なんか事故ってないか映画『ホムンクルス』感想文

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《推定睡眠時間:0分》

2021/4/13 追記:以下、俺の左目に見えた事故った疑惑が長々と書いてありますが、4/22からネッフリで普通に全世界配信されるらしいのでこれは妄想です。妄想としてお読みください。

あのこれあくまで俺の憶測なんですけど結論から言うと『ホムンクルス』事故った映画だと…いや映画っていうか映像作品っていうか、それはまぁ後述するとして…なんかそういうやつだと思ってて、えーとですね、これNetflixで配信しますよーって去年ぐらいに報じられてるじゃないですか、ネットで映画ニュースとか検索すると。劇場公開した後にNetflixで配信っていう流れ。だから制作は日本のエイベックスですけどアソシエーション的なクレジットでNetflixもエンドロールに乗ってます。

で、俺Netflix入ってるんですけど先に映画館でやるなら観ちゃいたいのでネットで席予約しようと思ったんですよ。そしたらこれどこの劇場も割引とか一切使えない1900円の一律料金で「ん?」ってなったんですよね。でもまぁそういうもんかとも思った。最近はディズニーマイナスとか揶揄されたりされなかったりするディズニープラスで劇場公開と同時に映画を配信して、でその分映画館料金よりも高い価格設定とかにして映画館との差別化を図ったりしてるんで、その逆バージョンっていうか、Netflixで本来配信される日よりも早く映画館の大スクリーンで観られるんだから1900円固定でもいいよね? みたいな、そういう理屈も一理あるかと思ったわけです。

1900円払って映画館入る。席座る。映画始まる。そこでですよ二回目の「ん?」が来たのは…。あのね、オープニングクレジットってあるじゃないですか。主要スタッフとかキャストだけ出てきてその後にタイトルがでーんと出てきたりするやつ。それがなんていうか全然映画っぽくない。頭蓋穿孔手術の穴をモチーフにした本編とは直接関係しないイメージショットが羅列されて、そこにクレジットが載ってくんですが、BGMがタイアップの歌ものなんですよね。

これ文字にして伝わるかなぁ…まぁ俺の文章力の問題ではあるんですけど、映画でこういうタイトルクレジットってあんまないですよね? こういう手法ってすごいドラマっぽいって気がしません? 俺の頭に浮かんだのはNetflixドラマの『全裸監督』だったんですよ。それはちょっと比べられる人は比べてみて欲しいんですけど、基本的には、映画のタイトルクレジットって本編とクレジット画面を明確に分けない。本編を展開しながらクレジットを画面に載せていくとかってよくありますよね。

もちろん本編とは別にイメージショットだけのオープニング・シークエンスを作ってそこに人気歌手とかが歌う既成曲を載せるっていうこの映画と同じ手法を取る映画もありますけど、あくまで俺の主観的観測でいえば80年代アメリカのジャンル映画にそういうのが多くて、最近はほとんど見た覚えがない。イメージショットにクレジットを載せるにしてもオリジナル・スコアを合わせるのがベターな形で、タイアップの主題歌はエンドロールに回すっていうのが一般的だと思うんですよね。

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と、二度の「ん?」をとりあえずスルーしてまぁまぁこういうこともあるだろうと本編を見始めるとあったんだよなぁ三度目の「ん?」が。要するに、ちょっと色々足りなすぎる。あんまり具体的に言うとネタバレになるんで一応詳細は伏せますけどいやこれは明らかにおかしいんですよ、シーンとシーンがうまく繋がってないし、序盤で伏線的に提示されたものが満足に回収されない、回収するにしてもその理路がないというか…抜けている。だからなんでそうなったのかよくわからない。

これこれの「ん?」を頭にため込んだまま映画館を出ていつ配信するんだろと思って検索するとこれがまったく情報が出てこない。普通に考えておかしくないすかね。だってNetflixは自社配信の映画は当然多くの人に見てもらいたいわけでしょ? そしたら劇場公開に合わせてせめて何らかのステートメントは出してくるんじゃないだろうか…かくして映画探検隊はネットのジャングルに足を踏み入れた。結果、収穫がないという収穫が得られた。ないのである。世界最大の映画データベースを謳うIMDbにこの映画の情報がない。

これがなぜ収穫かというとIMDbにはですねとにかくなんでもあるので自主映画とかになるとさすがにカバーしきれていないが劇場公開された作品は当然としてVシネとかアニメとか日本国内放送オンリーと思われるテレビドラマまでちゃんと載ってるんですよ。どれぐらいカバーしているかというとモト冬樹が『ごくせん』の何話目に出演したかとかそこまでカバーしてるんですよ。知らないでしょ英語圏の人絶対、モト冬樹とか。でもそれすらちゃんとフィルモグラフィー押さえてるんですIMDbは!

