びっくりTAS映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』感想文(ネタバレは途中から)

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《推定睡眠時間:0分》

あの『ドラゴンクエストⅤ』を3DCGアニメ映画化という無謀っぷり。ゲーム題材映画といえば今年は『劇場版 ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』もあったのでスクエニ、ガンガンいっている。大丈夫か。スクエニは体力があるからいいけど映画の総監督を任された『アルキメデスの大戦』も絶賛公開中の山崎貴は色んな意味で大丈夫か。いのちだいじにしたほうが良くないか。撃沈の運命にある巨大戦艦に乗ってないか。なんだか観る前からハラハラドキドキさせてくれる『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』である。

その『光のお父さん』の例があったので『ユア・ストーリー』も実写パートと3DCGのゲームパートを行き来する多重構造の家族ドラマとかだろうと観る前は想像していた。
『光のお父さん』は同居しているにも関わらず父・吉田鋼太郎のことをほとんど知らない息子の坂口健太郎(※この二人は『ユア・ストーリー』にも声の出演をしている)がオンラインゲーム『ファイナルファンタジーXIV』を通して父を知ろうとするお話。
『ドラゴンクエストⅤ』は志半ばで倒れた父の屍を越えて行く親子三代の闘いを描いた大河ドラマなわけだから同じようなシナリオでなんとなく行けそうな感じである。

(ゲームの)主人公が石になる場面で映画の主人公はプレイ中断、そのまま『Ⅴ』のスーファミカセットの方も押し入れの中で石になっていたが、十数年経って石化を解いた=押し入れから発見したキッズがいた。主人公の息子or娘である。
こうしてゲーム再開、仕事も学校も家庭もあまりうまく行っていなかった主人公親子は力を合わせて『Ⅴ』を攻略、ギクシャクしていた関係の雪解けを迎えるのであった。パーンパカパンパンパーン。恒例のドラクエファンファーレが鳴ってエンドロール。まぁそんなもんでしょう。

…だが実際の『ユア・ストーリー』はそんな穏当な映画ではなかった。映画が始まると8bitなテロップ。まおうミルドラースのふっかつが云々。スーファミ版『Ⅴ』に合せた意匠なのかもれないがこんな8bitしてたかなぁ、もうちょっと滑らかで漢字とか入ってなかったかなぁ、と思っているとゲームが始まってしまった。文字通りゲームが始まるのである。妻の出産を下の階をぐるぐる回りながら待つスーファミ版『Ⅴ』のドット打ちパパスが画面に現れるのである。まさかの実機プレイ。マジか。

ゲーム映画の奇才として悪名を轟かせたウーヴェ・ボルは『ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド』を映画化した際に実際のゲーム画面を演出として挿入して心ないホラー映画ファンの失笑を買っていたが(ぼくはウーヴェ・ボルは映画の才能があったと思ってますからね…)、こっちはもう冒頭からゲーム画面。時代は変わったなと思う。

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ゲーム画面は更に続いて船を下りるパパスと主人公(リュカ)、アルカパでビアンカと出会う主人公、ビアンカと夜の古城の肝試しに行く主人公、お供にしたベビーパンサーにゲレゲレの怪名を与えようとするビアンカの暴挙を黙って受けて入れてしまう主人公などが描かれ…ってもうほとんどプレイ動画じゃねぇかよ幼少期! それからちゃんと3DCGに切り替わりますけど切り替わったと思ったら10分ぐらいでパパス死んだよ!

動揺が隠せないが、ある意味では驚くことは全然ないのかもしれない。幼少期のメインイベントをプレイ動画でダイジェスト処理するぐらいだからその後も概ね(適度にアレンジを加えているとはいえ)『Ⅴ』名場面集の観、どれぐらい名場面集かというとヘンリー王子と一緒に奴隷にさせられた青年主人公が洞窟で苦役を強いられている場面で『Ⅴ』の洞窟BGMのオーケストラアレンジ版が流れるぐらいだ。ダンジョンに入る場面では『Ⅴ』の塔ダンジョンBGMが流れる。

