ヨゴレ賛歌映画『犬王』感想文

《推定睡眠時間:20分》

とにかくもう歴史がまったくわからず室町時代(南北朝時代?)のお話とのことだがまず室町時代が日本の歴史のどこらへんにあるのかがわからないし室町時代に何があったかもわからないし室町時代がなんなのか皆目不明。源氏? 平家? 源平? なに源平って赤瀬川源平しか知らない。ついでに言えば赤瀬川源平もそんなには知らない。なんかトマソンで偽札作った人でしょ?(混乱)

なので登場人物が話している会話の内容なども九割わかっていないのだがそこは湯浅政明の映画です。わからなくてもノリで見れる! むしろノリが本体! だって物語の背景とかは時代劇ですけどやってることは完全にロックバンドの結成から解散までのお話だもんね。これは比喩とかではないですから奇形の踊り手の主人公とその相方の琵琶法師がロックの野外ライブをやって人集めるんだよ。でオーディエンスもノリノリでストリートダンスをその場で始めちゃうみたいな。そういうの本当好きだな湯浅政明!

あまりにも歴史がわからなすぎてあらすじもちゃんと書けないぐらいなのだがまぁノリで一応書いておこう。主人公は能楽師の息子なのですがこの能楽師の親父というのが名誉欲だか権力欲だかに駆られて見るからに呪われてそうな怖い能面の封印を解いちゃってその影響で主人公はすごい身体に生まれてしまう。ゲームの『バイオハザード:コードベロニカ』に片腕だけ異様に長くしかもゴムにたいににゅーっと伸びる怖い版のルフィみたいな敵キャラが出てくるがあんな感じ、その上肌はゾンビみたいにボロボロで目は派手な福笑いみたいに一般的なポジションからズレてしまっているのでたいへんだ。もっとも当人は自らの異形をあんまり気にしていないらしい。

それでこの異形主人公がある日パンク琵琶法師に出会います。寝ていたので詳しい事情は知らないがたぶんほら琵琶法師業界って保守的じゃないですか。お前は目が見えないんだからこの道しかないんだよ大人しく受け入れなさいみたいな。変わったことをして人目を引くのはやめなさいよ、健常者とかお上には常にお伺いを立てて生きなさいよみたいな。寝ていたから詳しい事情は知らないが察するにそういうやつがこのパンク琵琶法師は嫌だったので異形主人公と意気投合、お前も異形だが俺だって琵琶法師業界の異形なんだ、異形どもの本気をクソつまらねぇ世の中に見せてやろうじゃねぇの!

っていうんでストリートでロックのライブをやり始めたら格調高いが変化がなくて退屈な能楽コンサートにぶっちゃけ飽きてた民衆殺到。繰り返すが本当に歴史がわからなすぎて日本史用語的になんと呼ぶのか知らないが朝廷? 政府? とにかく政治をやる偉い人たちからこういうオルタナティブ的な運動ってどうなんすかねと目をつけられてしまい、能楽コンサートをやってる人たちからはこれじゃあ商売あがったりだと恨みを買ってしまい、室町カルチャーに革命を起こしかけた異形主人公とパンク琵琶法師の友情は歴史の巨大な圧力の下敷きとなって憐れ瓦解していくのでした。

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ノリでパンク琵琶法師と書いてしまったがこの人がやる音楽は70年代ぐらいのハードロック的なやつなので別にパンクではない。まぁ人によって感じ方は違うとしてもなんでこんなにダサい曲をと俺は観ている間思っていたのだがでもあれですね今こうして振り返ってみると革命的なニュアンスを出そうとしてああなったのかもしれんという気がしてくる。パンクも革命は革命だろうがそれ以上に(自己)破壊的じゃないですか。そういうネガティブなものじゃなくてこの音で時代を変えるんだっていう前向きなイメージで作ってるから70年代ぐらいのハードロック的なやつになる。と一応擁護はするがそれでもダサいはダサいしあと絵と音を合わせようとしないところはえーって思った。和太鼓叩く絵には和太鼓の音欲しいじゃんねぇ。ノリを優先して半ば意図的に絵と音をズラすようなところが湯浅政明のアニメにはわりとあるような気がするとはいえ、ですよ。

しかしまぁそんなことは些末なことだ。印象的なのはやはり絵です。すばらしく汚ねぇ絵の奔流。もう出てくる全員が汚い。モブまで含めて全員が不細工。どこもかしこも整ったものはなく右も左も異形異貌、そのうえぐねぐねと不規則に動いて気持ち悪いったらありゃしない。立派な映画ですなぁ、猫も杓子も小綺麗になってヨゴレは完璧に無価値であるばかりかうつくしい世界にヒビを入れる害悪ぐらいに作り手も観客も思っている気配な日本アニメ界においてこのヨゴレ賛歌は感動的です。そもそもアニメーションとはある意味でヨゴレの芸術だったのではないか? 人体も物体も動けば必ずフォルムは崩れるもので、とすればアニメーションとは均整の取れたものがどう崩れるかを楽しむアートのハズだ。それすなわちヨゴレである。強引とか言わない!

このヨゴレ志向は単なる作り手の趣味なんかではない。歴史書に書かれた歴史は(まぁ俺はまともに読んだことなどありませんが…)あたかも過去から現在まで一直線に伸びた、それが必然であり唯一の「真実」であるかのように見える。けれどもそんなものは嘘っぱちである。大文字の歴史は単にそれが広く受け入れられているということしか意味しないし、整合性を取るために大小無数の異聞を切り捨てた結果が今日われわれが教科書とかで目にする歴史なのだということは、考えてみれば当たり前でもその整合性が与える安心感に惑わされてついつい忘れがちだ。ようするに歴史は常に漂白され整理され剪定され、キレイなのだ。

この映画が描くのはそんな歴史のカスである。マジョリティの歴史の中ではヨゴレでしかないもの、邪魔でしかないもの、それを受け入れてしまえば歴史の整合性は崩れ正統性が主張できなくなり、権力者とその受益者たるマジョリティの拠り所が失われてしまうと考えられているもの。だから逆説的に、世の中を一変させるほどのエネルギーを秘めているもの。全身残らず異形のマイノリティ主人公が体現するものはそうした異聞であり、主流文化から排除された周縁文化であり、その栄枯盛衰は歴史の形成過程の寓話である。

日本のサブカルチャーの代表格だったアニメも今では政治権力に取り込まれ規格化されマジョリティの嗜みとなり、それが本来持っていたかもしれない変革のエネルギーはすっかり失われてしまったように見える。新海誠や細田守や庵野秀明がメジャーになった代償として何を失ったか考えてみればいい。歴史の敗者の物語なのだから『犬王』にしたって最初からメジャー世界に白旗をあげていることには違いないが、でもその旗を持つ人間たちは見るもおぞましい笑顔を浮かべて、メジャーの、マジョリティの、大文字の歴史の側に立つ勝者どもを戦慄させる。

ふっふっふ、気分が悪くなるくらい痛快な映画だぜ。でも音楽はカッコ悪い!

【ママー!これ買ってー!】


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こちらはブラジル現代史のヨゴレを辿るアートアニメ。泣けます。

↓原作


平家物語 犬王の巻 (河出文庫) Kindle版

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