【アマプラ】『誰かが、見ている』に打ちのめされた感想文

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《推定ながら見時間:全8エピソード計60分》

いやあり得ないだろ。つまらないとかそういうレベルじゃないから。絶句。つまらないを通り越して意味がわからなくなっちゃった。もう憤りも感じないね。ガッカリもしない。楽しくはもちろんないが悲しくなんかもならない。なにもないですよ。ここにはなにもないんです! 虚無! 虚無!

あまりの酷さに脳が壊れてしまった。しかしご安心である、最終的には面白く観られました。スリリングだったね。M・ナイト・シャマランの映画よりスリリング。とにかくエピソード1と2のつまらなさが尋常ではないのでこのまま8エピソード続けるのか!? っていうスリルがあるし、エピソード3ぐらいからちょっと面白くなってきたかな~と思って観ていると急にまたつまんなくなったりするから気が抜けない。こんなに緊張感のある配信ドラマは少なくとも日本には他に存在しないのではないか。いやだいたいそこの緊張感狙って出せないから普通。そもそも狙おうとしないから普通。

それにトリッキーでもあったね。クリストファー・ノーランの映画よりトリッキー。繰り返しになるがエピソード1と2のつまらなさには筆舌に尽くしがたいものがあるのでここから一体どう面白くなれるというのか…瓢箪から駒どころじゃないだろ弾道ミサイルぐらい出さないと無理だろ瓢箪から…と最初は俺が作ってるわけでもないのに絶望すら感じていたが、まー途中からクルリと面白方向に反転してエピソード1を観ていた時の虚無の顔がエピソード8ではついに笑顔にそして声を上げて笑ってしまいました! イリュージョン! イリュージョン!『TENET』を超える奇跡的な大団円であったね。

言いたいことはわかる。たしかに『TENET』はオモシロの最低ラインが既に沸騰寸前に設定されていてそこから更にオモシロ温度を上げていく作品なわけだが、『誰かが、見ている』のオモシロ初期温度は絶対零度です。最終的に5℃ぐらいまで回復しますが回復したところで『TENET』のオモシロの1/10以下のオモシロでしかないですねいやでもそれはすごいことだから! すごいことだしオモシロの上昇幅は『TENET』超えてるからね絶対零度から5℃まで持ち上げるって! しかもたった8エピソード約4時間で!!!!!

いやー三谷幸喜すごいなー。あの核廃棄物みたいなエピソード群を最終的にはちゃんと食べられる核廃棄物に料理するんだもんなー。いやー三谷幸喜すごいなー。なんであそこまで初回エピソードをなんであそこまで初回エピソードをなんであそこまで初回エピソードをほらもう壊れてしまってますから私も。内容を無意識レベルで封印しているぐらい酷かったので本当によくあそこまでつまらなく作れたなと感心します。すごいのかすごくないのかまったくわからん三谷幸喜です。それも才能?

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やっぱ三谷幸喜ってギャグの人じゃなくてシチュエーションの人なんだなって思いましたね。モノローグじゃなくてダイアローグの人。エピソード1と2の劇的なつまらなさってこれ香取慎吾演じるミスタービーン系の迷惑おっちょこちょい主人公の面白さを見せる回なのですが、それ以外の部分はキャラクター紹介とか世界観紹介に留まってるので、とにかく主人公のオモシロ一点突破っていうところに由来するのだと思った。

もうこれに関しては三谷も向いてないと思うし香取も向いてなかったと思う。向いてない同士の奇跡的結合。更にはシットコム形式なので観客のわざとらしい笑い声が主人公の一切笑えない一挙一動に対していちいち入り、これがオモシロを逆方向にブーストする。更には更には主人公の外出先でのロケ撮影コント(+誰かがスマホで撮ったその映像を見て笑っている世界の人々の挿話)とそれとは直接関係ないセット撮影コントをミックスした『ミスター・ビーン』的構成により面白くなさが二乗されると同時に脳内でミスター・ビーン比較が起こり、こうしてエピソード1と2の信じられないつまらなさは生まれたのでした。

基本設定としては主人公の住むマンションの壁に穴が開いてて、隣に住む佐藤二朗はその穴から主人公のおっちょこちょいっぷりを覗き見するのが日々の密かな楽しみだったのだが、これがそのうち娘にバレちゃってYouTubeにアップして広告料もらおうよ(えげつない!)とかどんどん話が変な方向に大きくなっていく、という感じ。

主人公のハイパーなおっちょこっぷりを見かねた佐藤二朗が居ても立ってもいられずアレコレ嘘をついて主人公の生活に介入していくエピソード3からは面白くなってくる。でそっからは香取の方もちゃんと面白いというか、サイレント喜劇の演技に後から音声だけ付けたような完璧な空々しさとギャグの横転大爆破を兼ね備えた破滅的につまらない主人公のキャラも生きてくる。変人を笑って勝手に盛り上がってる普通の(?)人たちの方がいつの間にか変人より変人になっていた、という立場の逆転がこのドラマというか三谷喜劇の笑いどころなわけで、そこが見えてくるのがエピソード3以降というわけです。

まぁだからある意味では手玉に取られたのかもしんないすよ。最初の方は主人公の「笑えるギャグ」が本当に心から笑えなかったばかりか精神を破壊さえしたのに主人公が「笑えないギャグ」を披露する最終回は逆に笑っちゃったもん。よくあるドラマは最初は頑張って面白くして段々尻すぼみになってきますけど逆なんですよね。最初は産業廃棄物で最後ちゃんとしたオモシロ。ある意味『TENET』ですよ。構成が逆行してしまう三谷マジック。

三谷の時代錯誤でミソジニーを帯びた女性観も最初はないわーですけど回を重ねるごとにそれ自体がネタになっちゃって逆に現代性が出てくるみたいなところあるので、果たしてこの世に存在する全人類のうち何人がエピソード1と2の試練、いやむしろ懲罰、いやそんな甘いものではないこれは人生の不条理そのもの、を乗り越えて見続けることができるのかわからないが、頑張ってください。頑張ったところでオモシロ温度5℃ぐらいですが。

※世界の人が主人公のおっちょこ動画を見ている的な洋画吹き替えパートは山寺宏一の名人芸でさすがに面白いがこれも火が点いてくるのは少し後から。

【ママー!これ買ってー!】


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とはいえ現代でサイレント喜劇的な芝居をやって笑いを取るというのはおそらく相当に難しいことで、三谷とか香取の才能がどうのというより俺を含めて現代の観客はもうそういう芝居では基本的に笑えないっていうことなのではないかとか思ったりもする。言葉に頼らず客を笑わせ続けたビーンとローワン・アトキンソンの凄さを再確認。

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