その天下のIMDbにですよ? 海外でも知名度の高い清水崇の新作ホラーの、しかもNetflixでの配信が決まっていると報道されている映画の、情報が一切ないって…ないでしょ? しかも清水崇のフィルモグラフィーのページを見るとまだプリプロ段階で撮影にも入ってない新規プロジェクトの情報まで載ってるんですよ。そこまで載ってるのに『ホムンクルス』だけ痕跡ゼロなの。

これどう考えても事故ってるよね? つまり俺のあくまで妄想的な見立てはこうです。当初Netflix配信前提でおそらく全六話ぐらいのミニシリーズとして制作が始まった(章立てのシナリオ構成はその名残り)。でそれはちゃんと撮れたんですが、なんらかの事情で配信契約が一旦白紙になったんです。かなりの金をかけて撮った作品を死蔵させるわけにはいかないからとりあえず劇場公開用に無理矢理再編集して、でたぶん製作配給のエイベックスは今Netflix以外のプラットフォーマーも含めて交渉してて、そのための実績作り的な意味で1900円の均一価格になってるとか…これあくまで俺の妄想ですよ? 俺の左目が見せた妄想ですけど、ただ何にせよ事故があったのは間違いないと思うんですよねぇ。

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ちなみにその事故原因の一つとして俺がなんとなくこれじゃないかなぁと考えてるのは女子高生デートクラブに入り浸ってる援交系女子高生・石井杏奈のエピソードで、まぁこれもあんま具体的に言うとネタバレになるからアレなのだが、山本英夫原作らしいモラルへの挑戦でレイプを肯定しているように見えるわけです。レイプされて女救われましたねよかったねみたいな感じで。しかもその相手が女子高生なので…これぶっちゃけ厳しいでしょ、Netflixで英語圏に配信するには。もう炎上の未来しか想像できないもん。

一応補足しておきますけどこれは単純にレイプいいねっていうエピソードではないわけで、終盤になって主人公・綾野剛の女子高生レイプが、綾野剛はその特殊能力によって女子高生が心の中では襲われるのを望んでいるんだと思って犯すわけですけれども、実はそれは綾野剛が相手がそう望んでいるのだと思い込んで自分の欲望を妄想的に正当化していただけなんじゃないかという現実感の揺らぐ展開になっていくわけです(ここらへん同じ山本英夫の『殺し屋1』にも似たような場面がある)

で更に言えば頭蓋穿孔手術による特殊能力(相手のトラウマが可視化される)の獲得っていうアイディアを通して何が表現されているかというとこれはSM的な被虐・加虐・自虐を通して心の囚われを解放したり、相互理解に至ったり、現実と非現実の区別がつかず自他の区別もないような人間が、その妄想を共有することで現実には不可能な「癒やし」を得、また他者に与えるというある種の現代思想的な反社会的思考・強烈な文明批評が表現されているわけです(俺の主観によれば)

だから頭蓋穿孔手術は古代から連綿と続いていたという台詞が語られるし、トラウマの転移が描かれたりするし、ヤクザの親分が自分を癒やすために小指を詰めるというシーンもあって、今見えている現実は本当に現実なのかという問いかけがあったりする…まぁJKデートクラブとかも含めて90年代からゼロ年代初頭の話っぽいな~っていう感じですね要するに。この空虚な世界で生きる意味とはみたいなところも。

ただそれを二時間に詰め込むのはだいぶ無理あったな。仮に元がドラマシリーズだとすれば尚更で、俺みたいな天才はともかくとしてこれじゃあ観客にテーマは伝わらないし、そもそも場面場面の繋がりが不自然なのでそれ以前の問題。ドラマシリーズを圧縮した(のだとすれば!)都合上エピソードの数珠つなぎみたいな感じになっていて起承転結はぶっちゃけ破綻してますしね。いや~これは事故ったよ。

