《推定睡眠時間:20分》
夫のロバート・パティンソンが錯乱した妻のジェニファー・ローレンスを無理矢理車に乗せて(そのシーンは妙に間抜けで可笑しいのだが)乳幼児一人を家に残したまま強制仲直りドライブに出るところで脳裏に去来したのはソニック・ユースのアルバム『GOO』のあのジャケットアートだった。この映画の中のパティンソンとローレンスはソニック・ユースのあれみたいにスタイリッシュでカッコイイ感じでは全然ないのにソニック・ユースのあれがチラついてしまう、というあたりにどうもこの映画の本質が見えるような気がする。
端的に言えば90年代アメリカのオルタナロックで、具体的なアーティストでいえばナイン・インチ・ネイルズであり、マリリン・マンソンであり、ニルヴァーナのカート・コバーンであり、という、あのへんの空気感と世界観の映画なのだ。破壊衝動と自己憐憫とパンク精神とコミュニケーション不全。様々なロックの名曲が爆音で流されるが、そんな中でエンディング曲はジョイ・デヴィジョン「Love Will Tear Us Apart」のアコースティック・カバーであり、ジョイ・ディヴィジョンがとくにナイン・インチ・ネイルズやマリリン・マンソンに与えた影響の大きさを思えば、監督のリン・ラムジーはハーモニー・コリンあたりと似たところもある90年代後半デビューの監督だし、90年代オルタナロックとその源泉としてのポストパンクというのはやはりこの人の作品世界の背景になっているんじゃないだろうか。
だから衝撃とかなんとかというよりも仄かに懐かしさを感じてしまった。田舎にある使い古した祖父の家を相続したパティンソンとローレンスは爆速でセックスしまくり(このあたりの映像が既に90年代オルタナロックのMVっぽい)息つく暇なく子供を出産、そうしたところローレンスは産後うつの診断を下すには破壊行動の規模がデカすぎるだろというレベルに発狂してしまい、そんなもんさっさと通報してでも病院連れてけばいいだろと思うが、パティンソンはその基本的なアイデアも思いつかない無能だったので事態は悪化するばかり……というその過程を『ソング・トゥ・ソング』など近年のテレンス・マリック映画を思わせる私小説的な映像と過去と現在と妄想の断片が脈絡なく乱暴に接続される編集で見せていく凶暴な映画なのだが、観客の神経を逆撫でするその凶暴さが90年代センスでありスタイルなわけである。
べつにつまらない映画というわけではないけどその90年代スタイルありきの映画になっていたので個人的にはこういうのそんなに興味を惹かれない。産後うつのお話なら産後うつのお話でもいいが、お話が進んでいくにつれてどうもローレンスの発狂は結婚以前からのものであり、人前で急に服を脱いじゃったり自然の中で獣のようにセックスをしたがる破天荒さがあってその場の空気を読むような大人の対応ができないから一般社会にはうまく馴染めない(あぁこれも90年代オルタナロック的な女性像な気がする!)この人はどうも両親の死とそれに伴う自責の念がその奇矯な行動の原因になっているらしいとわかってくるので、実はこれは産後うつテーマというよりはもう少し深いところまで人間を探求しようとしたお話である。
それを、じゃあ、十全に描き切れていたかというと、まぁそうではないなこれはうん。そもそもそういうお話をドラマの形では描こうとしていない。例のマリック風の映像と暴力編集による映像詩の形でそのお話を伝えようとしているので、たとえば主人公は作家という設定だけれども、じゃあ作家としてどんな本出しててどんな人と繋がっててどんな風に書いてるのっていう生活のディテールはあえてなのか掘り下げられることがないし、台詞によると夫のパティンソンは週に3日しか出勤していないというこの夫婦が具体的に何で生計を立てているのか、どういう程度の生活をしているのかもわからず、劇中に登場するテレビの形を見るにおそらく舞台は現代なのだが、それにしてはスマホもパソコンもプレステ5も出てこない。要するにこの夫婦の生活のディテールはおそらく意図的に省かれて寓話的に抽象化されているので、ここから現実的な人間の葛藤や苦悩を読み取ることは難しい。描かれているストーリーは自己破壊願望を扱っていて重いのに、そこに実在感がなくて読後感は妙に軽い。単に映像がカッコイイだけの映画になってしまっている気がするのだ(だから酔える人はとことん酔える映画かもしれない)
ところでついさっきジョイ・ディヴィジョンのMVをYouTubeで見てて発見したのだが、「She’s Lost Control」という曲のMVが夫が仕事に行って家に一人残された妻が家中を破壊していくというもので、この映画でも色んなロックの名曲が流れるが『ビューティフル・デイ』ではレディオヘッドのジョニー・グリーンウッドを音楽に迎えていたから、そんなロックに造詣の深いリン・ラムジーなら「She’s Lost Control」のMVも見ていたのかもしれず、それがこの映画のイメージソースの一つとなったのかもしれない。そのへんを見ても、やっぱりスタイルありきの映画という感じで、面白いけどどうにも薄っぺらい印象が残ってしまうのであった。
※夫婦でドライブしている時にギター嫌いだからカーステレオ消せと言うローレンスに対して夫のパティンソンはギターが嫌いな人間なんかいないだろと断言してステレオを消そうとしないのだが、いやいるだろギターが嫌いな人間! 俺もギター主体のロックとか好きじゃないよ!