宇宙啓蒙映画『サン・ラーのスペース・イズ・ザ・プレイス』感想文

《推定睡眠時間:15分》

頑張った中学生の工作みたいな手で触れると飛んでいく異星の尻尾付き風船花の咲くそれだけで異星と言うには無理があるどこかの森で太陽神コスチュームのサン・ラーが「ここは白人のいない星だ。黒人の星にしよう」とかなんとかいう台詞をびっくりするほどの棒っぷりで読み上げて始まる映画をどんな顔をして観たらいいんだよと思わずにはいられないがそこに込められたサン・ラーの真摯なメッセージはともかく伝わった。

もうダメだ。もうダメですよ地球なんてあれ白人のための星ですからね。黒人が豊かに生きるには新天地を探すしかないんです。黒人のための新たな星と新たな神話と新たなテクノロジーが今こそ必要なのだ。黒人のためのと言うが白人や黄色人種のあなたでも大丈夫、黒人のソウルを持つブラザーならサン・ラーと共に新天地に旅立てるであろう。そう言いつつ映画の中でサン・ラーと共に新天地に旅立った非黒人は俺が確認した限りでは台詞を二行ぐらい読んだだけで裸になったエロい白人のチャンネーだけだったのでそれお前のスケベご都合主義じゃねぇかという気もするのだがまぁそこも含めてというかね!

逆にそこが本気っぽくてイイじゃないですか。頭で考えた綺麗な空想じゃない感じっていうか。路上のオッサンの垢にまみれた空想って感じで。なんで好きでアメリカに住み着いたわけでもない黒人が今でもこんなに損してんのよって思ったら白人のいない他の星に住みたいなぁとも妄想しますよそれは。ちゃんとした大人の黒人は(それではサン・ラーがちゃんとしてないみたいじゃないか!)まぁでも空想は空想だしと諦めて白人との共存共栄の道を探るかもしれない。しかしね、こういう生活実感に根ざした理想をしょせん空想と安易に切り捨ててしまっていいのかなとは思います。

これは黒人だけの話ではないですよ。世の中には色んな不平等があってたくさんの格差があってその中で最初っから絶対に勝ち組に入れなさそうな人っていうのは死ぬほどいるわけじゃないですか。そういう人たちがこのゲームろくでもねえクソだから辞めるわって考えるのは当たり前だと思うんですよね。勝ち組でもないのにそう考えることはおかしいことだと考える人の方が実はおかしいんですよ。なんだかんだ文句を言いつつも勝ち組の奴隷として勝ち組が絶対に勝つゲームを遊んでる俺も含めた妥協人類はちゃんとしてるんじゃなくてサン・ラーのようにこの世の中はおかしいって告発する勇気がないだけなんです。

黒人だけの星への移住が現実にできるかどうかはともかくとして…そうした空想はこの世の中の根本的な不平等に第三の目を開いてくれる。その認識がなければ現実の反差別や格差是正の運動も形骸化して未来を見失ってしまうのではないだろうか。現実を切り拓くために妄想は必要なのだとサン・ラーとこの映画は教えてくれますととりあえず褒めたので言いますけどなんだよこの映画おもしろいとかおもしろくないとかそういうレベルの話じゃねぇだろ。

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黒人の楽園になるとは到底思えない謎の星を視察したサン・ラーは黒人宇宙移民計画を構想しどう形容したらいいかわからないがそれが白人文化に冒された人間の目から見てのものだとしてもカッコ悪いとしか言い様がないサイケ宇宙船でアメリカに降り立つのであった。

愚かなアメリカ白人と愚かなアメリカ白人に従うひ弱なアメリカ黒人たちにサン・ラーの力と宇宙移民計画を知らしめなければならない。手始めにサン・ラーはジャズ・ピアニストに扮して街のナイトクラブでプレイするとサン・ラーのインプロ・パワーによって店内に比喩ではなく嵐が巻き起こりガラスは割れ札束は舞い女の人の下着はペロンとめくれてオッパイが丸出しになり(また古いな)恐慌に陥った客たちは逃げ惑う。

