないと思う。

同じ「韓国映画ファン」といってもそういうわけで今の韓国ファンと秘宝…というか韓国文化がサブカルチャーであった時代を通過してきたサブカルオッサン勢では韓国映画の見方が違うしそこに望むものも違う。今の韓国ファンは韓国のスマートさに惹かれているように見えるが、オッサン連中は逆に韓国の泥臭さに惹かれるのである。映画からは話が逸れるが90年代に一世を(?)風靡した韓国ポンチャック歌手の李博士の動画に対するニコニコ動画視聴者のコメントはそうした世代差をよく表しているように思える。

ニコニコといえば右翼の巣窟なので韓国系の動画なんか弾幕で差別コメントが付くぐらい当たり前だが(別にそれが良いと言ってるんじゃないですよ)、李博士の動画はそれなりの再生数を誇るわりには韓国コンテンツとして奇跡的に差別コメントがほとんど見られず、大抵のユーザーは李博士の泥臭くもエネルギッシュなパフォーマンスを笑って楽しんでいるのである。それは見下し消費じゃないか! と言われればぶっちゃけそうなのだが…。

論点3・町山智浩へのヘイト蓄積

秘宝創始者で映画評論家の町山智浩は毀誉褒貶の激しい人物である。ことに近年はリベラル派の論客として引用リプを駆使したウザ絡みツイッター活動をしていることから映画界隈だけではなく保守界隈からも目の敵にされており、ツイッターをしすぎて共著の原稿が遅れたことから春日太一に縁を切られるなどその周辺はいつも穏やかではない。

キャラの濃い人ゆえ映画秘宝から離れた現在でも秘宝と町山は同一視されることがある。秘宝が炎上した理由とまでは言わないまでも、意図せずして炎上の燃料になってしまったことは確かなのではないだろうか。以下、俺の見た感じではとく若い人に多いアンチ町山の人がよく挙げたり俺の記憶に残ったりしている町山事件簿。

・パイ投げ事件
いちばん有名な事件。中原昌也が秘宝に書いた原稿に間違いがあったのをキネマ旬報が批判したら色々あってムシャクシャしていた(以前のトークイベントでは子供の運動会で肉体の衰えを実感したからとかなんとか言っていた)町山がパイを持ってキネ旬編集部を襲撃した。事件後、秘宝編集部を離れて渡米。

・ヤリチン事件
2016年したまちコメディ映画祭の上映イベント「映画秘宝まつり」のトークショーに参加した際、上映作品の『グリーンルーム』にちなんで急逝した主演俳優アントン・イェルチンのトークになり、アントンがモテ男だったことから「アントン・ヤリチン」とオヤジギャグをカマして秘宝寄稿ライターの真魚八重子を筆頭にアントンファンの大顰蹙を買った。ちなみに町山はこのギャグが気に入っていたらしく曜日レギュラーのラジオ番組「たまむすび」の映画紹介コーナー等でも語っている。

・宇多丸公開恫喝事件
キャスリン・ビグロー監督作『ハートロッカー』の解釈を巡って宇多丸と対立。『ハートロッカー』の両義性(イラク戦争を肯定しているとも否定しているとも取れる曖昧さ)を褒める意味で指摘した宇多丸に対し、体制批判以外の意図は読み取れないとする一義的解釈を持論とする町山は、当時の宇多丸の冠番組「ウィークエンド・シャッフル」に電話出演して宇多丸が言葉を発しようとする度に持論をまくしたてるラフプレイで異論を押さえつけた。

・大根仁公開恫喝事件
これは町山というか秘宝の良心の一人に数えられる高橋ヨシキの事件だが、映画版『モテキ』公開時にロフトプラスワンで行った町山&柳下毅一郎のファビュラス・バーカー・ボーイズ再結成イベントにゲストとして監督の大根仁が登壇、町山と歯切れの悪い会話をしているところに町山の弟子筋に当たる樋口毅宏が乱入しよくわからない理屈で大根に噛みつくと会場は加熱、詰めかけた秘宝ファンの期待を一身に受けて後に引けなくなった(かもしれない)高橋ヨシキが大根がイベント前にした「じゃあ俺は包丁でも持ってくかな」みたいな他愛のないツイートを引き合いに出して因縁を付けると大根は沈黙してしまいその最悪状況に欣喜する空気の読めない秘宝ファンを町山は「テメェ表出ろ!」と怒鳴りつけ、完全にイベントが事故ってしまう。この下りはイベントのアーカイブ配信時には丸ごとカットされた。

・実写版『進撃の巨人』事件
脚本を担当したが後編がクソだったのでファンからめちゃくちゃ叩かれた(未見)

要するに相手の気持ちとかあんま考えず独善的なのでヘイトを買う町山なのであった。とはいえ町山の独善はある程度相手の反論を見越してのもので(反論は押さえつけるのだが)、叩いて叩かれて、でジャレ合う男子校ノリというか、俺が叩いてるんだからお前も叩く権利があるだろうよ的なアメリカンな平等の精神に根ざすものなのだが、今のスマートな若い人はそもそも相手を(少なくとも正面からは)叩こうとは思わないので、同世代の論敵なんかはまた別の話だが、若い人からすれば単なる暴力的で厚かましいマチズモの権化な老害ジジィとしか映らないのだろうと思う。

