イタホラ最前線映画『サウンド・オブ・サイレンス』(2023) 感想文

《推定睡眠時間:0分》

主要言語は英語なのだが主人公の故郷はアメリカとかじゃなくて巻き舌言語が話されるどこかだったのでスペインのホラーかなと思ったらイタリア映画とのこと。リメイク版の『サスペリア』のような例外もあるとはいえこれはホラーというよりアート映画みたいなものだったし、イタリアのホラー映画が日本で全国的に公開されるというのは結構久しぶりなんじゃないだろうか。

一時期はホラー映画界を席巻したイタリアだが90年代以降のイタリアン・ホラーの衰退は著しく、インディペンデントではネクロストームなど積極的にホラーを作り続けている監督もいるが、イタリアン・ホラー全盛期を支えた職人監督は次々と鬼籍に入り、メインストリームでは少なくとも海外に売れるイタリアン・ホラーの命脈はすっかり絶たれてしまったかに見える。野蛮で過剰で粗雑で安っぽいがその中には作り手独特の美意識がきらりと光る田舎職人のアウトサイダー工芸品が如しイタリアン・ホラーは21世紀の洗練された観客たちには魅力的に映らないのだろう。この映画『サウンド・オブ・サイレンス』は伝統的なイタホラ・スタイルとは少し違うが、それでも久々のイタホラ劇場公開作、これはイタホラに育てられた人間の一人として素直に喜びたい。え、アルジェントの『ダークグラス』? あぁ、まぁ、そんなのもそういえばありましたね…。

アルジェントは脇にどけてである。さてこの映画どういうお話かと言いますと歌手になりたいがオーディションに出ると緊張して歌えなくなってしまうというかなり致命的な欠陥を持つ主人公が父親入院の報を受けて彼氏とともに故郷帰還、そこで医師に告げられたのはあんたのお母さんどうもお父さんからDV受けてるっぽいすよという衝撃事実であった。そんなバカな! だがお母さんに会ってみればたしかにそれっぽい傷跡がある。「違うんだよ…あれはお父さんじゃなかった…」とお母さん。「あの家には近づかないで…」とも。しかしそんな忠告は主人公ガン無視、お母さんは集中治療室に入ったお父さんの付き添いで病院に残ることとなったので彼氏とともに実家に向かう。そこで彼女が目にしたのはでかい音を出すと物理で襲ってくる謎のオバケたちであった…。

イタリアン・ホラーといえばなんといってもグロテスクな特殊メイクや残酷描写が特長だが、この『サウンド・オブ・サイレンス』は新世代の映画だしオバケものなのでそういうのはナシ。代わりに入ってきたのは『ライト/オフ』のようなギミックと『呪怨』のようなアグレッシブ幽霊描写であった。声を出せばオバケが現れ静かにするとオバケは消える。なら静かにしていればいいのだがそこはホラー映画なのでなんか踏むとかなんか落とすとか主人公自分でフラグを立てては自分で全部回収していく。オバケ発生器のひとつである古いラジオの電源をオンにしたらオバケが見えたのでびっくりしてオフにし、もう一度オンにしたらまた見えてちょっとこっちに近づいてきたのでまたオフにし、よしもうオバケの法則は読めたからラジオはいじらないでいいよなと思ったらなぜかまたオンにしてオバケに首を絞められる…とか怖いというかちょっと面白くなってしまうところであった。なんだか天国から上島竜平の「押すなよ!」が聞こえてくるようである。

題材や表現の面ではイタホラから遠く離れたかに見えるこの映画だったが、その「押すなよ!」性には仄かにあの頃のイタホラが香っていたような気がしないでもない。そんなことしなけりゃいいのにを観客へのサービス精神から全部やってしまうのがイタホラ作劇というもの。舞台となる田舎の古民家は最初から最後までとにかくずっと暗く、電気は通ってるので無いわけは無いと思うのだが天井照明が全然つかないというか主人公が頑なにつけない。いや、明るくしろよまず家を。なんでオバケ出るのわかってるのにわざわざ暗くしてるんだよ。ついついそう心の中でツッコミたくもなってしまうが、しかしちょっと待ちたまえ、明るい家と暗い家…オバケが出て怖いのはどっちですか?

むろん後者に決まっているので、この映画では天井照明をつけるという野暮はしない。これはイタホラ的な観客サービスなのだ。無駄に暗い家の中を怯えながら徘徊してあらゆるところで音を立ててしまう主人公とその彼氏の姿を見れば、家の外に出られないような描写はなかったのだからそんな危険なオバケが出る家はさっさと出たらいいだろと思わずにはいられない。だが、家の外に出てしまったら二人がオバケに襲われるこわいシーンを観客は観ることができないのだ。だからこの二人は決して家の外には出ない。あくまでも家の中をぐるぐる回ってあらゆる方法でノリツッコミ的にオバケに襲われ続けるのである。

うむ、時代は変わり表現も変わったが、これもやはりイタホラです。えっそんなのでよかったのみたいな除霊方法、シナリオ上の意味がまるで無い気がするので逆に印象に残ってしまう不機嫌な地元民との交流シーン、ははぁんこれは一見解決したように見えて呪いが連鎖するというお馴染みのあれですなと思って観ていたら全然違う物語が始まってしまいびっくりするだいぶ長いエピローグなど、色々な面で整っていないからこその手作り的な味わいがここにはある。その上でオバケギミックや内気な女性主人公などの流行っぽいやつも雑な感じで取り入れJホラーやスパニッシュホラー的なスピリチュアルというイタホラにとっての新味も大胆導入しているのだからこれは懐古ではなくイタホラの最新型。

やっぱこういうホラーが好きだな俺は。こういう、なんていうかさ、ふざけたホラーコメディではないしお金と作り手の技量がないポンコツ映画でもなくてあくまでもちゃんと作られたシリアスなホラーなのだが、観ても決して頭がよくなったりしない感じのホラーが。久々にそういうのを観せてくれてありがとう監督トリオのアレッサンドロ・アントナチ、ステファノ・マンダラ、ダニエル・ラスカル。ってか珍しいな監督トリオって。『地球最後の男たち THE SIGNAL』ぐらいじゃないの他にトリオで作ってるの。

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