《推定睡眠時間:15分》
ハーメルンの笛吹き男のごとくある町のある小学校のあるクラスの子どもたちが一人を残して忽然と姿を消してしまうという導入部から思い出されるのは『クライヴ・バーカー ヘルゾンビ』という映画で、こちらは失踪ではなく集団昏睡なのだが行き着くところはだいたい同じ、『ウェポンズ』に比べると演出や構成にケレン味がなく淡々としているので評判は悪いのだが、これはこれでわりと嫌いじゃない映画であった。ちなみにゾンビは出てきません(おいタイトル!)
さて消えた子どもたちはどこへ行ったか。それをミステリー的に複数視点の章立て構成で解き明かしていくのがこの映画なのでホラーを期待していた俺としてはちょっと肩透かしな感じである。いや人が死ぬシーンはあるししかもそのシーンの人体損壊度はかなり高いしラストシーンはゾンビ映画、具体的には狂犬病系ゾンビ映画のスカムな傑作『処刑軍団ザップ』を思わせる映像と展開になるからホラー映画には違いないのだが、そこに至るまでがやたらと長い。そういえば最近なぜか章立て構成がアメリカ映画で流行っているが章立て構成が効果的に機能している最近のアメリカ映画なんか個人的には1本も観た記憶がなく、この映画もまた例外じゃなかった。
いろんな人物の視点から少しずつ真相に迫っていく映画というと『桐島、部活やめるってよ』なんか相当良かったが、あれは不在の桐島という空虚な中心を際立たせつつ、中心を失った高校生たちの日常の揺れ動きを表現するための仕掛けなわけで、この映画の場合はとくにそういう感じではないし、勿体ぶった末に出てくる事の真相はとくに意外なものではなく陳腐でさえあったので、あえて複数視点の章立て構成にする意味がわからない。この映画の監督の前作『バーバリアン』は途中で主人公が変わることでの視点変更にストーリー上の意味があったのだが、今回は手癖でなんとなく同じようなことをやってみただけなんじゃないかと感じられてしまった。
こんな程度のストーリー、シャマランなら100分台でサクッとB級ミステリーホラーに仕上げるのにとか思ってしまうのはシャマラン好きの悪いところとしか言いようがないのですいませんごめんなさいあやまりますあやまりますからシャマランのことは嫌っていいですから俺のことは嫌いにならないであげてください(え)と思うが、いやでもなやっぱこれ大したストーリーじゃないのに無駄に引っ張りすぎですよ。最初の方なんてつまんない会話ばかりでしかもそれが伏線にもなんにもなってないのだからストレートに無駄なシーンでしかない。
今のアメリカ映画のシナリオ技術はこんなに低下してしまったのかみたいなことは俺が日頃から言っている酔ったオッサンのぜんぶ政治が悪いんだ的な定型愚痴だが、でもまぁこういう映画を観るとやっぱりシナリオ技術が低下してるとしか言えない。だってこのストーリーに必要なものは何で必要じゃないものは何かっていう整理と取捨選択がまずできてないんだもの。よくこういう映画って「予測不能の展開」とか宣伝されますけど、ストーリー上の意味のないシークエンスをシナリオかもしくは編集で切ることのできなかった単なる作り手の力量不足を「予測不能の展開」とかいって持ち上げるんじゃないよと思う。そんなこと言い出したらアレだろH・G・ルイスのヘタウマ映画とかだって「予測不能の展開!」になっちゃうじゃん。いや、ルイスの映画はたしかに予測不能だけれども!
という感じかなぁ、『ウェポンズ』。最後の20分ぐらいはゾンビ映画として楽しめるけどそこに至るまでは無駄が多く基本的に退屈。シャマランだったら100分とか書いたけれども俺基準でだいたい同じような話の黒沢清の初期ホラー『DOORⅢ』なんか88分だからな。88分で起承転結全部語れてしまうような内容を『ウェポンズ』は128分に引き延ばしているわけだからそれは間延びもするだろうし退屈にも感じるだろうよ。複数視点の章立て構成とかいう小手先の安っぽいテクニックをシナリオに使うんならせめてそれに相応しいびっくりするような結末ぐらいは用意してほしかったと思うのだが、こんなもんなんすかねぇ、今のアメリカの売れ線ホラー映画ってのは。まぁ、昔のアメリカの売れ線ホラーはもっとシナリオの中身がなかったわけだが……『13日の金曜日』とか……。
※ただ人間の頭部をやたらとグッチャグチャに破壊するゴア描写はレベルが高くて良かった。拘りどころのチョイスがよくわからない感じだが。