やや余談ながら在日コリアン二世の町山(と町山を叩く韓国ファンを)を今がチャンスとばかりに人種差別棒で殴ろうとする野蛮なオルトライトも炎上参加者の中には散見されて、これに関してはいつも町山の悪口を言っている俺も100%町山を擁護せざるを得ない。

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論点4・秘宝編集部の対応と秘宝寄稿ライターのツイート

炎上後の秘宝編集部の対応は比較的素早かったが、ぶっちゃけそれがかなり裏目に出てむしろ炎上を拡大させた可能性はあるのではないかと思う。一言で言えば発行元はともかく編集部としては炎上対策をあまり考えていなかった。事件を起した本人が直接前に出てきてツイートで謝罪をするというのは誠実な対応ではあるが、それは一対一の対面でのことで、インターネットでそんなことをしても祭りが盛り上がるだけというのがなかなか切ない実情ではないだろうか。

どれというのはちょっと名指しできないのだが企業向けの炎上対策本などを読むと基本的には自然鎮火を待つことが推奨されている。まず問題投稿などがあれば速やかに削除し公式アカウントは一旦鍵を掛けて見られないようにする。それから事実関係を整理した上で第三者から今後の対応も含めて謝罪のステートメントを出す。その間もちろん事件関係者はSNSに投稿などはしない。数日経てば炎上は収まるので対炎上ステイホームを徐々に緩和して素知らぬ顔で日常に戻り、それでも執拗に絡んでくる人間などがいれば法的措置を検討する…と書くとなんだかとっても人情味がない上にリアル世界でやったら逆に非難されそうだが、リアルとネットでは謝罪の形も違うのである。

編集長が自身の関与を認めたことでネットが沸き立つと秘宝擁護者の被害者への攻撃を抑える&事態沈静化のために寄稿ライターの内何人かは何らかの形で事件に言及した。基本的には「あってはならないこと」とDMを非難し「被害者への攻撃はやめてください」と「岩田一人の責任」を述べるもので、まぁ独自ツイートというのも考えにくいので岩田編集長と他の要職が合議の上で決めた編集長も納得済みのステートメントなのだと思うが、これがバラバラに発信されたことでかえって「トカゲの尻尾切りか!」とか「保身に走ってる!」とか、余計に炎上を広げることになる。

中でも激烈な反応を示したのは秘宝とはそれなりに付き合いの長いゲーム&映画ライターのジャンクハンター吉田で、加熱するネット世論に苛立ちを隠せず「被害者女性は愉快犯なんじゃないか?」とか「俺もホモからDMを貰うけど晒さない」とか、無神経が超越した余計すぎるツイートを爆産して秘宝ライターてらさわホークからのガチ怒られがリプで発生する最悪の事態に発展してしまうが、善意からであれ悪意からであれ炎上に参加している人間からしたらこうしたイベントはてらさわホークの倫理的に正しいとしか言いようのない対応も含めて、炎上に参加し拡散する動機付けとして機能してしまうのである。

参加者が過熱すれば加熱するほどジャンクハンター吉田の方も対抗して加熱する負の連鎖に入ったわけだが、これなんか炎上を止めるための行動が逆に更なる炎上を招いて、結果的に被害者の方にも火の粉が飛ぶ悪しき炎上鎮火パターンの典型と言えるかもしれない。直感に反して沈黙は組織を守るだけではなく被害者も守るのである。

一般企業であれば社員に箝口令が敷けるが雑誌の場合はそのへん結構なセキュリティホールというか、ライターは基本的に編集部に属しているわけではないのでなかなかスムーズに対応の統一ができないのが難しいなぁと思わされるところで、これは秘宝がザルだったとも言えるが、中小出版社とか編集部にとっては比較的優先度の高い防災課題なのではないだろうか。

論点5・女性差別とフェミニズム

これは避けて通れない論点なので俺としてはもうあっさり映画秘宝は女嫌いの雑誌ですとどうせ廃刊も願ってるし言ってしまいたいところではあるが、女嫌いカルチャーは女嫌い大国にして女性の社会進出極貧途上国の日本ではどこにでもあるので、秘宝がここまで燃えたことはやはりそれだけではない推進力が働いたのではないかと思う。

具体的には米国リベラリズムであり、韓国フェミニズムであり、これらはいずれも思想というよりはアクティヴィズムだが、リベラル派は(右派も交えて)米国リベラリズムを体現する町山をいつもハラスメントを批判してるくせに身内のハラスメントは許すんか的な理屈で批判するし、韓国フェミニズムと親和性の高い韓国ファンはモノが韓国というのもあって秘宝の男性中心主義をその流儀に従って批判しないわけにはいかない。町山なんかマチズモの権化みたいな人なので余計にそうである。

