お馬と一緒映画『荒野にて』感想文

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《推定睡眠時間:35分》

なんだかとてもアメリカン・ニューシネマっぽい映画なのだが主人公が帰る場所を失うのがざっくりニューシネマをニューシネマたらしめるところなのだとすると主人公が帰る場所を見つけるというその点でニューシネマとは区別される。
荒野の先には光があった。それは甘い結末のようで荒野に殉じるニューシネマの破滅的なナルシシズムを一蹴する過酷な現実である。だって帰る場所を見つけたら普通に働いたり学校行ったり職業訓練したりしないといけないわけですから。この主人公の15歳男子はそこからの逃げ道を漠然と求めていたはずなのに。

典型的なホワイトトラッシュ家庭育ちのチャーリーくん15歳はドロップアウトしてとくに目的もなく近所をランニングするだけの日々。養育能力低めの親父は優しいがしょうもないことしか教えてくれない。「つまり父さんが言ってるのは、ウェイトレスとは付き合うなってこと?」「そうじゃないんだ、美人はみんなウェイトレスになるってことさ」。

家には親父の彼女が出入りしていてこの人もやさしいがなんとなく気を遣ってしまって居心地が悪い。っていうんでいつもより遠くまでランニングをしていたらパンクして立ち往生中の馬丁スティーブ・ブシェミに遭遇。馬の搬送手伝ってくれたらバイト代をやるというのでチャーリーくんとりあえず乗ってみる。そこで運命の出逢い。ハルウララみたいな駄馬ピートがチャーリーくんをハートキャッチしてしまう。

俺みたいにパッとしないピートと一緒にいるとなんだかしあわせ。ノロノロ一緒に歩くだけで癒やされる。この仕事も悪くないかもなぁと15歳ドロップアウト男子に進路が開きかけたところでショック、父親が家に連れ込んだやさしい女の男に半殺しにされてしまう。
そして泣きっ面にダブルショック。もう競馬に使えないからとピートの売却だか殺処分だかが決まってしまった。チャーリーは矢も盾もたまらずピートと一緒にアメリカン逃避行に出るのであった。

それにしてもこういう映画を観るとアメリカは摩天楼の国じゃなくて巨大な荒野の国なんだなぁと思い知らされる。西部開拓時代と少しもかわらんような広漠とした風景がまだまだいっぱいある。馬と一緒に荒野から荒野へ仮宿から仮宿へと渡り歩いていくチャーリーくんの姿はカウボーイみたい。そういえば最後の方でちょっとだけ『真夜中のカーボーイ』のジョン・ヴォイトみたいになってしまうチャーリーくんであった。

けれどもチャーリーくんにジョン・ヴォイトみたいな夢はない。その行く手にあるのは変わらない風景の中で少しずつ衰退していくアメリカの現実であった。夢がないから冒険の先には帰る場所がある。でも夢がないから荒野に出ても行く場所がないというわけでー、その斜陽の平穏というようなものがなにか曰く言い難い不思議な余韻を残す。
良い映画でしたね。ニューシネマならざるニューシネマ。詩情豊かな荒野の映像は素晴らしかったし、アメリカ競馬産業の最底辺も興味深く見た。テレンス・マリックの『地獄の逃避行』をちょっとだけ思わせたかもしれない。

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