貧乏が幸せなわけないだろ映画『ブータン 山の教室』感想文

《推定睡眠時間:10分》

教職を辞してオーストラリアでロック歌手になろうとしているブータンの若手男性教師が電気も通っていない山奥の貧村に派遣されて云々のあらすじを読めばまぁ教師と子供たち+村人たちの交流がメインだろうから村自体にはすぐ行くだろとか思うわけですが少なく見積もっても行路、15分はかかってたね。もう全然村着かない。ずっと山登ってる。車で行ける最寄りの集落から6日間歩くとか遠すぎるだろ。村にとっても下界は遠すぎるのでなんとここの子供たちは車の存在すら知らないのだった。すごいな。

まぁ知らないから幸福ってこともありますよね的な都会人のぬる清貧思想を呼び寄せそうな題材であるが教師の渡豪希望を知った村長は悲しげに言う。「この国は世界一幸せな国と呼ばれているそうですが、それでも先生は幸せを求めて外国へ行くのですね」。辛辣である。教師に対して辛辣というよりはブータンという国に対して辛辣なのだ。そりゃ確かにテレビもねぇラジオもねぇ電気もなくてベコばかりいる山のロハスな暮らしにも幸福なところはたくさんあるだろうがどう考えても不幸なところもありまくるに決まっている。

とにかく子供たちに教育をと訴える村長はこんな辺鄙な貧乏村じゃ子供たちに将来の幸福はねぇと分かっているからそう言っているわけで、「教育があれば未来に触れられる」と子供たちは教育の必要性を教師に訊かれて答えるが、子供たちがそう言うことにはあまり意味はなくても子供たちに常日頃そう語り聞かせているであろう村の大人たちにとってはこれは切実な言葉なのである。

世界一幸せな国だなんて本当じゃない。政治が自国の宣伝のために諸外国に吹聴しているだけで自分たちは全然幸福じゃない。福祉も医療も教育も基本的なインフラ整備の計画もなさそうな社会から見捨てられたこんな貧乏村のどこが世界一幸福なのだろう? おまけにこっちの与り知らぬ気候変動かなんかで年々降雪量とか減ってるし(雪が減ると山の神様の神性も薄れてくるとこの人たちは考えているし、信じていなくても見知った風景の変容に暗い気持ちにはなるだろう)

とはいえ的な感じで映画はたった二時間弱のランタイムで合計10回ぐらいため息をつく嘆息教師が最初はやってられるかよ的に黙って村の超絶貧乏をディスりまくるものの実際に無邪気な子供たちとふれ合うとやはり楽しい、しかも村には都会人に憧れを抱く年頃な感じのかわいい若女がいてちょっとイイ仲になったりして教師まんざらでもない、と貧村の良さっぽいものも描いていく。

やっぱあれだね風景とか空気とかも素晴らしいんですが何が一番素晴らしいって人がやさしい。教師のお願いは打算無しで聞いてくれるし着いてすぐいやもうすいませんマジ無理なんですけど的なことをのたまう教師にも残留を無理強いせずじゃあ帰る用意をさせますと受け入れる配慮の塊。住人30人ぐらいの限界集落なのでお互いに配慮しないとかなりリアルに人が死ぬからでしょうね。中には貧乏に絶望して酒に溺れることしか出来なくなった配慮どころではない人とかもいるわけですが。

まぁでも、そういう貧乏の良さを描けば描くほど都会の豊かさを知ってるこっちには貧乏のつらさが沁みてくる。あるいはもっと拡大して貧乏を貧乏のまま放置しておく社会に対する無力感が沁みてくる。ぶっちゃけこの村の貧乏は教師が一人来たところで何も解決しやしない。それは教師もわかっているし尊重や村の大人たちも本音ではわかっている。だからこそその現実から目を逸らすために教師を求めるわけで、そこには決して表面には表れない強めの体制批判もしっかりと埋め込まれているように見える。

全編を貫くなんとも言えないやるせなさの正体はそれなんだろうと思う。といってもやるせないだけの映画ではなくほのかなユーモアもそこかしこにちりばめられて、ブラッド・ピットも履いてる(店主談)ゴアテックス(あくまで店主談)の靴で主人公の教師が山道を登っていたらあっさり靴中びっちょびちょ、困ったなぁと例のため息をついてなんであんたは足平気なんですかと村の案内役に訪ねると私はいつもこれですよ、と長靴を見せる。貧乏の知恵でもなんでもなく普通に雨道には長靴が有効というちょっとおもしろいエピソードであった。

ただそれも、案内役が「これを買ってもらった日は嬉しくて抱いて寝ました」とか言うもんだから本質的には切ないエピソードなのだけれども(その前の場面には金がないから靴が買えないと語る常時裸足の宿屋のオッサンが出てくるので)。叶わないと知っている幸福の夢をそれでも求めたという点で教師と村人は通じ合う。その交流の結果は少しだけ苦いものではあったけれども、それでも何かをお互いに残したのだとほのめかすラストには、理想でも綺麗事ではないささやかな幸福があったのではないかと思うというか、思いたい。     

※ところでこんな貧乏村のことだから子供たちの教育レベルなど推して知るべしであるがそんな最低限の教育しか受けていない子供たちが平均的日本人よりも遙かに流暢に英語を話していたので衝撃。CはCARのCですねーと教師が言ったらCARって何ですかと聞き返すような子供たちなのに…でも普通に英語を学んでいればたぶんそんな感じにはなるんだよな。日本人の潜在的英語嫌いってものすごいじゃないすか。英語の授業でネイティブっぽい発音をしたらちょっと笑うみたいな。

いや、まぁ、それはいいとしてさ、なんていうか、ある意味こんな文明の最果てみたいなところにまで英語とアメリカ文化の断片は浸透してるんだなーっていうのもあって、ちょっと複雑な感じになったよね。なったけどとりあえず俺はこんなガキには負けられねぇと映画を見た後に本屋でNHKの英語教材買って帰りました。レッツスピークイングリッシュ!

【ママー!これ買ってー!】


オーケストラ・クラス(字幕版)[Amazonビデオ]

よく似たテイストの教師派遣もの。こちらはフランスの貧困地区が舞台。

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さるこ
さるこ
2021年5月19日 8:15 AM

こんにちは。
教師やミュージシャンはいい職業だな、とそれを生業とする方々に自信を持ってほしく思いました。
英語教育が当然、ってのは感慨深いし、何より標高4800mってのは日本に存在しない!スゴイ!一番の繁華街が標高2200m…蓼科高原くらい?

学校のそばに教師が寝泊まりもの、ということで↓
https://www.amazon.co.jp/涙するまで、生きる-DVD-ヴィゴ・モーテンセン/dp/B01MY20VID

このヴィゴさんは、カッコいいです。