狼煙ユニバース映画『全員切腹』感想文

《推定睡眠時間:0分》

ランタイム26分のくせに半分ぐらい表示が重複してるオープニング・クレジットとスタッフロールで6分ぐらい時間を使うので実質20分もなかったんじゃないかという短編であるしここ数年の他の豊田利晃短編と同様オチらしいオチもない物語なのでこれはネタバレといえばネタバレかもしれないがもうええだろそれぐらいということで言ってしまうがタイトルの『全員切腹』は内容を指すものではなくあくまでテメェら全員切腹しろこの野郎という作者の主張であり出てくる全員(は)切腹しません。

全員切腹する素敵な血まみれ景色を思い描いて観に行った人がいや切腹しねぇじゃねぇかよ!!! とブチキレて各種映画サイトで星一点を連発する可能性もあるのでこれは仮にネタバレだとしても映画を守るためのネタバレである。そういう映画じゃねぇから。そういうものを観せる映画じゃねぇから。たぶん。たぶんね! アジテーショナルなタイトルで客を釣る見世物興行かもしれないけどね! そのつもりだったらネタバレしちゃってごめん。いやでもそれだったら全員切腹させてくれよおい、観たかったじゃんそれ…。

ところで祖父の形見の拳銃を所持していたかどで逮捕され無事不起訴となった後に豊田利晃が取り組み始めた短編映画シリーズ『狼煙が呼ぶ』『破壊の日』はいずれも上映+トークショーもしくはライブで合計90分ぐらいになる変則的な興行形態を取っており、『全員切腹』もタイトルの由来はこれらの映画で豊田利晃がコラボしている和楽器パンクバンド切腹ピストルズ(『全員切腹』でも出演と音楽で参加)だと思われるので、これもトークと切腹ピストルズのライブ付き上映を前提として制作されたっぽい。

それが少なくとも都内では行われず映画のみの興行となったのはデルタ株の置き換わりによる新コロ感染拡大を受けての判断なんだろう。こういうロック系の人たちって反体制を叫ぶばかりで感染症対策とかあんま興味なさそうですよね的な偏見をお持ちの方もいらっしゃるでしょうが、昨年の(本来の)オリンピック開催日と同日公開を目指して制作された『破壊の日』はおそらく劇場公開された日本映画としては最も早くクレジットに「感染症対策担当」みたいな肩書きの人が載った映画であり、新型コロナとよく似た疫病が蔓延している世界のお話ということもあって登場人物が密になるシーンでは多少場違いの観はあっても感染予防を優先しちゃんと不織布マスクをしているという本気の新コロ対策っぷり。

一度は覚醒剤所持で捕まり一度は拳銃所持で捕まった現代日本映画界有数のゴツイ経歴の持ち主である豊田利晃だがこの人は真面目なのです。

『全員切腹』も疫病蔓延の責任を誰一人として取ろうとせずろくな感染症対策も打たずに溢れかえる患者をそこらに放置している腰砕け為政者どもが疫病の原因は誰かが井戸に毒を入れたせいだからそれっぽいやつ連れてきて片っ端から切腹させるという不毛な責任転嫁に明け暮れているのでブチキレた浪人の窪塚洋介が「お前ら全員切腹しろ!」と叫ぶという超ドストレートかつ至極真っ当な政治批判の映画なわけで(目下のところの主要感染拡大地域が東京であることを思えば慣例となっていた朝鮮人虐殺の追悼文送付を小池都知事がここ数年拒否していることも無関係ではないだろう。新コロ禍の現状だけではなく朝鮮人虐殺の記憶も重ねられているのだ)そこには新コロ禍の現状に対するリアルな怒りと真剣な憂いと、しかしそれでも感情には溺れない冷静な風刺精神がある。

26分のヤマもオチもないような映画で1000円とかボッタクリかこの野郎とついつい思ってしまいそうになるが、まぁそういう真面目な映画なので…と「察してよ」感を出してしまえば映画の名誉を逆に損なうことになろうからもう少しだけ擁護しておくと、どうもこれは『狼煙が呼ぶ』『破壊の日』とゆるく作品世界を共有していて(メインロケ地も同じ)、狼煙ユニバースというか、『破壊の日』の前日譚のように観ることができる。『破壊の日』では疫病の原因となったっぽい謎の怪物の正体がよくわからんかったわけですがそれが『全員切腹』の浪人・窪塚洋介と繋がってくるっぽいのだ。そのへん明確ではないので「ぽい」としか言えないのだが。

『全員切腹』自体もまた別の短編映画の布石のようなところがあり、してみると狼煙ユニバース連作というのはいつか一本の長編映画としてまとまるかもしれない未完成作品の経過報告のようなものなのかもしれない。長編一本作るだけの金が集まらねぇなら手持ちの金でとりあえず作れるだけ作っちまえみたいな。作ったものは都度劇場に出して制作費を回収しつつまた次の短編の制作費に、とかそういう興行と一体化した映画作りをしているのだとしたらこれはたいへんおもしろい、業界慣習をぶっ飛ばすなかなか壮大な映画実験といえるし、分割して撮ることでその時点での社会的なトピックを映画に取り入れることができるのである種パフォーマンス・アート的な側面もある。

見世物、パフォーマンス、ライブ、パンク、興行実験、即興(的)制作、社会風刺、政治批判…と、たった26分のヤマもオチもないムード勝負みたいな短編ではあるがそれを構成する要素はそこらへんのメジャー長編映画よりも遙かに多彩だったりするので、ヤマもオチもないムード勝負みたいな短編だとしても(それは何度でも書くが)映画の好きな人はかなり必見、今後の展開からも目が離せない狼煙ユニバースなのです。

【ママー!これ買ってー!】


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最近の豊田利晃の創作スタンスは少しだけクリストフ・シュリンゲンズィーフに似ていなくもない。

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