アクティヴィズムは留保なしを貫かなければならない。それは自分の意見を堅守して何はともあれ行動せよという点でもそうだし、また何かあればすぐに応答責任が生じると考える点でもそうである。とくに韓国フェミニズム(と一概に語ることもできないだろうからそのへんは専門家の解説を読もう)はその点で徹底したものがあり、そのエッセンスは「絶対に譲るな」とか「絶対に我慢するな」とかそういうことになる…と門外漢の俺がざっくりイメージで書けば韓国フェミニストに親近感を抱く人はみんながブチ切れると思うが、まぁ別に悪い意味で言ってないから…それが炎上の拡大に寄与したところはあるよなっていうメカニズムの分析をしたいだけで…。

こうした強靱なフェミニズムは思弁的フェミニズムが絶対に超えられないパワーと伝播力を持っている。俺は女の人ではないので残念ながらわからないけれども、我慢しなくていいとか、譲らなくていいとか、そういう風に世界との接し方を変えて救われる女の人はやっぱ多いんじゃないかと思う。とすればこれは自己啓発に近いものなのかもしれない。自己啓発の源流を辿ればアメリカのキリスト教異端ニューソートに行き着くが、ニューソートは一言で言うならば人間の罪を強調するキリスト教主流派に対して人間に罪など一切ないと宣言し、人間のポテンシャルを信仰する自己全肯定の思想である。その最大宗派クリスチャン・サイエンスの創設者はエディー夫人という女性であった。

だいぶ話が脱線したが、行動を是とする強靱なフェミニズムはそれが組織化されていなかったり明確な規範意識を共有していない時にはSNS上の烏合の衆ともなりかねないわけで、それがアイデンティティ・ポリティクスとして正当化されるともうどこにも妥協点が見出せなくなってしまう。リアルでのアイデンティティ・ポリティクスは具体的な要求と具体的な行動と具体的な成果がセットで可視化されるが、インターネットではそうも行かず、結果的にただ行動と要求だけが答えのないまま火を蒔きながら宙を漂うことになるのである。

取り上げる角度はともかくとして秘宝はヒロイン・アクションをよく特集にしていたし、邦画のいわゆる「埋もれた女優」に光を当て続けてきたし、『ブレードランナー』についてのショーン・ヤングのインタビュー記事ではレイチェルとデッカードの暴力的なラブシーンはデッカードのレイプというショーン・ヤングの指摘する至極真っ当だが多くの人は『ブレラン』の名誉を汚したくないから知らん顔をする不都合な真実をちゃんとこんな風に太字にして掲載したもので、実績の面では必ずしも女性差別的であるとは言えない(明確にそう言える部分もある)のだが、炎上状況ではそうしたことを叩きに周る側が冷静に判断する余裕もない。秘宝炎上ではこうしたことが起こったのではないか、と俺としては思うのである。

論点6・インターネットの反射性

炎上状況で多発する様々な言論の対立は基本的に「相手も自分と同じ頭を持っている」という相手の顔が見えないがための心理的錯誤に起因すると言っていいのではないかと思う。対面での会話であれば相手がどんな種類の人間であっても少なくとも自分とは異なる思考を持ち知識を持ち知性や常識を持つ人間であることは誰にでも理解できる。相手の考えることは理解できないとしても、相手が自分ではない「他者」であることは理解できるのである。

不特定多数の見えない相手に発信するSNSではこうした対人関係における当たり前の前提が忘れられがちだが、それに加えて哲学教授も合衆国大統領もそこらの酒屋のオヤジもまったく平等に言葉が発信できてしまう超民主的システムが非招待型のSNSである。その問題点は身も蓋もなく、バカと天才が同じ場所で同じ話題について同じレベルで話せてしまい更にはバカの理屈も同調者が集まれば天才の正論をあっさり覆してしまうことにある。その際、バカは天才を自分と同じかそれ以下の脳みそしか持っていないと思っているし、天才はバカが自分と同じぐらいの脳みそは最低限持っているだろうと思っているので、同じ話をしていても話がまったく噛み合わないということになる。

話が噛み合わない人間は自然と話が噛み合う人間と話すようになるだろう。こうしてエコーチェンバーとかサイバーカスケードとか言うが、ネット世論は分断されてある事柄の共通の前提知識を持つことが難しくなる。今回の炎上でも実に多くの事実誤認が飛び交ったわけだが、これは秘宝炎上の論点としてはサブ的なものだとしても、炎上一般の発生原因のひとつとして押さえておきたいところだ。

※この相手の顔の見えないところが加害者との間に架橋不可能な溝を生む一方で被害者への過剰な同情・同一化を生んでいるように見えるというのは何も秘宝炎上に限った話ではなく、加害者と被害者の対決図式を取るネット炎上の場合は基本的にそうである。つまりアイコン化した加害者の方には「私」の恐怖心が際限なく投影され巨大な影となる一方、やはりこちらもアイコン化した被害者の方には同じ「私」の自己愛が際限なく投影されて、闇を祓う光そのものとなるのである。そしてどちらも自分の中から生じているので決して消えることがない。こうした善悪二元論に陥らないためにはパソコンやスマホのディスプレイの向こうにいるのは加害者であれ被害者であれ単なる傍観者であれ全てが「私」が絶対に真の意味では理解できない想像を超えた「他者」であると意識するのがいい…と口で言うのは簡単でも、これが結構難しいんだよなぁ。

