【ネッフリ】『攻殻機動隊 SAC_2045』どうしてこうなった感想文(悪口とネタバレ注意)

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《推定ながら見時間:たくさん分》

プリビジュアライゼーション略してプリビズという映像作品制作の手法というか過程があるそうで、前に全盲の人が映画を撮ったらどうなるだろうっていうのをやってみたドキュメンタリー映画『ナイトクルージング』に出てきてへぇそういうのがあるんだなぁとお勉強しましたが、俺のざっくり認識ではストーリーボードを3DCGに起こしてより実際のシーンに近いものにしてみる手法らしい。プリビスやっとけばカメラアングルとかポジションとか事前に色々検討できるので本撮影なんかの時に無駄がなくて便利。なるほど文明の進歩ですなぁ。

シリーズ初のフル3DCGアニメになった『攻殻機動隊 SAC_2045』、そのプリビズでした。いや正確にはプリビズではないにしてもこれは、この質感は…そう見えてしまう。つまり試作品的。PS3の3Dアクションゲームのプリレンダリングムービー見てるみたい。『攻殻』と3DCGといえば『イノセンス』で既に一部導入済みなわけですが、主に風景ショットでの使用に限られていたとはいえそれよりも全然安っぽく見えるし、劇的効果も少しも感じられないので、3DCGアニメの面白さが、ない。

これはどうしたことだろうか。もちろん天下のNetflixさんが配信する御存知『攻殻』の最新作、監督にはTVアニメ版『攻殻』の神山健治と士郎正宗原作『アップルシード』の荒牧伸志ということで、まぁ俺はアニメに明るくないからなんとも言えませんが監督名だけ並べたらこれ以上ないくらいの人選、つまらないものが出来るわけがないし、そこに意図がないわけもないだろう、さすがに。

従ってプリビズ風の3DCGも「あえて」を狙ったものだと無理矢理好意的に解釈したし、俺としては実はシーズン2で…そうだ先に言っておきますが今回配信された12エピソードはシーズン1で、物語全然終わりません。1エピソードの密度が薄く本筋が一向に進まないのでラストエピソードの時点で一区切りにもなってない。そのシリーズ構成絶対間違ってるだろと思うのだが…まぁそれはいいとして(よくないが)

このプリビズ風の採用はひとつには今やレトロフューチャーとしてかつてあって斬新さが失われ、「らしさ」が消費されるようになったサイバーパンク・ジャンルやその愛好家に対する批判的回答なのかもしれないし、もうひとつはおそらく…これは推測というより俺の願望なのだが…このプリビズ風3DCGは劇中の中心概念になっている「サスティナブル・ウォー」「ポストヒューマン」と関連する、作劇上の一種のトリックでもあるのだろう。

はいここから先は少しだけネタバレっていうか読んでる人がもう『2045』観ちゃった前提で書きますからそういうのが嫌な人間は去れ! 去るんだ! 今すぐここから去りたまえ!

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いや、だってそうとでも思わないとやりきれないじゃないですか。俺はですよ、最初シーズン2に続くって知らなかったから最初のエピソード観てこれはてっきりネット上の映像だと思ったんです、このプリビズ9課が。ネットの世界をプリビズ3DCGで表現して現実世界は実写寄せの3DCGとかセルルックで表現して…っていう、『攻殻』の世界観に合わせたトリッキーな絵柄の使い分けだと思ったんです。それがエピソード5ぐらいで判明してなんだそういうことだったのかーびっくりーおもしろい仕掛けーやられたー! って喜びたかったんです。まぁ現実はラストエピソードまで見事にプリビズ3DCGだったわけですが。

ただ俺はまだその可能性はあると思っていて、超AIのせいで世界同時デフォルトを起こした世界各国が経済を維持するために産業としての戦争を始めて(正直なところデフォルトが局地的な内戦を誘発するのはともかく産業戦争のきっかけになる理由はよくわからないのだが)これがサスティナブル・ウォー、持続可能戦争と呼ばれるわけじゃないですか、『2045』。で、計画的で持続可能な戦争がどうやったら可能かって言ったらデジタル化するしかない。

つまりサスティナブル・ウォーというのはゲームとしての戦争で、どういう理由でかは知りませんけれども9課の面々はプリビズ3DCGで表現されるそのゲーム世界に『ニューロマンサー』でいうところのジャック・インしているわけですよ。それは『攻殻』が足を向けては眠れないサイバーパンクの源流たる『ニューロマンサー』がゲームセンターやゲーム的意匠を多く取り入れていたことのオマージュでもあるだろうし、最初の方のエピソードでレイディストと呼ばれるならず者連中が戦闘の最中に「ゲームと違う!」なーんて言ったり、あるいはジョン・スミスと名乗るNSCと思しき男が9課に何度も異なるシチュエーションで同じ作戦をシミュレートさせたり、ラスト2エピソードに出てくるポストヒューマンの少年が『メタルスラッグ』みたいな2D戦場アクションゲームをひたすらプレイしているとかっていうのは、プリビズ3DCG世界がゲームであることを示唆してるんだと思うんですよね。

