穴があったら入りたい映画『地下室のヘンな穴』感想文

《推定睡眠時間:0分》

オスカー・ワイルドの風刺喜劇に『カンタヴィル家の幽霊』というのがあってイギリスの幽霊屋敷にアメリカ人一家が引っ越してくるのだがこのアメリカ人一家、幽霊がどれほど怖がらせようと努力しても全然怖がってくれず、どころか子供たちに至っては幽霊の行動を分析して逆に幽霊を驚かす始末。アメリカ人の徹底した合理主義やエンジニア気質を皮肉っているわけだが、『地下室のヘンな穴』を見て思ったのは、もしこのヘンな穴のある家に越してきたのがアメリカ人夫婦だったらこんな展開には絶対になってないだろうな、ということだった。

ヘンな穴とはなにか。これは見た目マンホールみたいな感じなのだが、家の地下室にあるはずなのにそこを通り抜けると二階の寝室に出る。この時点でヘンの一言では済まないヘンさだが、更に驚くべき効用がこの穴にはあった。穴を通り抜けた人や物体は12時間先に送られ、3日分若返るのである。なんだかこんな昔話が日本にもありましたな。転ぶと寿命が3年とかになる峠があって、そこで転んだ爺さんが最初は絶望するものの逆にめちゃくちゃ転びまくれば寿命3年ずつ増えて不老不死じゃん! とかなるやつ。

普通こんな穴があったらこれをどう活用するか頭も身体もフル回転させることだろう。しかしこの映画はそうではない。家に引っ越してきた中年夫婦の夫の方は自然法則に反する世界的超絶大発見にびっくりするほど無関心で日々のつまらない仕事に身をやつしている、専業主婦の妻の方は逆に関心ありありで若返るために何回も何回も繰り返し穴に入ってしまうのだが、自分の若返り以外の穴の使用法は考えつかない。お前ら自分たちが何を手にしたのかわかっとるんか。壊れたスマホかなんか大量に拾ってきて穴に何回か落とすだけで億万長者の道ぐらいすぐ開けるんだぞ。

だからこれはそういう映画ではないんですな。アメリカ人がこの穴のアイディアを思いついたら穴を使い倒し時間のズレも最大限活用したSFにしてしまうに違いない。そうではなくてこれは人生人生や夫婦に関する寓話なわけです。なにせ穴穴といっておいて物語は途中からすごいところを身体改造した夫の会社の社長の話にズレてしまい、更には社長の夫婦関係の話になってしまう。いやどうでも良くないそれ穴はどうしたの穴は!? とつい思ってしまうがその人を食ったユーモアがこの映画の面白さ、ラスト10分くらいはなんと映画自体が穴に落ちてしまったのようなダイジェスト展開になり、上映時間70分台。90分まで伸ばしてダイジェスト部分を普通に見せてくれたらいいのに…とちょっと呆れるのだが、そんな反応は作り手の狙い通りだろう。

若返りの穴とすごい身体改造はどちらも不老不死の夢や夫婦関係の永続を人に約束するもののように見える。けれどもそれによって実際は夫婦の関係にズレが生じ、夢は現実の壁にぶちあたって崩れていく。穴や身体改造に頼る方が愚かなのかといえばそうでもない。異常なほど穴に無関心な夫は今のままの夫婦関係が放っておいても続くと思い込み夫婦関係を維持する努力を放棄していると言えるし、目の前に夢の実現の可能性が無料で転がっているのに変化を恐れて目を向けようともしないというのはいくらなんでも向上心がなさすぎる。身体改造を施した社長の妻はその逆だ。

奇抜なSF的設定だがそれを通して描かれるのは普遍的な夫婦の悲喜こもごも。こういうのがフランス的エスプリっつーんすかね。70分台まで縮められるんなら40分ぐらいまで切って奇妙系オムニバスの一本にすればよかったのにとか思ったりもするのだが、全然先に進まない冗長な会話は笑えるしふざけた編集やカメラワークもとぼけた味わいがあって良い、なかなか気の利いたおもしろいヘンなコメディでございました。

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SF設定の夫婦寓話といえば最近面白かったのがこれ。

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