着ぐるみ映画『トラさん~僕が猫になったワケ~』感想

《推定睡眠時間:0分》

こんなもん誰が観るかよと予告編が映画館に流れ始めた半年ぐらい前からずっと思ってましたが結果的に観てしまいましたし結果的におもしろかったです。びっくり。
高畑寿々男(北山宏光)はかつては売れっ子だったが今は連載もなく近所の本屋にある漫画コーナーのエンドPOPを勝手に自作のPOPと差し替えたり、それかギャンブルばかりしている脳天気猫気質なダメ漫画家。
妻の奈津子(多部未華子)も娘の実優(平澤宏々路)もパパいい加減にしてよぉと思っているがでもイヤなわけじゃない。慎ましくもそれなりに幸せな高畑一家なのだった。

だがしかし、そんな一家を突然の不幸が襲う。ようやく新連載に向けて筆が少ぉしずつ動き始めた矢先、寿々男が交通事故でくだばってしまうのだ。
気が付けば天国もしくは地獄の門。困惑する寿々男に閻魔様のバカリズムがよくわからん罰を告げる。お前ギャンブルばっかやって家族を顧みなかったから猫の姿で一ヶ月間現世に戻って反省してください。

そのむかし『ネコマン』なる某バクマン的なタイトルを持つ某アイルーと某ジバニャンを合成したような猫キャラがメインキャラの漫画で一躍時の人となった寿々男だったが、実は大の猫嫌い。
なんでよりによって猫なのか…その理由はまぁ映画を観ていればそのうちわかるがともかく、不承不承ながら猫人間として現世に幽遊白書した寿々男。果たして猫として過ごす1ヶ月で彼は何を見出すのだろうか…。

あらすじから可愛い猫で客を釣る柳下毅一朗が言うところの猫プロイテーション映画かと思いきやさにあらずで、確かに猫ものには違いないが猫配分としては実猫1割、猫着ぐるみを着た猫人間9割ぐらいな感じだからジャンル的には猫映画というよりも着ぐるみ映画。

文字にするとそれどこ需要なんだよ感が出るわけですが実際観るといやこれがすごいんだ。本当にずっと着ぐるみで猫やってるんだよ北山宏光。
こういう設定の映像作品って普通、人間の目から見た実猫と猫視点からの着ぐるみ猫の切り返しとかでその設定を表現するじゃないですか。犬童一心の『猫は抱くもの』とかもそうでしたよね。

でもこっちはそういうのしないから。そういうのしないということはサイズ感の大幅なズレからだいぶシュールな場面が頻出することになるから。
たとえば猫一匹がやっと入るくらいのダンボールで雨宿りする寿々男猫、というシーンはホームレスの仮住居サイズのダンボールに隠れるスネーク的にリサイズされる。
雨が上がった後はその周りで普通に寿々男猫より小さい子供たちがゲノム兵ばりに何事もなかったかのように遊んでいたりしてめちゃくちゃシュールなのだった。

お話的には夫を失った仲良し家族の話なのでしんみり系なわけですが、それでほぼ最後まで着ぐるみ芝居で押し通すこの強引さすげぇですよ。
なんか見ながらこういうものかなって納得しちゃったもん。それはもちろんシナリオが猫転生に現実的な理由を付けているからというのもあるんですが、照れとか言い訳がないっつーかね。これはもうこういう世界なんだ! みたいな。
韓国映画とかよく強引な設定で無理矢理押し切ることで理性を超えた説得力を生じさせたりしますけど、これもそういうところがあったなー。

でその奇抜な演出と相反するようにこれ家族のドラマにはリアリズムとは違ったリアリティがあるんですよね。
妻のへそくりをネコババした寿々男が娘に「あ、泥棒だ。通報しよ」って言われるところとか。親密な間柄だから成立する独言的な会話。
こんなところもとても良かった。寿々男の葬儀後、猫転生した寿々男が幸せそうに食事をする妻と娘の傍らでダラァとしていると、日めくり式のカレンダーが寿々男が死んだ日から変わっていないことに娘が気付く。