しかし店内に一人だけ逃げない男がいた。彼こそは街の顔役黒人。不敵な表情でにらみ合う二人はやがてテーブルごと砂漠にワープする。さぁゲームを始めようじゃないか…的な空気を醸し出しているしポイント盤みたいなのもいつの間にかできているがそもそもなんのゲームなのか唐突すぎてよくわからない。まぁなんか顔役黒人が勝ったら街の黒人はなんだそんなもんかって思ってサン・ラーと一緒に宇宙行かないっぽいです。サン・ラーが勝ったらみんなサン・ラーを信じて宇宙船に乗ってくれるに違いない。

かくしてサン・ラーは街の黒人若者が集まってるところに繰り出してあまり意思疎通のできていない感じの禅問答を急に始めたり薄汚れた街の一角に宇宙職安を開設したりして顔役黒人とのゲームに勝とうとするのであるがいや宇宙職安てすごいななにその発想。知らないがたぶんそういう曲がサン・ラのレパートリーにあるんでしょう、なんか黒人女性歌手の人が歌ってたから。サン・ラーが脚本も書いてるので自作曲を流す前提のイメージビデオっぽい感じなんじゃないかな。それにしても宇宙職安とかいう語の強さ。フィリップ・K・ディックの小説世界を思わせるすばらしい貧乏否ストリートSF感である(しかも仕事を求めて行くとなぜか不敵な笑みを浮かべたサン・ラーに思想を聞かされてろくに仕事など紹介してもらえない)

こういう感じの謎展開が激安特撮(宇宙船の合成とかもうすごい、なんていうか紙です。サン・ラーは神ですが)を駆使して80分ぐらい続く。これは…超越しているね。地球人類には早すぎたんだろうね。1974年に公開された映画ですが2021年現在もまだ早かったよ。でも1914年生まれとかいうサン・ラーの年齢を考えれば実体験に基づいていることは疑いようのない反黒人差別メッセージの部分は痛切なものがあるから単にゲテモノにはなっていなくてそこはやっぱすごいよな。むしろBLM運動がどうとかっていう今だからこそ感すらありますよ。バカバカしいけどアクチュアル。

っていうかそのバカバカしさというのもですねバカバカしいはバカバカしいけどバカっていうことじゃないんですむしろストリートの哲人なんですサン・ラーはというのはそんな格好で言われてもとはやはりどうしても思ってしまうのだがサン・ラーが宇宙行きを躊躇する地球アメリカ黒人に向けて語るこんなアイロニカルな台詞から嗅ぎ取れるのです。「…それとも、鎖で繋いで無理矢理異星に引っ張って行こうか。君たちがアフリカから連れてこられた時のように」。

想像するにサン・ラーの宇宙哲学なるものは人種版ガラスの天井にぶち当たったこの人がどうしようもない現実から逃れるためにニューエイジの語句で作り上げた聖域であると同時にどうしようもない現実を攻撃するための火薬庫でもあったんだろう。そこで組み立てられた奇抜な美術と無駄に衒学的な語り(と音楽)から成るパフォーマンスはそのバカっぽさと安っぽさとデタラメさを通して現実がいかにバカげていて安普請でしかもデタラメに架構されたものでしかないかアメリカ黒人に気付かせるための装置なのだと思えば、逆にその計算されたバカバカしさに深い痛みと未来への確かな希望が感じ取れてなかなか感動的なのだった。

※音楽家の映画なのに音楽面に一切触れないのはどうなのかと思ったので一応触れておきますけどすいませんなんかよくわかりませんでした。たぶんとてもアバンギャルド。

【ママー!これ買ってー!】


ヴァリス〔新訳版〕

発想がなんとなく同じ。

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