《推定睡眠時間:30分》
それにしても2026年6月25日現在、これを含めて介護をテーマにした映画が『廃用身』、『急に具合が悪くなる』、『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ』と4本も映画館のスクリーンを埋めており、さすが少子高齢化大国日本、あまりにも介護が身近なものでありかつ社会的な課題となっているために映画も介護ものばかり……ということもないにしても、ともかくそうした映画にお客さんも興味があるのかもしれない。来るか『老人Z』再評価。いやでも何年か前にリバイバル上映みたいなの既にやってたような気もするな。
でこの『遺愛』は『カウンセラー』という中編ホラー映画が中編映画としては異例の劇場公開がされてその宣伝には黒沢清もコメントを寄せたJホラー界期待の新人・酒井善三が最近モキュメンタリーホラーシリーズ『THQ FICTION』で鳴らしている大森時生プロデュースで贈るなんていうのかな、サイコロジカル・ホラー? 30代くらいの女の人が認知症の母親を家で一人で介護しているうちに心労がたまって段々と母親が得体の知れないバケモノなのではないか……と見えてくるというお話。まぁインターネット体験談みたいのでもたまに聞きますよね、親の介護をしている人がなまじ認知機能に問題のなかった頃の姿を知っているものだから認知症になった親が人間とは思えなくなった、とかそういうの。
似たようなジャンルとしては『ダーク・アンド・ウィケッド』『エルダリー 覚醒』とかがあり、小説だとスティーブン・キングの初期短編『おばあちゃん』あたりだろうか。『ヘレディタリー 継承』も認知症は出てこないけど祖母が得体の知れないバケモノなのではないかという不安をベースした映画だったから、欧米では、というかアメリカではこういう老人恐怖ものは結構ある。翻って日本ではその手の老人を恐怖の対象とする映画とか小説があんまり盛んではないように思えるのは良くも悪くも介護とか認知症とかが知らないものでも自分とは無関係なものでもなく、身近にありふれているものだからかもしれない。
実はこの『遺愛』もストレートな老人恐怖ものかというとそうでもなく、途中まではどうも認知症になった母親に悪霊なりなんなりが憑いていて謎の呪術パワーで近親者を殺して愉しんでいるらしい……と観客に思わせるストーリー展開なのだが、そこからがこの映画の本領、次第に誰が言っていることが真実で誰が言っていることが妄想なのかわからない錯綜した展開に雪崩れ込んでいくんである。本当に怖いのは認知症の老人じゃなくて何を信じたら良いのかわからなくなった状況なのだ、という映画が『遺愛』であった。
この酒井善三という監督は元々黒沢清の盟友である篠崎誠の下で脚本を書いたり助監督をやったりしていた人で、それで『カウンセラー』が中編映画にも関わらず単独で劇場公開されて黒沢清のお墨付きまで得られたようなのだが、全作観てはいないが何本か脚本作や監督作を観るとどうも前からこうした決定不能性というものに関心のある監督らしい。『遺愛』の習作と言えなくもない『カウンセラー』は心理カウンセラーが病んでる風な女の人の怖い話を聞いているうちに何が真実で何が正しいのかわからなくなっていく、というような内容で、1989年に公開されたサイコ・サスペンス(と黒沢清系統のJホラー)の先駆的作品『誘惑者』と結構似ている。
だから『カウンセラー』を観たときにも思ったがこの『遺愛』も精神医学の扱いや異常心理の表現にちょっと古さを感じるところで、というかそもそも、何が真実かわからない決定不能性の恐怖というテーマ自体、1990年代前半といういろいろ世間がドタバタしていた時代のかほりである。個人的にはそんなの大好きなテーマではあるけれども、こういうのは今観るとあんまり怖い気がしない。なにせ現代ときたら生成AIがホンモノと見分けのつかない超リアルな写真を作れてしまう時代である。そしてそれで困っているかというと、まぁ困っている人もいるにはいるだろうが、ともあれ実際に何が真実かわからない時代に生きてみると、何が真実かわからなくても「ふーん、すごい世の中だなぁ」ぐらいなもので、アニメ映画版の『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』(これは1995年公開だ)では真実が決定不能になる未来がおそろしいもの・不安なものとして提示されていたが、どっこい人間は真実がわからなくて懊悩するほど高級な生き物ではなく、真実も虚構もとくに気にせず消費して生きていく、良いんだか悪いんだかわからない鈍感な生き物なのであった。俺はそんな鈍感な生き物の一匹なので『遺愛』はそう怖がれなかったんである。
だから俺よりももう少し繊細で頭の良い人が観ればきっと『遺愛』はもう少し怖くて面白い映画に映るかもしれない。でもそうということはこの映画が頭脳偏重で、それは酒井善三が脚本を書いた『SHARING』も『カウンセラー』もそうだったのだが、どうも映像に身体性が足りないというか、観ていてグッと引き込まれるような力のある場面がなく、全体的に空々しい印象がある、ということかもしれない。はたして『遺愛』という映画の真実はどこにあるのであろうか。これは本当に空々しい映画なのだろうか。それとも実はとても怖い映画なのだろうか。それは劇場に足を運んでみなさんの目でお確かめください……なんで今日の俺こんな木曜洋画劇場みたいな口上で感想締めてるの?
※ババァが作ってる呪術人形は気持ち悪くてよかった。