論点7・SNSのハイパーリアル

率直に言って、炎上のきっかけになったそもそもの事件はかなりどうでもいい話である。被害に遭った人には大事かもしれないが個人の大事を社会に生きる全員が大事と感じる必要はないし、それはたとえば今月金がなくてマジどうしようと思っていても、それを知った隣の人がそりゃマジで大変だから俺が10万ぐらい借金して貸すよとは普通言ってくれないのと同じである。それが嘘だと思うなら70万ぐらい借金があって貯金はまったくできないから健康診断なんか十年ぐらい行ってないから健康状態が不安だと俺がこうやって書いているのを読んで、読者のあなたが自分事として俺を心配することが可能かと考えてみたらいいのである。そんなの不可能だし、っていうか別にこっちもそんなの求めてない。

ところがSNS炎上では往々にしてこうしたことが起こるのである。どうでもいい世間の小事件が世を揺るがす大事件になってしまう。SNSの奴はみんなアホなのかと言えば俺はそれは違うと思う。SNSでは取るに足らないことが超大事に「見える」のではなく、超大事として扱っているうちに現実に超大事に「成って」しまうのである。

炎上現象を研究した本といえば『ネット炎上の研究』が炎上参加者のプロファイルを浮き彫りにした点で炎上に関心がある人ならとりあえず読んでおくべき本だが、この本では具体的な炎上の形成過程にはあまり目が向けられておらず、その点では内容的には新書以下の情報量だし筑波大学ネットコミュニティ研究グループと共に執筆者に名を連ねている元「週刊プレイボーイ」編集者・小峯隆生が研究グループの長との巻末対談で「マクルーハンって読んだ方がいいんですか?」とかアホみてぇなことを言う『「炎上」と「拡散」の考現学』が意外にも炎上理解に必要な視座を提供してくれていた。

ここで小峯(というか実質的には小峯のペルソナを借りた研究グループなのだろうが)が着目するのは野次馬が集まってきて炎上が広がってくると降臨する「賢者」である。賢者の役割は炎上に物語を与えることで、そこからどう転ぶにせよ、それまで無秩序に燃えているだけだったネット民は賢者の物語を得たことで特定の方向に舵を切るのである。

『「炎上」と「拡散」の考現学』は10年くらい前の本なので研究対象とするのは掲示板炎上で、今のSNS炎上と同列には並べられないのだが、とはいってもある程度ツイッターで炎上がでかくなってくると必ずnoteとかでそれっぽいことを書く素人評論家が現われて、その断言記事が大量に拡散されつつその物語に多くの人が同調することで、人々がその炎上の「意味」を事後的に知る、という構図は変わらないのではないのではないかと思う。重要なのはこの「意味」を事後的に知るということで、それはあくまで事後的に与えられた物語でしかないのだが、物語に納得した人間はあたかも最初からそうした物語がその炎上にあったと思ってしまうのである。

どんな些細な事件や出来事に端を発する炎上であってもこうした経路を辿る中で取るに足らないものではなくなる。今回の場合はnoteにアップされた素人記事が「秘宝系コミュニティ」の問題を扱ったので、流れとしてはやはりそっち方向に向くわけで、元の事件が果たしてどんな事件であったかという一番重要な部分はこうなるともはや関係なく、これだけリツイートされるnote記事があるということは大事だろうという印象がなんとなくの野次馬ユーザーも含めて炎上に関わるユーザーの間で確信に変わり、と同時に「秘宝系コミュニティの有害さ」についての炎上としてヘイトが集約されていったのであった(と断定してしまってますが時系列は追えてないので暇な人は検証たのむ)

SNSはエコーチェンバーの空間であるとはよく言われるが、そればかり見ているとSNSの動的な性質を見逃してしまうようにも思え、俺としては粒子の衝突実験みたいな感じで別々の情報の塊(テキスト)が衝突してその情報の塊が包んでいた微小情報が四散してそれを中心としてまたいくつもの新しい情報の塊ができるとか、そういう運動の中で情報が加速し変質し増殖して拡散していく…というイメージで捉えた方が通りが良いんじゃないかと思う。

エコーチェンバーの中にいる人間は決してエコーチェンバーの中には留まってはいられないのである。そこで加速された情報は必ず外に飛び出して別の(時には真っ向から対立するような)情報と衝突するし、炎上状態ではそれが通常時よりも加速されて、好むと好まざるに関わらず気付けば辺り一面炎上情報でいっぱい…という中で、火元がどれほど取るに足らないものであっても現実問題として取るに足らないものではなくなっていくし、その一点に情報の塊として「評論家」の記事の一つでもアップされれば、とっちらかった炎上情報に混乱したユーザーはその信憑性なんぞ冷静に検証する間もなく飛びつきたくなるってなもんである。