映画のオリジナルスコアは数曲もなかったんじゃないだろうか。シナリオが名場面集ならサントラはドラクエ名曲集で、基本的に『Ⅴ』と『Ⅵ』からの選曲。『Ⅵ』が入っているのは嬉しかったがそれならシリーズ随一の美旋律を誇る『Ⅵ』の航海BGMはなんとかねじ込んで欲しかった…狭間の世界のフィールドBGMなんかいらないから!
ともかく、事あるごとにあの曲この曲が流れて例のファンファーレに至っては都合4回流れる大盤振る舞い。どんだけリセットしてんだよって感じである。ちなみにだいじなものを失った時のBGMは冒険の書が消えた時のトラウマ音でした。

要するに、TAS。TAS映画だ『ユア・ストーリー』。これはもう映画としてどうとかではなく3DCGアニメツールを駆使していかに早く『Ⅴ』をクリアできるかという動画主チョイスのドラクエ名曲をBGMにした仮想タイムアタックみたいなもんである。
大して敵と戦う場面なんかないのにいつのまにか主人公がバギクロスを覚えてゲマと互角に渡り合うぐらいのレベルになっているのはTASだから。パパスが死ぬのも早ければ主人公が石化解除されるのも早く感動も糞もないが、TASだからである。TASに物語はいらない。随所に入ってくる微妙なギャグは乱数調整である。

上映時間たったの103分、果たしてそんな短時間で山崎貴は『Ⅴ』のエンディングを観客にお届けできるのだろうか…TASっていうか有野の挑戦みたいになってしまった。
ついに迎えた最終決戦のシーンでふと腕時計に視線を落としてみると上映時間残り20分。大丈夫か! 映画終わるぞ! ガンガン行っても間に合わないんじゃないのかこれ! 途中からはもう面白いとか面白くないとかではなく山崎課長と共同監督の八木竜一AD・花房真ADがんばれの気持ちであった。

はい以下ネタバレですよー嫌な人は帰ってねー!

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そこからの展開は俺としては驚天動地だったのだがネットで感想を見ると意外とみなさん冷静に受け止めておられていやもっと映画にびっくりしろよなんでお前ら下らない映画観てすぐ感動したとか泣いたとか言うくせにこんな大ネタに感情が動かないんだよとお前らの代名詞が指示する対象が不明瞭なままやり場のない不満が噴出してしまう。まぁ、それは、いいとして…。

ゲマがメガンテ的にミルドラースを召喚したところで主人公以外の全員が動作ストップ。あれぇ? 困惑する主人公の前に俺らの知ってるあの影の薄いどんな姿形だったか検索しないと思い出せないミルドラース(※ムドーの姿で想像してました)とは明らかに違う謎ドラースが現れる。お。お前は何者だぁ! わたしはコンピューターウィルスです。ここはゲームの世界です。

…2019年、映画を観ていていちばん驚いた瞬間だ。なにそのフィリップ・K・ディック。それはまぁそういうシナリオもSF映画ではよくあるだろうさ。あるだろうけど夏休みのアニメ超大作的な興行ポジションのドラクエ映画でそれ持ってくるって考えられないでしょ。このシナリオを書いて通した山崎貴はすごいよ。オッケーを出した東宝もすごい。どうかしている。いよいよ狂ってきたな邦画メジャー。もちろん良い意味でですが…。

つまりはこういうことなのだった。近未来の世界ではVRリメイクされた3DCG版『ドラゴンクエストⅤ』が大ブーム、VRというかこれはフィリップ・K・ディックの『トータル・リコール』に出てきた夢機械みたいにプレイしている間は現実を完全忘却してゲーム内世界が現実に感じられてしまうという危険度MAXなシロモノだったが、ドラクエで育ったしがないサラリーマンの主人公はすっかり夢中。なにせ大好きな『Ⅴ』の世界に入れるんだもの。現実なんかよりそっちの方が全然良いじゃないか。

冒頭の8bitしすぎているテロップはこのVRマシーンのレトロ感を演出するためのイントロダクション、ゲーム内主人公が本心に反してフローラを選ぼうとするのはプレイ前の設定で「いつもビアンカを選んじゃうから今回はフローラで!」と店の人に自己暗示の設定をかけてもらったから、幼少期のプレイ画面進行はリアル主人公の思い出の表現だろう…というわけである。

コンピューターウィルスの侵入で主人公はそのことをすっかり思い出してしまう。動揺する主人公に追い打ちをかけるように、ゲーム世界を破壊しながらコンピューターウィルスはマダンテ超えの最強呪文を唱える。「私の創造者からのメッセージだ。大人になれよ」全ゲーマーがいてつく波動である。
これが現実か。あぁ、消えていく。ビアンカが。ヘンリーが。フローラが。ゲレゲレが。スラり…スラりん!? 時の止まったはずの世界で突如、お供スライムのスラりんがコンピューターウィルスに向かって飛びかかる。「わたしはこの世界を守るためのコンピューターワクチンだ!」ええええええええええ!!!!!!!

