映画『タゴール・ソングス』落第生感想文

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《推定ながら見時間:60分》

インドとバングラデシュの位置関係も分からない俺には偏差値があまりに高すぎる映画だったのでほとんど何もわからないと言っても過言ではない。まず、タゴールって誰? なのである。タゴールはベンガル人。ベンガル人…ベンガル人とは…これはたいへんなことになってしまった。作り手もよもやそこまで下のレベルは想定していなかったと思うがこれも今流行の(?)「仮設の映画館」配信作の一本、映画館でやっていたら観るのは前提知識をちゃんと持ってるインド趣味者やワールドミュージック趣味者であろうから各種レクチュアなど不要だろう…が、配信の気軽さもあってクリックひとつなんとなく観てしまった俺にとっては知の迷宮、意識の迷子。ゴダール映画よりも難解なタゴール映画だ。

立ち位置はいい。背景もしょうがないスルーしよう。まぁ音楽のドキュメンタリーということですから…あこれはちなみにタゴールという偉い人の(偏差値の低い表現)詩を巡る小冒険というかフィールドワークみたいな映画なのですが…音楽、音楽を聴こうじゃないか。音楽というか唄ですね。バングラデシュの人はみんなタゴールの唄うたえるのでカメラを向けてひたすらアカペラカラオケしてもらう。

うぅん…何がいいのか少しもわからない。甘かった。お勉強的な部分はわからなくても唄なら感覚的に良いとか悪いとか何かしら感じるものがあるだろうと思ったが…良いも悪いも判断不能。単純な話なのだ。外国語の唄のニュアンス、情報量の少ない映画字幕じゃどう考えても捉えきれないよね。歌詞字幕はあるので何についての唄かはわかる。あなたをずっと待ってます~とか。しかし、何についての唄かわかったところでなぁ…みたいなところがあり、これは映画でいったら『ジュラシック・パーク』のあらすじだけ聞かされるようなというか、詮無いこととはいえ概要翻訳だけ読んでもタゴールの詩歌の魅力であるとか、タゴールを愛するバングラデシュ人のメンタルに触れることは不可能だろう。

そこで、物を言うのがお勉強。肌で理解できなければ頭で理解してしまえばいいのである。あぁ、作った人はちゃんとお勉強をして諸々わかってるんだろうなぁ。ぼく今年で32ですよ。何情けないことを書いているんだって自分で書いて自分で凹むね。この頭の良い監督もその反応は予想していなかっただろう。これが世間だッ!この動物的知性が世間一般なのだ…勝手に世間の教育レベルを俺基準にするなという話だが。

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まぁとにかく難しい映画だった。インド/バングラデシュの歴史がちゃんと頭に入ってるというのが鑑賞の最低条件、とまでは言わずとも推奨スペックではある。推奨スペック以下での動作は保証できない。インタビュー中心のドキュメンタリーなので概略的な説明はほとんどなく、バングラデシュ知識といえばせいぜい街にあるインド料理屋の半分ぐらいは実はバングラデシュ人がやってる、という程度しか持ち合わせていない俺のような人間にとっては2時間の睡眠タイムに等しい。

実際、寝た。かなり寝た。というのも内容の専門性(一般向けの映画というよりは映像論文とかゼミの研究発表みたいな感じである)に加えてバングラデシュ人のタゴール歌唱が、非常に非常に眠くなる節回し。基本、浪曲みたいな感じなのである。中には現代風のラップにアレンジしてタゴールを唄う人なんかもいるとはいえ、これは試練と言うほかない。もっとも、たゆたうような歌声に誘われる眠りはたいそう気持ちのよいものではあった。

それにしてもバングラデシュの人は本当に誰でもタゴールが唄える。小学校でタゴールの唄(だけではないのだろうが)を叩き込まれるシーンがあったので誰もが知っているのはわからなくもないが…それにしても常軌を逸しているように思えてしまう。宮沢賢治を知らない日本人は相当少ないだろうし誰でも宮沢賢治の作品に一度ぐらいは触れたことがあるだろうが、それは単なる教養とか趣味のレベルに留まるもので、それ以上にはならないだろう。

映画を観る限りではバングラデシュの人にとってのタゴールとタゴールの唄はもうそんなレベルではないように見える。タゴールはバングラデシュ国歌も作詞したらしいが…タゴールを唄うことはバングラデシュ人のアイデンティファイであり、プロテストであり、自己啓発であり、ナショナリズムの発露なのである(と、見える)。唄にそこまでの力があるのだろうか。それとも、抑圧された様々なものが唄の形を取って表出したり、唄を通して社会に統合されているのだろうか。

最後は監督かスタッフっぽい人(?)が出てきて現地コーディネーター的な人と涙のお別れ、とウルルン的な展開を見せてタゴールに国境なしを強く印象づけるが、それ以上に唄の力が強すぎて恐ろしくなってしまった。『フルメタル・ジャケット』にミッキーマウス・クラブ・マーチを歌いながらベトナムを行軍する米兵達が出てくるが、仮にバングラデシュの人があんな状況に置かれたらやっぱみんなでタゴール唄うのかなとか思ってしまう。

タゴールの魅力に憑かれたこの監督はたぶん良い人なのでタゴール詩歌の邪悪な転用(そこまでではなくても、たとえばタゴール下ネタ替え歌なんかありそうなものですが)は認めないだろうが、その清廉さが逆に、原始プロパガンダ兵器としての唄の威力を感じさせて、とにかくバングラデシュ人なら誰でも唄えるという光景が俺には美しさよりも、ホラーとして映ってしまう、そんな映画体験だった。

【ママー!これ買ってー!】


タゴール詩集―ギーターンジャリ (岩波文庫)

タゴールで検索したら本いっぱい出てきたから有名な人だったんだなタゴール。そこからだから。俺のタゴール理解そこから。

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