炎上といえば叩く側や叩かれる側ばかりクローズアップされがちだが、炎上を情報の運動と捉えるなら、それを話題にするだけの野次馬や批評するだけの野次馬やもまた、どれほどニュートラルを発言を心掛けていたとしても、それがたとえファクトチェックのような情報の誤りを正すものであったとしても、炎上の拡大を促進する。これは陰謀論者が客観的なファクトを突きつけられるとむしろそれを陰謀論の根拠として、情報を再編しつつより強固な陰謀論を拡散しようとするのと同様の情報運動と言えるかもしれない。こうしたSNSのリアリティの在り方を頭の片隅に置いておくことは炎上と付き合っていく上で大事なことなのではないだろうか。なんで付き合う前提なのかという話だが。

論点8・岩田編集長は病気なのか病気を装っているだけなのか

知らん。そんなもん精神科医でも大抵厳密に区別できんわ。

論点9・被害者は本当に恫喝されたと感じたのか

本人が怖かったって言ってんならそら恫喝だろ。被害の深さに関しては第三者は知りようがない。

論点10・秘宝は廃刊すべきなのか

別に「べき」とは思わないですけどこのまま続けてもしょうがないんじゃないのっていうのは俺はずっと思ってますよ炎上前から。結局この炎上も自分たちが韓国ブーム牽引してるんだって自負のある若い韓国ファンと俺たちが日本で韓国映画流行らせたんだよっていう自負のある古い映画オタク編集長のジェネレーションギャップ(とジェンダーギャップ)が原因の一つですけど、まぁ韓国映画に限らず今は雑誌とかライターが新作情報を引っ張ってくる前にアマチュアの映画好きがネットでどんどん取ってきてどんどん拡散しちゃう時代じゃないですか。しかも好きでやってるから無償で情報流す。

こんなの雑誌が勝てるわけないんですよ。もう雑誌がブームを牽引することなんかできなくて、じゃあカタログ的なもので勝負だといってもこれもファンは自分でカタログ作ってネットに上げちゃう、しかも結構コアなやつ。あと残されてる雑誌の強みといえばインタビューとか評論とか調査取材とかでしょうけど、ぶっちゃけそういう硬いコンテンツで紙の売ってくの、厳しいでしょ、正直。そんなの俺より編集部だったりライターだったりの人の方がよほどわかってると思うんですけど、でも一度休刊になったところをすぐに復刊させたのは岩田編集長が「日本一売れてる映画雑誌のまま休刊」って言ってたのが象徴的だなぁって思うんですけど、まだ読み続けてる人がいるからっていう、なんかそういう話なんですよ。愛読者のために的な。

でもある種のカウンターカルチャーとして出発した雑誌…最初ムックですけど…っていうのがそんな理由で残ったらダメだよね。だって読者の居場所としての雑誌になっちゃったらカウンターできないもん。狭い部屋で同じことを何度も繰り返すだけになっちゃうもん。それやっぱ違いますよ。今の人たちが秘宝に抱く忌避感ってそういうところに根があるんじゃないですか。なにより、ダサいし。

だからですね、秘宝なんか廃刊になったらいいんですよ。必要なら老人ホームみたいな感じで秘宝愛読者を引き受けるもっとコンパクトな雑誌なりサイトなりを作ったりすりゃいいんじゃないですか。で、カウンターカルチャーとしての秘宝を蘇らせたかったらそれこそフェミニズムとかは今のカウンターカルチャーなんだからそういうのやってる若い人に任せたらいいんですよ。カッコイイでしょうそっちの方が。『グラン・トリノ』みたいで。

※以下2021/3/4 追記:

元の記事を書いた2021/1/30の時点では既に岩田本人の公開ツイッター謝罪文の他に秘宝古老の町山智浩と柳下毅一郎が名を連ねたオフィス秘宝名義での謝罪文(下のもの)と双葉社名義の謝罪文も出ており、明らかにツイッターでの言及数は減っていたので「このへんで鎮火かな」と思ってたんですが約一ヶ月後に事態急変、なんか炎上が拡散して泥沼化してきたのでまだ多少追記しておきたいと思う。

『映画秘宝』についてのお詫び

雑誌『映画秘宝』は発行元である弊社と編集作業を行う合同会社オフィス秘宝との協力のもと発行させていただいております。制作・運営においては、双方で情報を共有し、適切な対応を心がけてきたにも拘らず、このたび『映画秘宝』の編集長が、雑誌の公式ツイッターアカウントから個人に対し、悪質なDM(ダイレクトメッセージ)を送付してしまいました。また当該事案についての個人情報を含めた情報共有の過程においても、その取扱いについて弊社としても慎重さを欠いた対応となってしまいました。
弊社は発行元として、今回の事案が発生したことを大変重く受け止め、当該個人の方に多大なるご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。
今後は、『映画秘宝』公式ツイッターアカウントでの私信を禁じるのは当然として、私信にあたらないDMについても、送信前に複数人がチェックする等SNSの運用・管理を厳格に行い、個人情報の取り扱い方、情報共有のあり方についても最大の注意を払い、再発防止に向け全力で取り組んでいく所存です。
なお、本件についての責任は弊社及び合同会社オフィス秘宝にあり、当該個人の方に対してのネット上等の誹謗中傷の行為については厳に慎んでいただきますよう心よりお願い申し上げます。
https://www.futabasha.co.jp/sp_index.html

