サブカル黙示録映画『宇宙人の画家』感想文

《推定睡眠時間:0分》

この映画カナザワ映画祭スカラシップ作品ということで俺の記憶が間違いでなければコロナ禍の影響をモロに受けて公開延期になった不遇な小品『きみは愛せ』に続く第二弾、カナザワといいつつ数年前からカナザワを飛び出し日本各地の映画遺産的な劇場で開催したりしていたカナザワ映画祭なので単に映画を観る集まりではなく映画祭からカルチャーを発信したいという思いが代表者にはあるようで、それがスカラシップ作品に結実したようだ。

監督の方もその思いを存分に汲んだのか『きみは愛せ』はそうでもなかったがこの『宇宙人の画家』はさながら『カナザワ映画祭 THE MOVIE』といった感じで、カナザワ映画祭っぽいサブカル感に溢れカナザワ映画祭にゆかりのある人物も登場、右翼役の大迫茂生はカナザワ映画祭の客なら全員好きだろうし博士役の稲生平太郎はカナザワ映画祭の指南役といえる常連トークゲストだ。うーんこれは。これはどう捉えたらいいでしょう。俺もカナザワ映画祭は好きで可能な限り行くようにはしていますが…。

とはいえ単に内輪ウケの演芸大会みたいな映画ではなく、こうしたゲストの起用は「カナザワ映画祭の客ってこういうの観たいんでしょ?」というメタな視座を観客に与える。この映画は入れ子構造になっているのでその構造を観客は映画と映画を観る自分に重ねるわけ(ぼーっとしてないでちゃんと映画を観てる人は)。面白い仕掛けだが、しかし、ぶっちゃけ「だから?」感があるのも事実。そこに批判性があるわけでもなく、いろいろ迂回はしているが結局は内輪ウケの閉じた映画になってしまっているんじゃないだろうか。

最近よく思うのだがサブカル系の若い映画監督は劣等感や被害者意識を創作の原動力にしていて、それを情熱だと勘違いしているフシがある。そりゃまぁ確かに情熱は情熱だろうが、問題は劣等感や被害者意識に囚われた閉じた精神から生まれる物語なんてたかが知れていて、本人はオリジナルだと思っているかもしれないがハタから見ればありふれた、陳腐なとさえ言えるものでしかないことじゃないだろうか。映画を陳腐にしてしまうような情熱ならいっそなかった方が映画のためで、それでもネガティブな情熱にすがりつくなら映画が好きなのか映画を撮る自分が好きなのかわからない。まぁわからないっていうか後者だと思ってますが。

多彩な撮影技法を駆使した映像は幻惑的で面白いし現実と虚構の境が次第に曖昧になっていく展開を見れば細かいところまでしっかりアタマで考え抜かれた映画であることもわかる(稲生平太郎の棒読みの意味とか)。この監督は才能のある人だとは思うが、でもだからというか、こんなサブカルにおもねったような、サブカル的にベタな映画にしないでもいいじゃないとは思うんだよ。

※観客に考察とやらをさせる映画なので俺も少しだけ書くと、悪の権化の虚無ダルマは主人公がひそかにそうなりたいと願う存在であり、それと対になるのが喋らないそば屋のバイト。喋らない、会話ができない、という状態がこの映画では主人公を指し示すもので、そのようなシーンが現実に入り込めばそれは主人公の空想ということになる。

※※あとシソンヌじろうにおんぶされる稲生平太郎かわいかったです。

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ミクロとマクロを接続する手法は(他にもあるだろうけど)『幻の湖』に倣ったものだろう。サブカル映画ファン『幻の湖』好きすぎるので。

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