プレイバック英国映画『プリンセス・ダイアナ』感想文

《推定睡眠時間:5分》

比べる物でもないって言われればそうかもしれないけど時期的にやっぱ観たら思っちゃうのがさ、こういうのが国葬なんじゃないのってことだよね。全編アーカイブ映像で、といってもソースは報道映像などに留まらず全然ダイアナ妃と無関係の民間人のホームビデオとかもあったりするんですが、ダイアナ妃のロイヤル・ウェディング前夜からその死までを綴ったこの映画なのでラストはもちろん国を挙げての大葬儀。これがもう、すごい。今の時代観ようと思えばインターネットでアーカイブ映像を観るなど造作も無いだろうが、それでもこの王室葬の映像を観るためだけにでも劇場に足を運ぶ価値はあるとあえて断言したい。

なにがすごいってね、もちろん規模もすごいですよ。バッキンガム宮殿の前が献花台なんてレベルじゃなくてもう地面が献花で埋まって見えない。何万何十万人にも上ろうかという国民が次から次へと現れてゴミを捨てるみたいに献花をしていく。それだけでも充分すごいが遺体を乗せた霊柩車が前後に護衛を何台もつけて走り出すとこれがびっくり、墓地へと続く沿道に一目ダイアナ妃の最期を見送りたいからとこれまた国民がズラアアアアアアア! そこからも献花が霊柩車に向かってポンポンと飛ぶのだがその量が尋常ではないのでしまいにはフロントガラスが献花で覆われて前が見えなくなってしまった。

でもね、俺がこの映画っていうかダイアナ妃の王室葬(正確には準王室葬ということらしい)を観て本当に感心したのはそこじゃないんです。ダイアナ妃の息子のウィリアム王子とヘンリー王子が献花スペースんとこ歩くじゃないですか。そしたらすぐ近くにいた一般国民のおばさんが「ウィリアム、ウィリアム!」って呼びかけてさ、でウィリアム王子とヘンリー王子そのおばさんに近づいてくのよ。でおばさん言うのよ。「ウィリアム! あんた頑張ってね! 私たちあなたのお母さんが大好きだったんだから!」その言葉に頷くウィリアムっていうこの距離感ていうかさ、おばさんは儀礼的にじゃなくて本当にダイアナ妃を悼んでここに来てるんだなぁっていうのがわかるし、ウィリアムとヘンリーを心配してるのもわかるし、その言葉をウィリアムもちゃんとダイレクトに受け取るのよ、壁がないのよ王室と国民の間に。

そこはねー、ちょっと感動的だったよねー。政治イベントって感じじゃなくて本当に葬儀なんだよダイアナ妃の王室葬は。打算でやってるわけじゃなくて国民がそれを求めたからやってるし、その国民ってのも「支持者」だけじゃなくてダイアナ妃がめっちゃ好きな人もそこまで好きじゃない人もなんとなくテレビで見て気になってたってだけの人も混ざってんのよ。そりゃこんな儀式はバカバカしいねって思って王室葬に反対する人も当然いただろうけれども、国民的な空気としてはダイアナ妃をみんなで弔おうってなっててさ、国葬的なものってそんな風に国民が求めて国民の力で成し遂げるものなんじゃないのって最近の別の、俺に言わせれば被害者の人は殺されたわけだから可哀相ではあるけど、でもその国葬を求める人たちははっきり言ってあまりにも情けなかった、みんなで弔おうなんて気概は最初っからなくて自分たちを含む「支持者」のためにやればいいと思ってた…という例の国葬を映画観ながら反芻してね、やっぱ思いましたよそれは。

まぁその話はダイアナ妃と関係ないからこれぐらいでいいとして…ドキュメンタリー映画としてはそこまで面白いことはやっていないし新しい視点もない。むしろダイアナ妃の時代を庶民の視点から追体験させてくれる作りになっているので意図的に凡庸を志した映画であるとさえ言える。でも俺は好きだなこの映画。ダイアナ妃の在りし日の姿を通してイギリスという国が見えるから。全編アーカイブ映像の構成は奇しくも先に公開された『エリザベス 女王陛下の微笑み』と共通するもので、英王室というのはもしかするとイギリス国民にとって自分たちを映し出す鏡なのかもしれない。だからこそ愛されもすれば激しく憎まれもするのかもしれない。そんなのが見えてくる。

高卒保育師19歳のダイアナ妃がロイヤル・ウェディングと結婚生活の崩壊を経て国民的スタアの座を不動のものとして、やがて国際的なチャリティー活動に生きがいを見出す過程はまるでロックスターの成り上がり物語。ゆーてダイアナ妃は労働者階級なんかではなくれっきとした貴族だが、それでもふがいない夫にも太すぎる実家にもできる限りは頼らずに行けるところまで自分の足で行こうとした独立独歩の精神は、といって高潔というわけでもないある意味での俗っぽさは、俗な貧乏イギリス人たちに勇気と夢を与えたんじゃないだろうか。おそらく逆なのだ。ダイアナ妃はイギリスの主人公を王室から庶民どもにすげ替えた改革者で、彼女を通してイギリス庶民どもはダイアナ妃でも王室でもなく自分こそが自分の人生の主人公であることを信じることができたのだ…と俺は思ったが実際はどうか知る由もない。

生前から毀誉褒貶の激しいダイアナ妃だったがその功罪や人格を裁くようなことをこの映画はしない。その死に関しても真相を追究したりはしない。ただただダイアナ妃の在りし日の映像とダイアナ妃が消えた日の映像を流すことで、ダイアナ妃の居たイギリスを、イギリス国民を見せる。そこに何を見出すかは観る人次第。繰り返しになりますがラストの王室葬の場面のためだけにでも俺はこの映画、観る価値あると思います。

【ママー!これ買ってー!】

『エリザベス 女王陛下の微笑み』(字幕版)[Amazonビデオ]

2022年10月14日現在『エリザベス 女王陛下の微笑み』のソフトは日本で発売されておらず配信も有料チャンネルでされているだけらしいのだが、機会があればやはり『プリンセス・ダイアナ』とセットで観てもらいたい。

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