その後の展開

被害者の人が事件後に情報発信用として作ったアカウントは2/2の岩田辞任&退社報道を受けて驚く2/3のツイート(聞かされてなかったらしい)で一旦活動が途切れる。その後、2/23に公開質問状を携えて活動再開。どうやらその間に映画秘宝の発行元である双葉社、編集部の置かれた合同会社オフィス秘宝と弁護士を通した非公開の話し合いが行われていたらしいが合意には至らず、話し合いに際して送付した質問状を公開する運びになったらしい。

少し紛らわしいのだが(それで俺は勘違いしていた。これもすいません)この質問状の公開回答を被害者は求めているわけではなく「謝罪に関しては」合意書に盛り込まず公開でのやりとり、というのが希望らしく、その後立て続けにツイッターで公開された以下の秘宝編集部や関係者のツイートは基本的にその文脈から投稿されたものと理解する必要がある。連続でどうぞ。

文中にある1/26日の謝罪文とは編集部名義での謝罪文のこと。これが名義こそ編集部だが実態は古参メンバー主導で半ば強引に作成・掲載された謝罪文であったこと、オフィス秘宝社員で映画秘宝前編集長・田野辺が被害者の意向で代理人を通じた非公開の話し合いにと編集部員に虚偽の説明をしていたこと、実務を押しつけられた編集部員の奈良さんが自分の意志に反して謝罪文の投稿をさせられたことなどが判明し、秘宝炎上はにわかに内部告発炎上の様相を呈してくる。

こうした形でまずオフィス秘宝から仕事を請け負っていたフリーランスの編集部員(フリーだったんだって思った)が声を上げると古参の方からもそれについての公開釈明・謝罪文が出てくる。

映画秘宝4月号誌上で秘宝からの離脱を表明していた高橋ヨシキに加えて柳下毅一郎も秘宝での連載終了を表明して、なんだかごちゃついてどこに着地するんだかわからんまま現在に至る。まぁでもあれですね、二人の最古参の離脱でショックを受ける悲報いや違った秘宝読者もいるみたいですが、創始者の町山は年二ぐらいで顔を出すとはいえもうとっくに本誌から離れてるので、そう考えれば逆に今まで残ってた方が不自然だったんじゃないかとか、町山なんかは秘宝から離れたことで自称アメリカ通のジャーナリストの地位を確立したので、二人もそろそろ秘宝から離れて自分のフィールドオンリーでやる時だったんじゃないかみたいなイイ話感に着地しようとしてしまいいやそんなイイ話じゃないだろと慌てて現実に戻る。炎上にイイ炎上などあるか!

追加論点1・秘宝編集部の体質

これはですねー、えー、ぼく完全に外部の人間ですし当たり前ですけれども取材とかしてるわけでもないのでわかんないんですけど、少なくとも秘宝はホモソーシャルだからこんな問題が起こったみたいな単純な話ではないんじゃないかって思うんすよね。たとえば1/26の謝罪文の問題というのも要はとにかく早く謝罪の姿勢を見せて鎮火したかったんじゃないかと思うんですが、そこに働いていた力学ってホモソーシャル的な文化に基づく(被害者や奈良さんに対する)ミソジニーとか存在の軽視っていうより、秘宝の組織形態に基づくものなんじゃないかと思っていて。

まず映画秘宝というのは発行元が双葉社なんですが、本の編集は双葉社じゃなくて合同会社オフィス秘宝がやってます。双葉社から出させてもらってる形。で、そうなった経緯というのが、2019年末で当時洋泉社が版元だった映画秘宝は洋泉社の吸収合併に伴って休刊になってるんですが、日本一売れてる(と岩田編集長が豪語していた)映画雑誌がなんで休刊やねんということで、なんとか復刊させるために岩田が代表として合同会社オフィス秘宝を設立するわけです。出資金出して秘宝の商標取って後は出させてくれる版元だけ見つかれば、というところで双葉社が手を差し伸べる。

こうして休刊からわずか三ヶ月で早くも復刊となったわけですが合同会社なので出資者が社員なわけです。オフィス秘宝の社員数は公表されていないんですが、まぁ秘宝の顔とも言える編集部員ギンティ小林がフリーランスっていうぐらいなので規模的にはおそらく相当小さく、そうなるとやっぱそこに裁量権が集中しますし「それどうなの」って思ってもやっぱ非社員はめちゃくちゃ言いにくいですよねぇ。とくに岩田なんか復刊のためにあれこれやってきたわけですし。