そのポストヒューマンにしたって元は普通の電脳人間、なのにある日突然高熱を出して以降超人化、近づく連中の電脳は片っ端からハックできるし、殴るだけで『スキャナーズ』のアレみたいに人間の頭部を木っ端微塵に破壊できたりもするし、その「場」の物理情報を瞬時に全て読み込むと同時に演算して一種の未来予知が出来る。

前二つはともかく最後のはプリビズ世界を仮想空間と想定しないとあり得ないですよね。だってこの人たち電脳化はしていても身体はあまり義体化してない。だとするとその場の物理情報(空気抵抗とか温度とか)は生身の身体で受容してるわけで、入力が肉体レベルに留まっているのに出力がそれを上回ることってないでしょ。実は密かに摂取してしまったナノマシンのせいで肉体が変容しており…とかもありそうな線だけれども、俺はゲーム説を推す。ポストヒューマンが超人間的な能力を使えるのはこれがゲーム世界だからなんだ説をあくまで推す。

なにせそう思わないとプリビズ3DCGに到底納得できないからね…シーズン2はどうかどうかそっち方向に進んで欲しいよ…欲しいとかじゃないね、もう、命令。そっちに舵を切れ。今からでも遅くないから…遅いけど!

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ただ正直なところその期待もたぶん打ち砕かれるだろうというのは俺のゴーストが囁くところ。だってポストヒューマンだからね。ポストヒューマンつったらグレッグ・イーガンとかでしょ。そしたらさぁ、ウィルス化したナノマシンが入った人間がポストヒューマン化したのであったとかそういうつまらないオチに結局なるに決まってるんですよ。そういうのあったもんイーガンの短編で、『スティーヴ・フィーバー』っていうやつ。

9課が最初に遭遇するポストヒューマンがマイクロマシン事業で一財成したビバリーヒルズの大富豪パトリック・ヒューズ(元ネタはハワード・ヒューズなんでしょうよ)っていうのもどうせその伏線だったりすんです。この人がサスティナブル・ウォーのために人を独善的にして好戦的にさせるナノマシン作って撒いたらなんかのミスで変異しちゃったとかじゃないですか。大方そんな話だと思いますよ。いかにも夢がないけどさ。

ナノマシンなんかよりゲーム世界の方が刺激的な展開だと思いますけどシーズン跨いでまでそんなギミック入れないだろうな。なんか新参者歓迎みたいなムード出してるし、難しい単語は可能な限り排して状況は一から十まで台詞で説明してたりするし。初見歓迎でこの出来か。しょうもねぇな。そんなことしたら単に作り手の感性の古さが目立つだけじゃないか。

だいたい産業戦争なんて今までにSFが何回やってきたアイディアだと思ってるんだよ。あのテリー・ギリアムでさえ『モンティ・パイソンの第三次世界大戦』なる産業戦争ネタの映画を作ろうとしてたんですよ。それにポストヒューマンときた。ポストヒューマンの概念がアンドロイドとかサイボーグと区別されるのは人間的な倫理観や価値観を超越した別の世界観の提示、そうした世界観に基づく新たな人間像を提示するところにあるのでしょうが、サイバーパンクSFとしての『攻殻』は今更そんな概念を持ち出すまでもなく新たな人間像を描いてきたわけで、『2045』も物語が繋がっているTVアニメ版『攻殻S.A.C.』はむしろ『攻殻』の本流と言えるポストヒューマンな方向性に対して生身の人間であるとか、現代社会の風刺としての未来社会を描いてきたわけじゃないですか。

それが急にポストヒューマンと言われたってさぁ…知ってるよとしか言えないし、そっちに振れちゃったら『S.A.C.』の良さどこだよってなるじゃん。だってポストヒューマンの方向では押井版『攻殻』二作目の『イノセンス』がかなり突き詰めちゃってるわけだから。
もっとも『S.A.C.』の良さったって俺は『S.A.C.』が嫌いだから作品としての良さは理解できても個人的にそれを評価することはできないんです。だって中学生の妄想みたいじゃないですか。

