《推定睡眠時間:20分》
よく悪魔憑きの出てくるアメリカのホラー映画に対して宗教観が違うからあんまり怖さがわからないなーという日本の人がいて俺もアメリカの悪魔憑き映画は怖さがわからないんですけど、なんでアメリカ人はあんなに悪魔憑きを恐れるのかというのは考えてみたら面白い気がして、悪魔憑きの何がコワイのかと考えると「自分で自分をコントロールできなくなる」から悪魔憑きはおそろしい、ぽい。『死霊館 悪魔のせいなら、無罪。』なんて映画もありましたけど、あれは俺が殺人を犯したのは悪魔のせいだと主張する人の話だったよな(ほざくな)
で、アメリカ映画でおそらくはじめて大ヒットを飛ばした悪魔憑き映画といえば1973年の『エクソシスト』。それまでにも悪魔憑きを題材にしたアメリカのホラー映画はゼロではないかもしれないが大ヒットとはならなかったし、恐怖の対象は吸血鬼とか半魚人とかモンスター、つまりは自分の外に存在する悪が基本だった。しかし『エクソシスト』は自分の中に存在する悪いことをさせるものが恐怖の対象。その点で『エクソシスト』は新しいタイプのアメリカのホラー映画だったわけですが、この1973年という時代はいわゆる新自由主義にアメリカが舵を切り始めた時代。一言で言えば新自由主義とはまぁ自分のことはみんな自分でやりましょう、いろんなものを民営化して市場経済に委ねましょう、実はそっちのが経済的なだけでなく倫理的でさえあるんですよ!
みたいな経済思想のことだというが、こうした資本家と起業家にとって誠に都合のよい体制下では公助が期待できないゆえ各人にとってセルフコントロールというものがたいへんに重要になってくる(そしてそれは反体制とDIY精神を核とするカウンターカルチャーの精神とも合致したので、1970年代においてカウンターカルチャーは新自由主義体制の文化的な促進要因に転じた)。もともとアメリカは「自らの意志で神を信仰する」プロテスタントの国であると共に自己啓発発祥の地ということもあり、1970年代はその思想が一段と強化された時代ということになるが、そうした時代にあってセルフコントロールの喪失というのは生活のクオリティだけでなく生死にさえ繋がる大問題である。
思うに、『エクソシスト』はそうした時代の恐怖を映し出したからこそ当時のアメリカで大ヒットし社会現象となったんじゃないだろうか? そのように考えれば、日本の人に悪魔憑き映画のコワさがよくわからないというのは、実は宗教の違いとかではなく、日本はアメリカほど新自由主義化されていないので、セルフコントロールの喪失が恐怖として感じられにくいということなのかもしれない。
というわけで『ネファリアス』はそんな米国悪魔憑きホラーの最新バージョン、自分を悪魔だと主張する死刑執行間近の連続殺人鬼とその精神鑑定を行うために呼ばれた精神科医のお話だが、なんだかずっと獄中で対話をしていて舞台劇みたいだなぁと思ったら舞台劇が原作らしい。というわけでジャンプスケアとかホラー描写とかぜんぜんナシ。たまにデカい声とか音とかは鳴ったりするが、米国悪魔憑きホラーの核心であるところのセルフコントロールの喪失を連続殺人鬼との対話の中で浮かび上がらせていく理性で楽しむタイプの映画であった。
まぁ悪くはないが、といって面白くもない。セルフコントロールの喪失とは裏を返せばセルフコントロールに対する絶対の自信から生じるものなので、劇中の精神科医などはアメリカ人らしく自分の行動や判断に間違いナシと思い込んでいるが(だから壊れてしまうのだ)、俺などは普段からへっぽこの連続でセルフコントロールの自信なんぞカケラも存在しないため(だからお腹痛くなるとわかっててもコーラとか飲んじゃうのだ)、精神科医のセルフコントロールが徐々に崩壊していく過程が大して面白くないコメディのように見えてしまう。もちろんコワイこともない。
ただまぁ米国悪魔憑き映画がいったい何を描いてきたジャンルなのかということを考えると面白くなって映画の感想そっちのけで新自由主義がどうのとか言い始めてしまうので、完成した一品の料理というよりは、思考の材料として価値がある映画という感じかもしれない。連続殺人鬼、悪魔憑き、そして最後に登場する回想録の出版とテレビトークショー、これはいずれもアメリカに特有のカルチャーといえ、アメリカ社会を論じる材料はいろいろと提供してくれる。作ってるのは『神は死んだのか』の人なのでこれはいわゆるクリスチャン映画、キリスト教の伝道を目的とした宗教映画ではあるのだが(中絶の話が出てくるのはそのためである)、それもまた批判的に観るならば良い思考材料になる事実じゃあないだろうか。つまり、米国クリスチャンの思考や世界観をここから知る、という意味で。
余談かもしれないが現在のトランプ政権の母体となっている1980年代のレーガン政権は共和党を新自由主義政党へと転換させた政党であり、レーガンを選挙での勝利に導いた一因はこのとき共和党と協力関係を結んだ宗教保守勢力であった。