でこんだけ短期間で会社興して復刊させてるわけですから岩田の方も(あと町山とか柳下も)映画秘宝ブランドをとにかく続けるっていうことを映画秘宝で読者ともども楽しむことよりも優先してしまったんじゃないかというところがあって、そうやって目的と手段が入れ替わったことで精神的にいっぱいいっぱいになっていたんじゃないかとか、それからこれが重要だと思うんですけど版元の双葉社に迷惑がかかったらせっかく復刊した秘宝がまた休刊になるかもしれないという恐怖がかなり強くあったと思うんですよね。双葉社とオフィス秘宝の具体的な契約内容とかは第三者は知る由もないですけど、なんかそういう損害に関する条項も何かしらは盛り込まれてるだろと一般論として思いますし。

だから岩田ほかの秘宝古参は炎上にとにかく焦りまくって被害者を蔑ろにしたままさっさと謝罪を出そうとしたんだと思うんですが、まぁ完全に裏目ですよね。岩田の自主退職とかもおそらく少人数の合同会社の形態を取っている以上は社内の進退もクソもないわけで、秘宝を続けるために責任を取るには(そして社内の風通しを良くするには)会社から手を引くしかない。でも岩田が謝罪文作成に当たって被害者とDMでやりとりしてた内容を見ると被害者は退職は望んでいないと明確に言ってるんで、察するにこのへんで被害者の秘宝への不信はかなり高まった。

整理すると、
・合同会社であることにより岩田(と田野辺)に裁量権が集中していた
・短期間での復刊でリスク管理も含めた社内体制が整っていなかった(上に書いてないけど)
・版元の双葉社とのシビアな上下関係があった
・秘宝の継続を優先するあまり秘宝の精神とやらを忘れていた
こういうところから種々の問題が出てきたんじゃないかと思うわけです。まぁだから、無理に復刊させたのが悪かったんだよ。

追加論点2・双葉社の対応

岩田DMを受け取った恐怖も覚めやらぬ中で被害者は双葉社に電話をかけたというのは上の「そもそもの経緯」の項に書きましたけど、どうも今に至るまでを観察していると秘宝はもとより双葉社の対応にも相当に問題があるように見える。身も蓋もなく言ってしまうが被害者からの抗議の電話を受けた担当者がその時点でちゃんと話を上に繋げて双葉社として調査・対応に乗り出していればここまで炎上がこじれなかった可能性がある。実際、被害者のツイッターアカウントを見ると双葉社があくまで弁護士を通じての解決に終始して表には出てこないことに不満を表明するようなツイートがいくつか見受けられ、質問状の公開も半分は謝罪文を自社サイトに載せたっきり(表立っては)音沙汰なしの双葉社に宛てられている。

ややこしいのは双葉社が火種を嫌って沈黙を貫くのは善悪はともかくネット炎上対応としてはベターだが、立場上オフィス秘宝もあまり双葉社には触れて欲しくない(フシがある)ので自分たちが全部悪いんですとしか言えない。穿った見方をすればかなり苦しい感じの秘宝編集部の謝罪の数々というのもこれ以上炎上が広がって双葉社に契約を切られる前になんとか被害者に矛を収めてもらいたいという意思の表われなのかもしれないが、しかしそのことで露呈するのはむしろ双葉社の対応の冷たさであって、まぁ一般企業ぶっちゃけこんなもんだろうとしても、やっぱ被害者としては疎外されたように感じるんじゃないだろうか。

そしてその一方、秘宝だけがひたすら平身低頭謝罪するものだから双葉社の責任など一顧だにされることなく、燃やせるものは燃やしとけ精神のネット民はそこに火を投げまくるわけです。まぁでも秘宝はそれを望んでるんだろうけど。

追加論点3・リアリティショーとしての炎上

既に書いたようにもとより様々な火種を抱えた秘宝炎上は一連の謝罪文投下で更なる火種を抱えいやもう雑誌の継続無理だろとしか思えないのだが、それはともかく、こうした多彩かつ刺激的な火種の連続投下で秘宝炎上はすっかりネットのリアリティショーと化してしまった。正義感から秘宝に火を投げまくる人も被害者に火を投げまくる人もまぁいるだろうが(ただしあくまで俺の主観的観測では前者の方が比べるまでもなく圧倒的に多い。これは主観に過ぎないが期間的にも規模的にも広範な炎上になってしまったので定量調査は不可能で、あるいはその反対に被害者は叩かれまくっているんだと主張する場合にもその人の主観でしかあり得ないだろう)、正義感から火を投げていればリアリティショーの観客ではないとは言えない。事実、正義感から火を投げた大量の観客たちの存在が一因となったらしい(しかし確定的なことはわからない)リアリティショー出演者の自殺がごく最近あったことを我々は記憶しているし、していて欲しい。

秘宝=悪VS被害者=善の単純化された構図は端的に言ってリアリティショーそのものであり、それ以上の意味は無きに等しい。理屈は単純であり、謝罪しているということはそっちが悪い奴なのである。悪い奴には火を投げていいのである。反対に良い奴は絶対に良い奴である。良い奴がやることはすべて正しいことなので応援すべきである。そのメカニズムは「論点6・インターネットの反射性」で俺なりに考えてみたから繰り返さないが、善VS悪ではなく被害者VS加害者のリアルな構図に話を戻さないと事件が本質的に解決することはないのではないかと思うし、そこにはただ解決すべき事件があるだけで、被害者=善でも加害者=悪でもないのである。