リアリストでシニカルで世の中のことはなんでも知っているし誰にも負けない正義の公安ヒーロー9課VS腐った大人どもを成敗しようとあがく早熟な若者思想犯ヴィランの構図のダサさ! その間に緩衝材として記号的なバカ大衆とか昭和的な汚職政治家とかを置いて社会風刺してるつもりなんだから呆れますよ。そんなの俺は賢いと思いたい間抜けなオタク視聴者が溜飲を下げる装置ってだけで社会風刺でもなんでもないですよ。

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そういうシナリオ作りの甘さは『2045』でもっと酷くなってたな。目も当てられないと言ってもよい。シーズン折り返しのエピソード6ぐらいから舞台は日本になるわけですが、いやぁこの日本が、もうね、クールジャパン。クールジャパンだねこれは。少子高齢化や他国の経済的・技術的躍進をものともせず2045年の日本は案外栄えてるわけですがその理由は劇中の説明によれば「富裕層を呼び込んだから」だそうですよ。なにその雑な未来設定。バカじゃないの。今『ケイゾク』の渡部篤郎の真似しちゃったよ書きながら。

そんでその2045年ジャパンの総理大臣は外人さんでクリス帝都というのですがこの人は天才プログラマーにしてクールジャパン戦略推進会議の初期メンバー・帝都久利寿さんをモデルにした人物なんだとか。いやぁ、こうなると笑えませんな。生活保護不正受給ブローカーとかを襲ってきた不正許さないボクサーのポストヒューマンの襲撃を受けたクリスさんは叫ぶのであった。私はこの国を愛しているッ! それは、まぁ、愛してくれるのなら日本国民の一人としてありがとうございますですがぁ? 実在の人物をモデルにした、それもクールジャパン関係の人をモデルにしたキャラにそんなこと言わせてクッソ寒くないですかね。

あぁ、キツいなぁ。この、微妙にオルトライトにおもねったような幼稚な愛国心の発露と昭和オッサンのノスタルジーをくすぐる(ノスタルジーは物語後半の重要なモチーフではあるが)イエスタデイ・ワンスモアな未来の展望。Netflixで世界配信されてるんでしょうから日本を売り込む意図もあったんでしょ。それが露骨すぎてダセぇのよ。劇中には2050年東京復興計画というものも出てきますがその旗振り役は大友という人です。ええ加減にせぇよ。なにが大友じゃ。大友克洋由来じゃねぇかどう考えても。海外の視聴者がそれで喜ぶとでも思ったのか。テメェら各方面に媚びすぎなんじゃ。クリエイターとしての矜持はないのかっつーの。

いやいや、それは言い過ぎだ。クリエイターとしての矜持はある。それが表出したのはやはりラストエピソードだろう。このエピソードには神山健治的なものが詰まっていたように思う。腐敗した政治と行政、教育、モラル、崩れゆく世界。それを憂いて武器を手に取る孤独なオタク風男子。彼もまたポストヒューマンであり、シーズン2は彼の記憶とひとりぼっちの戦争を巡る物語になるだろう。

俺がこうしたモチーフから連想するのは90年代的なものである。映画でいったら岩井俊二とか豊田利晃とか庵野秀明とか。社会的な現象でいったら、オウム真理教に集った悩める高学歴信者たちとか。その感覚とか問題意識がまだ通用すると思ってる。90年代ってもう20年以上も前ですよ。でも神山健治は飽きもせずにそれをやって、いつまでも若者の代弁者であろうとする。その若者は今の若者じゃなくて神山健治の中にあるイメージの若者なんですよ。

真面目な人なんだろうなと思うけれど、まぁなんていうか、オッサンがそんなことやるってイタい。若者の問題は若者が自らやりゃいいわけで、いつまでも90年代的な自意識を引きずったオッサンはさっさと大人になったらよろしいんじゃないですかねぇ。いつまで同じ事繰り返してんのって思っちゃう。同じ事を繰り返すのが作家性なのかもしれないけどさ。
なんだか取り留めなくなってきたのでここらへんで感想を終わりにする。シーズン2は面白いといーですね。

※いろいろ文句を言いましたがタチコマはかわいい。圧倒的にかわいい。あとアクションは普通。

【ママー!これ買ってー!】


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イリヤ・クブシノブがデザインした『2045』のロリ草薙素子は押井版『攻殻』のラストシーンに出てくる義体を替えた子供素子を思わせるところがあったが、その魅力がシーズン構成の下手さもあってほとんど引き出せていないように思われたのは『2045』の大きなガッカリポイント。押井版『攻殻』は素子の物語だからというのもあるが…やっぱり演出の力の入りようと演技の熱量が全然違うので…。

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