【ユーネク】道徳ホラー映画『ヘル・レイザー』(2022)感想文

《推定ながら見時間:45分》

いつの間にかシリーズ11作ぐらいを数えもはや地獄の修道士のキャラ以外は原型を留めていない『ヘルレイザー』シリーズのリブート的リメイクが一作目同様にナカグロが入ったこちら『ヘル・レイザー』というわけなのだが正直言ってガッカリした。でもそれもフェアじゃない気もするよな、オリジナルは独創的なA級ホラーだったところが何作も考えなしに作り続けるうちにC級からも転落してしまった没落シリーズを原点に戻そうとしたのがこのリメイク版とも言えるわけで、誰が悪いってそりゃあんたこの映画の作り手も悪いといえば悪いがその前に『ヘルレイザー』というコンテンツをぐっちゃぐちゃの肉塊にしてしまったシリーズ作の製作者が悪いですからねこれは。

だからそう悪くは言いたくない。うん頑張った、頑張ったよ監督のデヴィッド・ブルックナー。俺この人はわりと信頼していてですねジェイコブ・ジェントリーとダン・ブッシュの三人で共同監督した『地球最後の男たち THE SIGNAL』っていう終末映画がすごい好きなんですよ、シュールでブラックで笑いと紙一重の怖さがある独特のオフビートな作品で。これがたぶん三人共に長編初監督作で、それでここから三人それぞれ単独で一癖も二癖もある思わず唸らされるようなジャンル映画を撮るようになって、デヴィッド・ブルックナーも『サウスバウンド』とか『ザ・リチュアル』とかっていうホラー映画でなかなかの個性派っぷりを見せつけた。でリメイク版の『ヘル・レイザー』。だから俺としてはあのデヴィッド・ブルックナーならっていう期待があったのです。

しかしまぁ、時代の壁は高かった。出来は決して悪くはない。っていうか結構面白かった。でも『ヘル・レイザー』でこれか~って思うとな。『ヘル・レイザー』でこれはちょっと、そうだねぇ、道徳的すぎるとやはり思います。だってほら一作目の『ヘル・レイザー』ってさスプラッタ・パンクの旗手クライヴ・バーカーが小説の世界から飛び出した初監督作じゃないですか。それでバーカーの作品の特長って度を超した露悪的な残酷描写とかもそうですけど人の世のルールとかモラルを超越した、常人の目には狂気と映る異世界に対する畏怖と恍惚を描くところにあるじゃないですか。神学者ルドルフ・オットー言うところのヌミノーゼっちゅうやつですよ。

だから一作目の『ヘル・レイザー』もそういう映画だったよね。奇妙なパズルボックスがあって、それを解くと究極の快楽が得られるっていうんですけど、それっていうのは究極の苦痛なんですよ。地獄の修道士が現れて鎖とかでビターンズターンとやって(※表現力の限界)皮膚とかズルズルーって引っぺがしたりして針でキリキリキリ…ってそれは『オーディション』だが、ともかくめっちゃ痛いことする。痛いがしかし…キモチイイ。人間の脳みそというのは壊れているので苦痛と快楽なんかキレイに分かれてやしないんですよね。悲しみと喜びも分かれていないかもしれない。そしてそれを人智を超えた異世界から現れたなんとも形容しがたい風貌の、しかし一度観たら心から決して出て行ってくれない強烈な魅力を発する地獄の修道士が、現世に生きる人間どもに突きつけてそのモラルや価値観を大いに揺さぶる、あるいは転覆させてしまう。最初の『ヘル・レイザー』ってそういうヤバイ映画だったと思うんですよ。

ところがこのリメイク版ときたら参った現世のモラルやジョーシキを全然揺さぶってくれない、それどころが逆にですよ、なんと逆に、ろくに仕事もしないでセックスばかりしている元ジャンキーの主人公を、地獄の修道士がそんな不健全な生活はいけないよと諭して改心させてしまうという…これには本気でびっくりした。いやびっくりしたオブザイヤーでしょこんなの。他のホラー映画だったら別にいいけどだってこれ『ヘルレイザー』なのよ?

『ヘルレイザー』でそんな道徳説教をやってしまうなんて殺生な…いやぁ、モラル保守大回帰時代の2022年アメリカでホラー映画の新作を作るとはどういうことなのかとまざまざと見せつけられたよな。今のアメリカの若者は自分を大切にして他人を思いやり犯罪行為はせずセックスもしないし新しいものや刺激的なものは求めず道徳的に安心できるものの中にずっと浸っていたいと考えている…とまで一般化はできないとしても、上の世代に比べればやはり全体としてそうした傾向はあるように思える。そしてその層の客を動員しようと思えばホラー映画もまた道徳的にならざるを得ないのだ。

痛みはイコール快楽であるなどというSM的発想と複雑な人間観はもはや受け入れられない。痛みは単に痛みであり従って悪であるという子供の素朴さを素直に受け入れてしまう。だから痛みは快楽でもありうるというシーンはこの映画には出てこないし、パズルボックスの役割もそれを解くと究極の権力なり知恵なり人間の力では得られない様々なものを地獄の修道士が与えてくれる一般的な召喚具に過ぎなくなってしまった。その中には快楽もあるのだが、快楽を望む登場人物はそもそも出てこないほどだ(代わりに究極の「感覚」を求める人が出てくる)

こうした路線変更に合わせてか従来の黒を基調にしたパンキッシュなボンテージスーツのような地獄の修道士の衣装は破棄されなんかみんな白くなった。服らしい服を今度の修道士は着ていない感じなのだが乳首とか性器は見えないので全身白のタイツを着ているのかもしれない。モジモジくんかよ! モジモジくんは黒タイツだが…いやそういう問題じゃなくて! SM要素が剥奪されエロ要素まで封じられてしまったかー。主人公は自堕落なセックス狂いといってもこの人がセックスをしているのはおそらく冒頭の1シーンだけで、そこでもオッパイは見えていなかったと思うから、なんというかまことに健全なお子様に見せたい『ヘルレイザー』ですねこれは。

果たしてそれは『ヘルレイザー』なのであろうか。心霊ホラーもしくは『サイレントヒル』的な恐怖演出はシリーズ作を全部観てるわけではないのではっきり言えないとはいえ新機軸っぽくて面白く、クライヴ・バーカーというよりもマジック:ザ・ギャザリングを思わせる(大修道士エリシュ・ノーンで検索してもらえばわかるはずだ)新デザインの地獄の修道士たちは結構カッコいい、その頭目ピンヘッドは小柄な役者に変わったので前のピンヘッドに比べてずいぶんと迫力が無くなってしまったが、今回の地獄の修道士たちはおそらく天使のイメージで造型されているのでこれはこれで悪くない。幾何学的なプロダクション・デザインも幻惑的な美しさがあった。

もしこれが『ヘルレイザー』のリメイクではなく『ヘルレイザー』にインスパイアされた別のタイトルの映画なら、あれ全然いいじゃんと思えたかもしれない。しかしこれは残酷にも確かに『ヘルレイザー』のリメイク版なのであった。『ヘルレイザー』であって『ヘルレイザー』ではない、道徳教材のような『ヘルレイザー』なのである。

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