現在ツイッターで情報を発信している被害者のアカウントは炎上を受けて情報発信用に作られた一種のペルソナであり、現在は鍵付きになっている本来のアカウントとはまったく異なるキャラクターを持っている。事件当初の元アカから被害者のツイートを眺めていた俺としては(気持ち悪いとか言うんじゃない。炎上観察が趣味なのだ。まぁそんな趣味は気持ち悪いが…)ぶっちゃけそこに不安要素しか感じない。なぜなら岩田DMに憤りを感じた(今や岩田DMだけではないだろう)善意の人々の励ましの言葉や行動への賛辞の言葉に包まれる中で被害者自身が自分をある種の苦しむ人たちの希望の象徴として再定義し、そうして「観客」が望む善VS悪の象徴劇を演じる内に落としどころを見失って身動きが取れなくなってしまっているように見えるからである。

なにも逐一ツイートを見ていたわけではないからその過程を俺は断片的にしか知らないが、岩田DMを受けてヘルプのツイートを出した被害者がたくさんの人から励ましのリプライを受けながら自分の抱くモヤモヤを言語化していったり秘宝に関する知識を吸収していったり(だってこの人は読んだことないって言ってるのである)して世界観を確立していったのは確かに思えるし(とはいえ人の変化など「主観」でしかないのだが)、それは情報発信用アカウントで自作の絵を付けて事件を「主観的に」ストーリー化していることからも窺える。

おそらくこれは美談と呼ばれるたぐいの変化である。つまり、予想外のところから突然の理不尽な攻撃を食らった弱くて傷ついた一人の女性が事件を通してそこそこの規模の企業やその筋の権威にたった一人で真っ向から立ち向かう強さを得、その行動によって傷を癒やしながら同じような悩みを抱える多くの人を勇気づける英雄へと生まれ変わった、という美談である(皮肉にもめちゃくちゃ秘宝読者の好きそうなハリウッド映画的美談である

それが被害者の望む変化なら外野が口を出すことではないのかもしれない。ただ現実的に考えてそんな理想的なペルソナを維持することは誰だってすげぇ超マジ難しい無理。そう言える理由を具体的に列挙するよりも、なぜ人々はヒーロー映画をあんなに見たがるのかとか、テレビの中のアイドルに熱狂するのかとか、そういうことを考えてもらったらいいのではないかと思う。現実には不可能だからである。だから人は決して叶わない自分の理想像を映画の中のヒーローやテレビの中のアイドルに投影する。あるいはツイッターの中の話題の人に、である。

何気ない小さな悪口も万単位で集まれば人を殺す凶器になるように、小さな善意も山のように集まればもはやそれは善意ではない。善意の名を借りた「このように在らねばならない」という巨大なプレッシャーである。大きな炎上はそんな風にして人を変える。そして炎上が過ぎれば大抵の場合、移り気なネット大衆はさっきまでの味方面などすっかり忘れて違う者の応援や叩きに熱中する。彼ら彼女らにとってそれは善と悪の戦いの行方を見守り、ときには自分も参加して展開を変えようとする視聴者参加型のリアリテショーでしかない。

俺が言えたことではないが俺には「善意の」炎上参加者が被害者のためになることをしているとはまったく思えない。むしろ逆であるように思える。それが意識されないネットは怖いところだな、と改めて思う。いやそんな定型句的な結論でいいのかよとは思うが現在進行形の話なので今はそれしか言えないので…。

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重箱つつき虫
重箱つつき虫
2021年1月30日 9:12 AM

いや~これは勉強になりますね! まあ、難しくて途中からよくわからなくなりましたが・・・あと、超細かい指摘で恐縮ですが「宏」ではなく「浩」ではないかと。でも、変換で出ないですよね「浩」って。不思議。

Yasu
Yasu
2021年2月1日 9:28 AM

「今の韓国ファンは韓国のスマートさに惹かれているように見えるが、オッサン連中は逆に韓国の泥臭さに惹かれるのである」
この辺の話は現代ビジネスの飯塚みちかという方の記事でも言及されてた気はしますね
ただ映画でもパラサイトは自分は泥臭さと絵面の両方に魅力を感じた作品なので、そういう批評ができる環境として映画秘宝が必ずしも必要かと言えば今の時代なら他でもできるのではと思ってしまう部分はあるのかなと

ななし
ななし
2021年3月4日 8:23 AM

例えなんですけど
当事者A・B間で車の事故があった。
Aは全面的に自らに非があることを認めている。
そこで双方が代理人a・bを立てて賠償と和解に向けての話し合いをすることにした。
Bは代理人bから伝えられた内容に満足しなかったので
bを通さずAに直接連絡した。

こういことなんじゃないかと私は解釈してるんですけど
問題を円満に解決していくプロセスにはやはりルール必須なんで
それを難しくしているのはBだと思うんですよ