もっとも、じゃあ圧縮なしの全六話ぐらいのシリーズでやっていたらどうだったかというと、これは想像するしかないわけですが実はそれでもちょっとどうかなぁっていう出来になっていたんじゃないかと思った。これ脚本に内藤瑛亮っていう若手ホラー監督が入ってるんですけどこの人って今風の言葉で言うところのミソジニー的な要素を取り入れた作風なわけです。

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それは注目を集めた卒業制作の『牛乳王子』から一貫していて、中学生男子グループが女性教師を流産させる目的で給食に異物を混入した事件を基にしたスキャンダラスな実録映画『先生を流産させる会』も犯人グループを男子生徒から女子生徒に変更していたし、田舎の中学生の殺し合いを描いた『ミスミソウ』でも(原作ものとはいえ)女子の苛烈なイジメに男子が仕方なく加担していくという構造を取っていて、ここではまたイジメを止められなかった女性教師の責任を追及しつつ男性教師の責任にはまったくといっていいほど触れられなかったりする(未見なのでなんとも言えないが『許された子供たち』の加害者の母親がどのように描かれているかはこうした女性表象を念頭に置けば単純に物語上の要請とも言えないかもしれない)

そういう内藤瑛亮のカラーが『ホムンクルス』では山本英夫の凶暴な原作を得てよく出ていて、まぁねぇ、それローカルにやる分には問題ないと思うんですがやっぱ今の時代にグローバルには…というのはさすがにあるんじゃないだろうか。と思うし、個人的な感覚で言えばこの題材でなんとなくイイ話的なところに着地してしまうのは、ない。

思うのは三池崇史が監督して佐藤佐吉が脚本を書いた山本原作の『殺し屋1』はやっぱ巧かったんですよ、キワドイ題材をどう映画で扱うかという点で。『殺し屋1』ってヤクザの話だからマチズモとミソジニーとバイオレンスの嵐じゃないですか。で『ホムンクルス』にも受け継がれる肉体の侵犯、自己破壊や暴力の行使を通じた人間性の解放っていうヤバめのテーマもあるじゃないですか。だけど三池の演出はそれを極端に過激に表現することで一回転してバカにしてるんですよね。なんか塚本晋也が突然CGマッチョになったりして。

でバカにしながらそういうものに彩られたオトコノコの社会がいかに過酷かっていうのと、そんなところさっさと逃げ出してしまいたいよっていうヤクザな連中の切実な心情をちゃんと描いてるんです。殺し合いの不毛さというか…究極のサドと究極のマドのバトルっていうのが物語の主軸ですけど、そこにロマンはまったくなくて、究極バトルなんてオトコノコの幻想でしかないし、肉体の破壊を通した精神の解放という『ファイトクラブ』的コンセプトもしょせんはオトコノコの虚勢が妄想の形を取っただけに過ぎないっていう批評性がある(このメタ視線は映画完成後に完成した原作でも取り入れられた)

モラル的に難しい題材を三池みたいに逆説的にモラリスティックに描くのは一つの手だし、あえてモラルに反する方向に徹するというのもそれはそれで芸術としてありだと思うんですけど、ただそこに熟慮は欲しいって俺は思うわけですよ。俺の左目にはこの映画版『ホムンクルス』は山本英夫の原作を可能な限りそのまま実写に移し替えることに精一杯で題材とか『殺し屋1』みたいにテーマに対する掘り下げはあまりされていなかったように見えたし、そこが手薄だから清水崇の得意とする怪奇特撮的な映像の数々もぶっちゃけ怖くもなければ大して面白くもない。いやだって、ヤクザの親分がオモチャのロボットになって襲いかかってくるのよ? そんなのドラマの掘り下げがないと真剣には見られないでしょ…。

こういう90年代的な問題圏であるとか空気感を持ったオトコノコ的な映画を見るたびに俺は思うんですけど、たとえば石井隆とか北野武とか三池崇史とか、黒沢清とか豊田利晃っていう90年代オトコノコ・バイオレンスの映画監督って決してそれを称揚してはいなかったんですよ。むしろバイオレンスに対する嫌気とかオトコノコであることの疲れとかが基調になっていて、そうしたものへの向き合い方は監督ごとにみんな違いますけど、少なくともそこには批評的な視座がちゃんとあったんです。それを熟慮・熟考と言い換えてもいいと俺は思うんですけど。

