映画の感想『嘘八百』(ネタバレもなにもない)

《推定睡眠時間:0分》

良いなぁ関西弁コンゲーム。こういうのは標準語だとサマにならないっていうかシャレにならないのでやっぱ関西弁が物を言うな。
利休の幻の遺作(贋物)を巡る虚々実々丁々発止の騙し合い騙され合いを標準語で、と想像すると全然面白くない。なにか、金欲なり性欲なり権力欲なり、俗世的な騙す目的の方が目立ってしまって騙しの行為が光らない。
標準語の高度な伝達性には遊びがないから目的を伝えるには便利だけれども日常とは違う次元に連れていくには適さないよなぁ。日常とは違う次元に連れてってくれないと騙しなんて成立しないじゃんていう。

主人公のチンケな古物商が中井貴一でこの人は娘と一緒に全国行脚、どこから仕入れているのか知らない退藏情報を元にモノの値打ちの分からない素人から押し入れ古物をタダ同然でせどっていくチープな商いをしているのだがこれが全然上手くいかない。
娘というのは森川葵で、森川葵を助手として獲物訪問時に同伴させてなお上手くいかないわけだからめちゃくちゃ騙しの才能がない。やはり標準語だからではないか。中井貴一の標準語騙りは金欲が臭うばかりで騙しの面白さも騙されたくなる魅力もなにもない。
つまり圧倒的に、圧倒的に騙しのロマンが足りないのだった。ミキプルーンだってあんな正面から推されたら食べたくならないだろ。食わせたら死体が生き返ったぐらい言ってくれないと。

でそういう詐術弱者が佐々木蔵之介とか近藤正臣とか寺田農とか詐術強者の蠢く魔都堺に入っていく、というのがこの映画の面白いところで、中井貴一は標準語話者なのでこの関西系騙し屋たちの中では最弱。
弱者だから一世一代の騙しに見てる側も身が入るというものだし、標準語の日常的な透明性と関西弁の非日常的な不透明性がくるくるくるくる入れ替わって騙したり騙されたりするの耳にたのしいかったです。

それにしても森川葵が食う。『恋と嘘』でもクレープを食ってばかりいたがめっちゃ飯を食う。頬袋の張ったハムスター顔だからとりあえずなにかしら食べさせたくなるのかもしれない。たかだか開始30分程度で5食ぐらい食ってた。
バームクーヘンでしょ、それからラーメン、ようかん、またバームクーヘン、すき焼き…なんか、なんか知らないけど幸せを感じるな。食ってる姿で魅せる女優さんていうニッチジャンルを開拓してしまったかもしれない。森川葵が飯を食うだけのイメージビデオとか売れると思うよ。

一心不乱に食い続ける森川葵に抗するが如く前野朋哉は無言でジオラマ制作に勤しむ。中井貴一と森川葵がファースト騙しターゲット・佐々木蔵之介邸を訪れるとそこに息子の前野朋哉が亡霊のように佇んでおるんであるがこの前野朋哉がわりと重要。
出てくると展開がどう転がるかわからない不穏が画面に漲って、間隙役者の面目躍如の美味しい役どころだった。べつに誰もそんな風には呼んでいないが。

役者の人を大事にしてる映画って感じはあったな。本人のキャラクターから外れることは要求しないっていうか、この人はこういう芝居が面白いんだよみたいなの丁寧にやってたと思った。
森川葵の食事、前野朋哉の沈黙、佐々木蔵之介の陰気と中井貴一の底の浅さ、いや良い意味で! そういうの見たいからそういうの! 宇野祥平と坂田利夫の集まる木下ほうかの飲み屋とかいいよね! 俺あそこ絶対行きたくないと思ったもん! いや、だからそれぐらい根の張った芝居になってて良かったなっていうことですよ!

なんか欲張って詰め込みすぎたんじゃないのみたいのあったけどな。逆転に次ぐ逆転に次ぐ逆転に次ぐ逆転。逆に、そこまでやられると爽快っていうかダレてくるじゃん途中から。
ドランクドラゴン塚地のおもしろ学芸員さんとか友近の長屋系ママとかもそれちょっとおもしろを狙いすぎじゃんて印象で、寺田農とか近藤正臣の食えないおっさんどもに群がる(飯の)食えない騙し屋ども、というのは絵面的に厳しいのかもしれませんがー、そこで客受けの狙いをさらけ出しちゃったら騙し映画として負けだよなみたいな。
ルチオ・フルチの『ビヨンド』を「ゾンビが出たらかえって和んじゃった」と評した人がいるが、なんかそんな感じ。いや、分かる人だけ分かればいいけどさ…。

まぁゾンビ出ても『ビヨンド』面白いからな。だいたい『サンゲリア』よりも『ビヨンド』のゾンビの方がフルチのイメージするゾンビ像に近いものだと俺は思ってるからゾンビ出てくれてむしろ良かったわけで、だから『嘘八百』も構成過密を感じるがこれはこれでよかったんじゃないかってなんの話してるの?

【ママー!これ買ってー!】


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渥美倍賞佐藤蛾次郎の寅さん布陣でスリ集団のケイパーものというのだからキワモノを期待したらどっこい社会派サスペンスコメディ。ちょっとハードボイルド入っててびっくりする。渥美清にアウトローの色気が!

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