西部劇は死にました映画『デッドロック』(1970) 感想文

《推定睡眠時間:0分》

いわゆるひとつの原盤発掘映画。ピンク・フロイドの『モア』とかサン・ラー・アーケストラの『スペース・イズ・ザ・プレイス』とか有名アーティストが手掛けるサウンドトラック盤ないしイメージアルバムの方が映画より先に日本に入ってきちゃったんで映画よりそっちの方が有名という作品群があるわけですけど、最近その元ネタ映画をちゃんと観ようじゃないかという流れが方が日本の配給会社にあるのかないのか知らないが『モア』も『スペース・イズ・ザ・プレイス』も劇場公開が実現して、この『デッドロック』もそのひとつ。クラウトロックの雄カンがサントラを担当、初期カンの映画音楽を収めたアルバム『サウンドトラックス』に収録されたことでカンの曲として知られていた作品の本体がついにお目見えというわけです。

まぁね、なんていうか、洋画輸入大国の日本においてリアルタイムで配給の手からこぼれる作品って、やっぱこぼれるだけの理由があるんじゃないかな。別に悪い意味で言ってないですよとくに悪い意味を込めては言ってないですけどだってほらこれ普通に観て面白い映画ではないじゃん確実に。モンテ・ヘルマンの『断絶』を映画マニアは喜んで観るかもしれないですけど一般的な娯楽映画を求めてあれを観た人はつまらなすぎて映画館の座席ぶち壊すだろみたいな。いや、そこは結構似てるんですよモンテ・ヘルマンの映画とは。ジャンル映画の枠組みの中でジャンル映画批判とか解体を行うっていう感じで。

反ジャンル映画志向のジャンル映画なので一応ドイツ産のマカロニ・ウエスタンもどきの道具立てにはなっているがウエスタン的な面白味は皆無に近い。かつては栄えたらしいものの今や壊れた娼婦と人生の終わった管理人が住むだけのゴースト炭鉱町に銀行強盗らしい手負いの男がやってくる。男を介抱する代わりにカネを山分けしようとする管理人、黙して語らず何を考えているのかよくわからん銀行強盗、何をしているのかもどうやって生計を立てているのかも不明な(管理人が養っているらしい描写はある)女たちの張りつめているようでいてまったりした謎にアンニュイな日々は明らかに服装チョイスを間違えているタートルネックのガンマンの出現で破られる。どうやらタートルネックは銀行強盗の友人らしいのだが…。

おもしろそうである。こう書けばなんかおもしろそうなのだがこれガンファイトないです。びっくりしたなーこの筋立てでガンファイト無いケースってあるんだねー。映画は広いねー。自由だねー。むしろカンのサントラの方が王道で保守的じゃんとか思っちゃった。それはそれですごいかもしれない。

俺は『サウンドトラックス』の次に出たカンのアルバム『タゴ・マゴ』の一曲目「Paperhouse」を『キル・ビル』みたいな架空の殺陣アクション映画のクライマックスに出てくる討ち入りシーンのBGMとしていつも聴いているので『デッドロック』のテーマ曲がタイトルバックに流れた時には「これだ!」と思った。そうかこういうことか…この哀愁溢れるテーマ曲がきっと終盤にあるに違いないガンファイトに赴く二人の男という定番ショットに被さってセルジオ・レオーネのウエスタンにおけるエンニオ・モリコーネの曲のように宿命の決闘を盛り上げることであろう…『サウンドトラックス』で何度も聴いたあの曲はそのためにあったのか!

そのためにはなくなんか倦怠のテーマみたいのがダラダラと流れ続けてる。具体的には『サウンドトラックス』の二曲目に入ったやつ。そっちで来るんだって思ったね。まぁガンファイト自体ないわけだから音だけ盛り上げてもしょうがないんですけどそれにしてもそっちの曲で最後まで行くんだっていうこの意表を突くサントラ展開。いやエンディングにはもう一度テーマ曲流れるけどさ。それはもう苦いエンディングで流れるわけですが…。

と不満のように書いているが俺はそれがこの映画の作り手の狙いであろうと忖度できる飼い慣らされた客なので見事に期待をハズされながらも楽しめた。腕の折れたカウボーイの看板、裏切ることも闘うこともできない煮え切らない男たち、無防備な人間を撃つだけの銃とガンマン…とウエスタンのアンチテーゼ満載の映画だが安直な観方であるとしてもそこには戦後ドイツの傷が刻印されているようにもやはり見えてしまうし、銀行強盗とタートルネックの破綻した(しかしそれを二人とも受け入れられない)友情は分断国家のうんたらかんたらとか言いたくはないが思ってしまう。

廃墟と化した炭鉱町でただ惰性で生きているだけの理想も未来も友人も職業もカネも失った猜疑心まみれの失望人間どもが必死で人間への信頼を取り戻そうとする姿は結構切実、ありとあらゆるものが壊れ汚れ歪んだ世界では人間もそうならずにはいられないが、しょせん人間は堕ちきることもできないと昔の人も言っているし、この野良人間どもは人間を信じることができないが、諦めることもできなくて、結局レコードとカネだけ握りしめて無人の荒野を一人さまようハメになる。それは東ドイツを横目に西ドイツの戦後復興の歩みを眺めてきた世代から見た西ドイツ人のシニカルな戯画なんじゃないだろうか…とかなんかそういうのがある。アメリカ文化のシンボルとしてのウエスタンを西ドイツの映画監督が解体するというのはたぶんそういうことなのだ。

野良人間たちの絶望的な足掻きを捉える眼差しはどこだか知らん荒野のロケーションに負けず劣らず乾いている。雰囲気的には後年の『バグダッド・カフェ』とか『スピリッツ・オブ・ジ・エア』に通じる(っていうかこれが影響を与えたんだろうか)ところもあるが観客を拒絶するゼロエモ作劇はその対極、最初こそウエスタン的わくわくもあるがどんどん観るのが苦行になってくるのでたいへんよい。いや良い意味の苦行だからこれは。不穏な空気と無造作な死だけがあってほかはもうなんもない。そのなにもなさの痛みが映画マゾ客にはたまらんのですよ。

【ママー!これ買ってー!】


Soundtracks

もう『デッドロック』観ちゃったのでこれからはそのイメージを頭に浮かべて聴いちゃうんだろうなぁと思うと若干の寂しさがないでもない。

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