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笑ったよ。スライムが覚えるマダンテってそういうことだったのかよ。なんか良いシーンっぽいから頑張って堪えましたけど昨今のメジャー邦画でこんな衝撃的にして笑劇的な展開ないですよなかなか。
辛うじて近いものを挙げるとすれば三池崇史版『妖怪大戦争』のラストに出てくる小豆洗いですけどあれは別に三池がまたふざけてるなってだけで笑えないもん。同じく三池の『テラフォーマーズ』はそういう悪ふざけで全編突っ走って面白かったですけどあれだって世間的には糞映画扱いでしょ。
山崎貴はそれを天下のドラクエでやってるわけですから。こんなの炎上ものだ。炎上上等、たとえ炎上してでも客を驚かせてやろうのぶっ込み精神には敬服するしかない。

スラりんの活躍によって世界は秒で救われた。そうかぁ、この世界はゲームだったかぁ。でもやっぱり、ゲームの世界って良いなぁ~。名残惜しみながらエンディングを迎える主人公。たぶんこいつはまた何度もVR版『Ⅴ』をやりに来ると思うが、リアルの世界の彼がどうなったかは描かれない。なぜならこれは彼の物語ではなく、ドラクエが大好きだった(と思われる)大多数の観客の『ユア・ストーリー』だからだ…ずいぶんアクロバティックなルートを辿ったが(そのへんTASである)着地点はベタなドヤ感であった。

やった人しかわからないドラクエネタを特に説明もなく矢継ぎ早に投入していく構成はそこそこドラクエをやっているはずの俺でも困惑させられたが結局それはゲーム世界の話で、とメタ構造を取ることでドラクエを知らん人でもこういう世界観のゲームなのねぇ~と一応納得できる作りになっているのは巧いところ。
巧いといえばそのメタ構造、現実世界からの逃げ場としてのゲーム世界という設定が『Ⅵ』の現実世界と夢の世界を往復するストーリーと呼応していて、見終わってみればサントラに『Ⅵ』の曲が多く入っていたのも一種の伏線かと思えるのだから巧いというか、面白い仕掛け。ぶっ飛んでいるがなかなかどうして考えられてんである(主人公は息子にアルスと名付けるがこれは『Ⅶ』の主人公のデフォルトネームで、彼が『Ⅶ』ぐらいまではリアタイでプレイしていたことを示唆するものだろう)

その他おもしろかったところ。リアルなギガンテスはめっちゃ怖い。スライムは草とか食う。薬草はすり潰して塗ったり貼ったりして使うのかと思ったらまさかの経口。モンスターも含めてキャラデザは全体的に鳥山明の元絵からだいぶ離れているが占いババのみ鳥山キャラ再現度が異常に高い。
あとサンチョの声がケンドーコバヤシなのですがケンドーコバヤシを演じるケンドーコバヤシにしか聞こえないので逆にサンチョの顔がきれいなジャイアンならぬきれいなケンドーコバヤシに見えてきてしまった。ゲームではパーティに入れてもらえず映画ではケンコバにさせられるサンチョの憐れを噛み締めつつ感想を終える。

【ママー!これ買ってー!】


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のび太が勇者となってドラクエをパロったと思しきファンタジー世界を冒険する初期映画ドラえもんのアクション編ですがそのファンタジー世界というのが夢カセットを入れ替えることで好きな夢が見られる「気ままに夢見る機」で生成されたヴァーチャル世界。やがて現実は夢に侵食され、夢は現実と逆転し…的な捻りの効いたシナリオがすこぶる面白いがこれ『ユア・ストーリー』の参照元の一つじゃないですかね。『ユア・ストーリー』監督チームの山崎貴、八木竜一、花房真は『STAND BY ME ドラえもん』組なので。

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