朗読百年映画『ハイゼ家 百年』感想文

《推定睡眠時間:90分》

ドイツ人監督トーマス・ハイゼの家族史100年を遺品とか手紙とか使ってほぼオール監督ナレーションで解きほぐしていく218分にも及ぶ大作個人ドキュメンタリーであったが途中休憩に入るまでの推定100分はおそらく10分程度を除いて爆睡しているので100年というが俺が見たのは後半の50年ぐらいだけだった。大文字の歴史に埋没した私的な記憶をこんなにたくさんがんばって掘り起こすという尊い作業も観る側は一瞬で通り過ぎて忘れてしまうのだから残酷だ。忘れるというかこの場合は寝てるから一度脳に入ってきてさえいないのだが。

なんだろうなこの眠さは、やっぱ語り聞かせるような安心ナレーションが脳のキッズ部分を刺激して睡魔を呼ぶんですかね。手紙やら日記やらをそのまま読んで数珠つなぎにしてくんですけど私的なドキュメントなので説明は最小限かもしくはそれすらなく○○さんがああしたとか××さんがそういうのが続いて(誰?)の連続。それはお前が寝ていたからだろう、と言われるかもしれないがきっちり起きていて映画の方も手紙音読の比重が減ってた後半部も人間関係が全然わからなかったので起きていてもたぶんあんま変わらなかった。

こう、身も蓋もないのだが、知らない人の祖父母の手紙とか延々読まれてもぶっちゃけそんなの知らんよとしか言いようがない。眠くもなる。しかも映像は手紙等々に関連すると思われる無人の廃墟や原野とかのモノクロームのイメージショット的フィックス画面。こうなると確信犯的に睡眠導入を狙っているのではないかと思うほどだが100年のうちの前50年はたぶんドイツの人も忘れているか忘れたがっていることが多い時代だと思うので寝ながら観るというのは間違いつつもある意味では正しい映画の受け止め方なのかもしれない。ぼくドイツ人じゃないですけどね。

後半の50年は前半とは打って変わって…なのかはまぁ寝ているから比べられないのだが起きて観ていた断片の印象からすると後半100分の50年(ぐらい)は前半よりももっと生々しくもっと感情的であったような気がする。最後には現代ドイツの風景を点描しながら監督が心情を吐露。この人は東ドイツ出身の人なのでなんか色々あるわけですよドイツとはなんぞや俺とはなんぞやみたいな、時代に翻弄される中で。なんかやっぱ今でもあるっちゅーじゃないですか旧東ドイツ組の人と西ドイツ組の人の溝みたいなの。そりゃそうですよね何十年も違う政治体制で暮らしてたら考え方も違うしその土台になる経験とかも全然違うよね。

統一の美名のもとにその差異とか痛みをなかったことにはできないしすべきでもないですよ。単に同じ民族というだけで東ドイツ人と西ドイツ人をまとめようとすることはヒューマニズムの仮象に隠れた空想的なナショナリズムを高揚させ復古主義が云々とハーバーマスも書いていなかっただろうか。というわけでそういうものに抗するためには私的な記憶をディグるのが有効。ベルリンの壁のがれきの下から埋もれた記憶を掘り返し、あたかも壁の崩壊とかいうでけえイベントで全部チャラになったかのように語られる、実は全然チャラになんかなっていない出来事をなぁなぁでチャラにしようとする世の中に突きつけるのだ。

終盤、ほとんどなんの脈絡もなく監督が観たらしいネオナチのドキュメンタリー番組の感想コーナーに入ってしまうのは、容易に乗り越えることのできない問題との直接対決を避けて近視眼的な政治的成果を誇示したりそれに甘んじたりするソフト全体主義的チャライズムが未解決の問題の潜伏を許して、地下でひっそり培養されたそれがいつかどこかでたとえばネオナチのような形で噴出することに対しての、敗者の側からの皮肉と忠告なのではないかと思う。

※あと廃墟の風景はどれもよかったです。

【ママー!これ買ってー!】


ある画家の数奇な運命(字幕版)[Amazonビデオ]

現代美術家ゲルハルト・リヒターの半生を基にした(あくまで基にした)半実録アート映画。親類がナチの計画殺人の犠牲になったり東ドイツで自由なアートができないことが嫌になって西ドイツに亡命したりとかどこまで真実かは不明だが激動。

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