あほんとだーって言って妻の奈津子はカレンダーを破いていく。何十日分も溜まってるので一度には破れないで何枚かずつに分けてビリビリと破るんですが、その時の無言の間には三人の様々な感情が渦巻いていて、あぁこれ家族が死んで葬儀とか各種処理が終わって日常に戻りかけた、でもまだボンヤリとした非日常が続いている時の独特の空気だなぁって感じでリアルだったなぁ。

カレンダーはまた意外な伏線でもあって、カレンダーとかデジタルデバイスとか小道具の使い方も含めて身内の死を経験した家族の心の傷とか、そこからの地道で何気ない再生のプロセスは着ぐるみ映画とは思えないほど(そのギャップがまた良いのですが)丹念に描かれていた。
泣かないんですよねこの家族。感傷的にもならなくて、あぁもう寿々男いないんだなーぐらいな感じで淡々と日々を送っていく。

そうだよねー身内が死ぬってそういうことだよねー、いやこれは個人差あると思うんですけど。
でもその凡庸で身近な死の感覚、地に足の着いた死との距離の取り方が俺にはすげぇ好ましく思われたし、そこから静かに立ち上がる感情の機微にはグっと来ましたねぇ。
寿々男が死ぬ場面のあっけなさとかすげぇ良かったですよ。人、あぁいう風に死ぬもん。

新作のネタに困った寿々男が「漫画の神様降りてこい!」と願うと限りなく某手塚神っぽい何者かが降臨するがその顔は後光に隠れてギリで見えない。
コミックス版『ネコマン』全3巻(11巻とも言っていたような)は本屋では『約束のネバーランド』の隣に並ぶ。五十音順じゃねぇじゃんと思ったら『トラさん』の脚本家・大野敏哉はアニメ版『約束のネバーランド』の脚本を書いていた。

細かい漫画ギャグ・漫画小ネタが随所に配されているが、リアリティがあるかどうかは別として漫画描写の方も細かくて、それがまたドラマを盛り上げるのに一役も二役も買っていた。万年筆から液タブへの移行とかおぉって思いましたよね。猫映画である以上にディティールに凝った漫画映画なのだ。バクマ…いやネコマンって言ってるし。

特別出演・要潤、そして『旅猫リポート』でも名演の役者猫ナナちゃん。ワンポイント起用ですがこういうのもちょっと嬉しい。ナナちゃんもふもふです。もふもふでした! 大物漫画家たちの名前から一文字ずつ漢字を頂いたような役名を持つ売れっ子漫画家の要潤はなんかテレビに出てチェンバロ弾いてました(その時のテロップに注目)

ジャニーズで鍛えたバラエティ感覚をフル発揮の北山宏光、そういえばSMAP×SMAPに木村拓哉が動物の着ぐるみを着て人妻にエロいことをしようとするコントがあったよな…とか要らぬことを思い出させつつ好演。
お互いに気を遣って無理に明るく振る舞ってしまう多部未華子と平澤宏々路の母子っぷりも素晴らしかったなぁ。
平澤宏々路の嘘がない小憎らしいガキっぷりとか、多部未華子がですねえぇとこれはネタバレになってしまうから書けないが笑うところ、あの笑うところとか最高でしたね。

良い映画だ。猫の着ぐるみを着たジャニーズタレントが救急車をダッシュで追いかける馬鹿みたいなっていうか馬鹿なシーンに得も言われぬエモーションが宿るのだから面白い映画だ。
ちなみにその場面、ワンカットで撮っているが角で一旦スピードを落とした救急車に寿々男が一旦追いついて、それからまた救急車はスピードを上げて離れていく、とかちょっと技巧的なことをやっているので馬鹿みたいなシーンでも、いやむしろ馬鹿みたいなシーンだからこそちゃんと作り込んでるんである。

好きっすねぇ、馬鹿馬鹿しいことを本気でやる、人が死ぬことをすっとぼけた笑いで包む、ファンタジーを装ったリアルの中にリアルから逸脱するファンタジーの可能性を宿した、こういう空気感の映画。

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意外と天国は待ってくれるし意外と世界はカラフル。『トラさん』はパステルカラーの明るい色調が印象的な映画でもあった。

↓書き忘れてましたが原作ありました


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