だけどこういう監督たちの映画に多大な影響を受けたとおぼしき今のオトコノコ系の若手監督とか中堅監督って作品に批評的な視座がないんですよ。それは内藤瑛亮だけじゃなくて吉田恵輔とか武正晴とかもそうだし、松江哲明とか山下敦弘にもそういうところはあって、最近の注目株の内山拓也とか鳴瀬聖人なんかもやっぱりそう感じたし、その手のオトコノコ系映画監督の極北みたいな『孤高の遠吠』の小林勇貴は逆にかなり批評的に映画を作っているのがなんだか可笑しいんですが(たぶんそれはこの人にとって暴力やオトコノコ性が熟慮せざるを得ない切実な問題だからではないかと思う)、90年代的なオトコノコ世界とかそのサブ属性の露悪趣味=くそリアリズムを作品に持ち込むこうとする人ってそこから先がないっていうか、あえてその手法や描写を描くことで作品として何を語るか、そこにどんな含意を込めるかということよりも、それを描くこと自体が目的になっているようなところがあるように見えるんですあくまで俺の妄想渦巻く左目には!

まぁなんかだから、そういう映画だったなー。えー、面白いか面白くないかで言えば…まぁ別につまらなくはないんじゃない? ただ異形人間の数は思ったより控えめなので怪奇映画としてはそんな面白くはなかったです。どちらかと言えば異常心理ドラマって感じかなぁ。それもなんか中途半端なんだけどね。もっとエグくやればいいのにとも思うし…。

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俺だっていつまでも『殺し屋1』ばかり推したくないんだからもうちょっと頑張ってよ

6 Comments
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暗黒面に堕ちそう
2021年4月5日 3:09 AM

三池監督の「殺し屋1」は大好きな映画です笑
原作は大傑作ですが、90年代からの三池要素がそれに違和感無く溶け込んでいますよね
もっと面白い三池作品なら他にもありますが、ある種の到達点というかこれ以上のシロモノも出てこないだろうなぁと
有名な話なのかもですが、映倫では「殺し屋1の描写を越えていたなら劇場公開はアウト」というひとつの判断規準になってるらしいですよ(すごい前に三池監督のトークイベントで本人が言ってた)
それなのに感動作にもなっているんだから本当凄い
たけしや石井隆サンの作品の、男として暴力を振るうことへの嫌悪感とか厭世的な世界の描き方って確かに判ります
殺し屋1にもそれがあったのだなぁと、初めて観てからかなり経ちますが改めて思いました
あんな下劣で露悪的な映画なのに感動するのはそんなわけだったんでしょうね~笑
ながながと長文失礼しました
清水のホムンクルスも観てみたいです笑

hishi
2021年4月5日 6:06 PM

https://twitter.com/NetflixJP/status/1337328772018745345

ネットフリックス・ジャパンの公式twitterでは一応、配信予定にはなってますね。
ネットフリックスは以前、園子温で映画版『愛なき森で叫べ』(151分)と映像を追加したTVシリーズ版『愛なき森で叫べDEEPCUT』(全7話)をやってるので『ホムンクルス』も同じ方式でやってるのかも。

腑に落ちない
2021年4月24日 6:29 PM

Netflixで観賞し、あまりにもちぐはぐなストーリーに???となるばかりで、解説を求めてこちらに辿り着きました。
配信でもドラマ的に再構成されることもなく、2時間弱に4人分のトラウマと救済を詰め込み、それぞれなんの関係性もなくただ「新キャラ登場、トラウマ披露、主人公で救済、解決」と4回分順番に見せられたなぁという感じでした。
それぞれのトラウマの見せ方もとても古臭く、90年代〜ゼロ年代初頭と書かれていた所で大変しっくりきました。
とにかく登場人物たちへの興味や関心が薄くステレオタイプに描かれすぎて、こんな可哀想な幼少期のトラウマがあったんですよ、これで感情移入できるでしょ、と終始舐められてる感がしていました笑